3-6
………………………、
え?
「考え方は人それぞれですが、今の主張は本当にあなたの本心から導き出された結論なのですか?」
……ちょっと待ってくれ。
どうなっている? なぜ、なぜこんなところにいる?
なぜ、エド・アケロウがここにいるのだ―――?
「簡単なことですよ」と【わたし】は言った。
「ジャイラ・ケーウンは【わたし】の書いた文章を読みました。そして【わたし】がいったいどういう人間なのかということを想像しました。そうすることで、自分のイメージの世界に【わたし】を作り上げたのです」
そう言って、
【わたし】は目の前にいるわたしの顔を見た。
「だから、【わたし】がここにいるわけです」
……なんだ、なんだそれは。
そんなことで? たったそんなことで?
「そんなことで、と言いますけどねぇ」
と【わたし】は言った。
「それこそが、他人を理解するということなんじゃないかと、【わたし】は思いますが」
――ふざけるな。それのどこが理解だと?
そんな不完全なものを、わたしは理解だと認めていない。
「うーん」
【わたし】は幾らか気の毒そうな顔でわたしを見た。
「それに関しては、あなたのやっていることも変わらないと思いますが」
馬鹿なこと言うな! とわたしは思った。思考を同期させ、一つに統合する。これこそが完璧な理解の形だろう!
「いやいや、それは違いますよ」
と【わたし】は言った。
「だって人は、自分で自分を完璧に理解できないんですから」
………………………なんだって?
「自分で自分を完璧に理解できない以上、他者と完全に思考を統一しても、結局そこには理解できない『自分』が残るわけですよ。なので、あなたの目指す、人類すべてをたったひとつの思考に統一するという目標が達成されても、結局あまり意味はないんじゃないですかねぇ」
………………………………。
「どうしました?」
……だとしても、だとしても、少なくとも争いはなくなる!
他者が存在しない以上、人間が傷つけ合うことはなくなる!
「でも、人は自分で自分を傷つけますよ」
と【わたし】は言った。
「右手で左手首を切ったりするように、一つの肉体で別の肉体を傷つけるとか、たぶんやってしまう可能性あるのでは
」
…………わたしは、何か、何か言わなければならないと思った。だが、どうしても何を言えばいいのかがよくわからなくなっていた。
だからわたしは、【わたし】を殺すことにした。
意識を凝縮し、イメージを形作った。大剣のイメージ。人間の精神を一撃で崩壊させる殺意の結晶を形成した。した、けれど、どうしても、
その大剣が【わたし】に突き刺さっている光景をイメージすることができなかった。
「そりゃあ無理ですよ」
と【わたし】は言った。
「このイメージの世界で、勝てないと思っている相手には絶対に勝てない。だからあなたは、現実世界で【わたし】を殺すしかなかったんでしょう?」
……わたしは、わたしは……
「そもそも、なんであなたは秘密裏に行動してるんです?」
と【わたし】は言った。
「レンドラー警部が取り調べで嘘を吐いていましたが、なんであなたは自分のやっていることを隠そうとするんですか?」
……いや、だって、それは、
「本当に自分の考えで社会をよくできると思っているなら隠す必要ないでしょう」と【わたし】は言った。「大麻の合法化を訴えている人たちがいますが、あなたも彼らのように、〈レゾ〉の合法化を訴えるなどしてみては?」
……馬鹿な、そんなこと、できるわけがないだろう!
「なんで、できるわけがないんですか?」
……それは……
「そんなことをしたら反発を食らうから、ですか?」
と【わたし】は言った。
「いやいや、そこは乗り越えてくださいよ。社会を変えるって、そういうことでしょう。スマートニューロンを普及させた人たちだって、猛反発を乗り越えて今の社会を作ったんですよ。なんで、あなたにはそれができないんです?」
…………………。
「あなたも本当は薄々自覚しているんでしょう? そもそも自分の考えが、反発に耐え得るほど強くも、正しくも、ないということに」
………………。
わたしは、今、わたしは何を考えているのだろう、と思った。
わたしは、わたしが今どんな気持ちでいるのだろう、と想像した。
けれど、よくわからなかった。
わたしにとって、わたしとはこんなにも、よくわからないものだったっけ?
「ところで、あなた、そもそも誰なんですか?」
と【わたし】は言った。
「レンドラー警部なんですか? キャネルさんですか? それともチャック・ジョエルさん? その三人が統合されてできた新人格? もしくは、もっと以前に今のあなたの思考を生み出したオリジナルがどこかにいるんですか?」
……そう言われて、わたしは考えてみた。
今、わたしの考えているこの思考はいつ、どこで、どのようにして生まれたものだったのか、と。
けれど、どう考えてみても、その答えはわからなかった。
「ねぇ、教えてください。あなたはいったい、どんな人間なんですか?」
そう言って、
【わたし】はわたしの目を覗き込み、
わたしは【わたし】の瞳に映っているであろうわたしの姿を必死で探した。
そこにあった人影はあまりにも脆く、はかなげで、頼りなく、
わたしはなんとかその輪郭を追い求めようとしたけれど、それは膨らんだり、縮んだり、落ち着いたり、ざわついたり、ただただ不安定に揺らめくばかりだった。
そして、それが、それこそがわたしなのだということにわたしが―――気がついた―――瞬間から、わた――――――しの思考はど―――こか遠い―――ところへ―――と――――――――――はこば―――――――――――――――れ――――――――――――――――――――――――――――――――――――て――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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