始まりの距離 ②

 ブレウスに道案内されるまま、オルガは馬を伴って今日の宿を目指す。

 通り過ぎて行く人々の中には、獣人のオルガが珍しいのか好奇の視線を何回が向けてくるが、流石に慣れて来た。


「わんわん」

「こら、失礼でしょ?」


 幼い子供が好奇心でオルガの尾をいきなり握り、母親が慌てて止めさせ頭を下げて去って行く。

 オルガが気にしないで、と一言添えて手を振ると、母親が再び頭を下げた。

 ブレウスの肩に乗ったまま、歩幅に合わせて体を揺らす黒竜は動き回る人々を一瞥して行く。


『しかし、何だ、国が属国になったてーのに、こんなに民は笑っているとか、よっぽど以前が酷かったんだな』

「それこそ、絵本の中見たいに悪かったね」


 ブレウスの付け足しに黒竜は鼻を鳴らす。


『ハッ、必死こいてワシから全部奪っておいて、そんな有様だったのかよ。――分を弁えない欲は恐いねえ。無関係なのを巻き込んで簡単に破滅しちまう』

「でも君は、そんな恐ろしい人間にも恐れられていたんだろ? 黒竜」

『……今思えば、ワシは構いすぎたんだろうなあ』


 後悔の色を滲ませる黒竜を伴い、ブレウスは目的地へ辿り着く。

 宿屋と飲食をで示す標章が掲げられたその建物は、小奇麗な看板は店名を示していた。

 ――愛の宿屋&オークの肉欲工房――

 何を使っているのか、怪しくピンク色に店名が毒々しく輝いている。

 店内からは楽しげな男女の笑い声が響き渡っていた。


「じゃあ行こうか」

『ちょっと待った! 入りたくない! ワシ入りたくないぞ!?』


 怪しげな店内へ臆する事無く入っていこうとするブレウスへ、黒竜が断固拒否する。

 鼻を鳴らしているオルガは店の匂いに夢中になっているようだ。


「嗅いだ事のない肉の焼けた匂いが……」

『待て、犬っころ! と言うかブレウス、本当にここで合ってるんだろうな!?』

「国を出る前には、もうちょっと大人しい看板だったけどね。いやー、繁盛している様だね」

『アノーラめ……俺が斃された後は一体何をしていたんだ?』

「なあなあ、速く入ろうぜ?」


 食欲を強く刺激されているオルガは、捨てられた子犬を連想させる切ない目でせがんで来る。

 黒竜が眼で何色を示したままだが、さっさと事態を進めなければ日が暮れてしまう。

 そう判断したブレウスが、店の扉に手を掛けると客の来店を知らせる鈴が入り口に鳴った。


 扉を押し開けると、熱のこもった料理と酒の匂いが鼻腔を刺激し、舌鼓を打ちながら食事の会話に花を咲かす人々の笑い声が、波の様に押し寄せてきた。


 すると、入り口付近のテーブルに料理を運び終えた、給士らしき少女がブレウス達を歓迎した。


「いらっしゃいませー、二名様ですね。 お食事ですか? それともお泊りに?」

「取り合えず、先に泊まりのよう――」

「先に食事でお願いします!!」

「オルガ……では、先に食事にします」

「あ、そうだ! すいません。馬を休ませたいんですけど……」

「かしこまりました、手が空いている他の子にお願いしておきますね。お席はこちらです」


 肩まで伸びた鮮血の様に艶やかな髪と同じ色の瞳が、愛嬌のある接客態度でブレウスとオルガを空いている座席まで案内する。

 座る所に質素な布をしいただけの椅子に腰掛けると、給士がメニュー表をテーブルに置いた。


「お水をお持ちしますねー」


 軽快に去って行く給士を黒竜が好奇の眼で追う。


『珍しいな夢魔が人の町で働いているとは』

「夢魔って、人の夢で悪戯してくる、あの夢魔?」

『その夢魔だ。あまり知らんのも無理は無いな。あいつ等、人前で姿を出す必要も無いし』

「俺、始めて見たよ。本当にいたんだ。でも……目と髪が目立つ以外は、あんまり人間と変らないんだな」

『人間に近い見た目でも、生態はお前ら獣人の方がよっぽど人間に近い。精霊に近しい存在である事を示す紅い瞳が、その証拠だ。なんせ空を飛べる上に、夢を見れる生き物さえいれば飢える事も無いからな』


 年季の入った薀蓄(うんちく)に二人の若者が関心を示す。

 黒竜も意外と聞き入ってくれる二人に気を良くした。


「空を飛べるのか? 翼なんて生えてないけど」

『隠してるに決まってるだろ。夢魔は、騙す魔法に長けているんだから』

「凄いなあ、魔法も使えるとか。俺なんて半年間は本の虫になったけど、手から小さな火の一つも出せなかったよ」

『そもそも人間と獣人が魔法に手を出しても、碌な事にならんぞ。魔法は扱う生き物の「器」ありきなのだから。地道な努力で事をなしとげられるなら、それに越した事は無い。苦労しないで簡単に結果を出してしまうと、後の自分の為にならんぞ。維持的な意味で』


 どこか羨ましがるオルガの反応に黒竜は経験者としての苦言を呈す。

 給士の少女から貰った水で、喉の渇きと体の熱を癒していたブレウスは、周りの人々の言葉に耳を傾けている。


「まったく、アーケオの軍が城門前に押し寄せて来た時は、生きた心地がしなかったな。城も軍も、邪竜に手酷くやられた直後に狙って来たんだから」

「でもよ、悪い事が続いた後は良い事が続くもんだな。先週の知らせを見ただろ? 邪竜が討ち取られたって」

「そうだな、本当にホッとしたよ。それに貴族が腑抜けで直ぐに白旗上げたお陰で、俺達が痛い思いをしなくて済んだし。国の税が属国になった時の方が安くなるなんて、夢にも思うまい」

「でもよ、今日の御触れ見たか? シルヴィア様が――」

「その事を掘り返すのは止そうぜ、触らぬお上に、なんとやらだ。……確かに、気持の良い話しじゃないけどよ……邪竜が来た原因だったんだろ? ……本当かどうか、怪しいけどな」


 シルヴィア――。

 彼女の名が不吉を臭わせる符丁で語られ、ブレウスの目色が変る。

 黒竜も聞き及んでいたのか、その言葉が発せられた方向を捜し求めた。

 店の一角を占領していた身振りの良い行商人が、酒に乗せられ、高らかに笑い声を上げる。


「しっかし、アーケオ様もご寛大だよな! 貴族達の政権放棄と、邪竜を呼んだ姫の首一つで手を打ってくれるなんてよ!!」


 ブレウスと食事を楽しんでいた人々がその言葉に凍りつく。

 痛々しい沈黙が支配する中、先ほどの赤毛の給士が臆する事無く、悪酔いしている行商人へと向っていく。


「お客様、申し訳御座いませんが、他の方のご迷惑になっているので……」

「あー、何様だお前さん? ……その赤目、お前さん人間じゃないな……おおおお、珍しいな! 夢魔じゃないか!?」

「きゃっ!?」


 行商人が路傍に宝石を見つけた手つきで給士の少女の腕を掴み上げる。

 少女が苦痛に顔を歪めた。

 少女の顔を見てブレウスが立ち上がろうとすると、黒竜が小さな前肢でブレウスの頬を押さえ付ける。


『体がまだボロボロなんだから無茶するな、それに――』


 黒竜の眼先に促され、オルガが座っていた筈の座席を見る。

 既にいなかった。


「何でこんな所で働いているんだ!? いや、いやいやそれよりも、娘さんよ、ちょっと一つ儲け話に――痛あい!?」


 商人の腕が赤茶毛の腕に捻り上げられる。

 周りが注目する中、オルガは少女と商人の間に割り込んでいた。


「おっちゃん、止めなよ。怯えてるじゃないか、その子」

「き、貴様こそ、急に人の腕を掴み上げるんじゃない!」

「先にそうしたのは、おっちゃんの方だろ?」


 オルガは呆れと共に商人の腕を放してやる。

 商人は離された腕を乱暴に振り、オルガの顔を手の甲で殴りつけた。

 しかし、オルガの方は効いていないのか、顔色一つ変えずに不思議そうに商人の顔を見た。


 殴りつけた商人の手が、見る見ると赤く腫れていき、痛みで耐え兼ねたのか、その場で蹲ってしまう。

 行商人の情けない悲痛な呻き声が床から聴こえて来る。


「え、えーと……ご、ごめんなさい?」

「こ、このお! 獣人ふぜ――」

「はーい、お客さん、そこまでよ」


 自分が来た事を宣言する、愉快に笑う女性の声が商人の逆上を掻き消した。

 何時の間に現われたのか、黒い衣服に身を包んだ、見目麗しく成熟した女性が、オルガと彼の背で服を掴んでいる給士の少女を視線で茶化していた。

 視線の意味に気づいた少女が慌てて、掴んでいたオルガの服から手を離す。


「あら、手を離しちゃうのジュリア?」

「アノーラさん!? こ、これはですね……」

「解ってるわよ、後は任せなさい。素敵なワンちゃんも、ジュリアを助けてくれてありがとうね」

「はあ……」


 落ち着いた足取りでアノーラと呼ばれた女性が蹲る商人へと近づいた。


「診せてちょうだい、直ぐに良くなるから……」

「は……はいィ」


 突然近づき、優しく囁くアノーラの色香に行商人は痛みも忘れて見惚れていると、アノーラが腫れた手を自分の両手で包み、腫れた箇所を労わる様に撫で始めた。

 淡い緑光が手の中で溢れると、直ぐに消えてしまった。


「はい、もう大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます。……お、お嬢ちゃんも、乱暴な事してすまなかった」

「い、いえ……」

「うん、これでトラブル解決ね。それで……あ、と、は」


 アノーラが静まり返って苦い顔を浮かべている客を、見渡す。

 先ほどの行商人の言葉が応えたのか、誰も料理に手を出そうとしない。

 厨房の奥から、平均的な成人男性より一回り大きく、上半身裸の筋骨隆々とした巨躯が通り辛そうに這い出てくる。

 前掛けをしただけの緑色の巨人が、アノーラの方へ牙が剥き出しになった顔を向け頷く。


「残念だけど今日はご飯の方はもう店仕舞いね。皆さん、また明日、宜しくね」


 アノーラが黒竜とブレウスの方へウィンクを飛ばした。

 黒竜が小さな体を震わせる。


『……っ、お、悪寒が……』




 客が居なくなった店内の、椅子とテーブルを片付けて出来た空間でアノーラは、診察を行うようにブレウスと向かい合っている。

 厨房の奥では先ほどの巨人が料理の下準備を始めていた。


 アノーラが座らせているブレウスの瞼を指で押し上げて、その目を確かめる。

 黒目の奥には、幾何学模様が浮かび上がっていた。


「ふんふん、呪文の契約は成功している見たいね。体の方は大丈夫かしら、脱いで見せてくれる?」

「そんな事より、先程の処刑の件は本当ですか!? なら、今直ぐにでも――っ!?」


 立ち上がろうとするブレウスにアノーラが横腹を指で強く突いて、押し止める。

 ブレウスの額から汗が吹き出た。


『落ち着け坊主。公開処刑であるなら、その日までの命はある程度保障されているんだ。そうだな、アノーラ?』

「最小の尊い血を持って、最大の無辜の幸福を――それが、宗教国家アーケオの理念だそうよ。実際に巧くいちゃってるのよ、支配ではなく融和をってね。今まで強く押さえ付けられてた人達からすれば、上が現在よりマシになるって認識しかないのよ」

『成る程な、その為に悪しき象徴の処刑をって事か。何時の時代になっても、人間は物騒だなあ』

「規模が他の生物と違うから、大仰に見えちゃうだけよ。さあ、ブレウス君、お姉さんが手伝って、あ、げ、る」

「自分で脱ぐんで大丈夫です」


 服を躊躇無く脱がそうとしてくるアノーラに先を越されまいと、ブレウスが手早く上半身を裸にした。

 細く引き締まった体中の筋肉には、至る所に獣によって裂かれた牙と爪と、火傷の痕が溢れていた。


 アノーラがブレウスの肩に乗っている黒竜を睨みつけた。


「もうちょっと手加減しなさいよねー……本当に昔から不器用なんだから」

『なっ、ワシだってこの坊主に殺されかけたんだぞ!?』

「ブレウスは最初に話を聞く様、言ったでしょ?」

「言いましたね、その直後に巨大な黒曜石の塊見たいな爪で、叩き潰されそうになりましたけど」

『あ、あの時はまだ気が立ってたんじゃい! 坊主も途中で本気だったし!!』

「いや、竜相手に人間が手を抜ける訳無いだろ……」

『そもそも坊主に使われていた、あのおぞましい呪文といい、ワシを過去と合わせて二回も刺し殺した剣といい、何なんだアレは!』


 ブレウスの抗議を黒竜は流し、溜め込んでいた鬱憤と疑問をアノーラへ投げつけた。

 アノーラは腕を組んで自分が用意した椅子にもたれ掛ると、口に人差し指を添える。


「さて、どこから話そうかしらね……黒竜、貴方自分が刺された時の事を覚えてる?」

『――リドリーが、ワシの所に遊びに来てた時だったな。何時も道中の護衛としてついてたピーターとか言う若僧が、妙にピリピリしててな、どうしたんだと近づいたら、顎下の逆鱗にグサリよ。一回完全に死んだらしいわな。びっくりしたぞ、目が覚めたら地面の中で、骨だけになってたんだから』

「……骨だけって、竜はそんな状態でも回復できるのかい?」

『まあな、今はお前と魂でくっ付いてるから、もう無理だ。自分の体だから嫌でも解るだろ?』


 実質的に自らが不死の化生であった事を、当たり前だと言外に語る黒竜に、ブレウスは自分の肩に乗っている小さな存在と結びつける事が出来なかった。


「竜の魂はしぶといのよ。なんてったって、どっかの偉い人が創った自然の化身なんだから。私が作った秘蔵の魔術符で、ブレウス君と黒竜をくっつけさせたけど、それは貴方の体と魂が本体よ。何でも無茶が出来る訳じゃないから気をつけてね?」

「――善処します。それで、黒竜は体をちゃんと直してから、この国を復讐しに来たって事だね?」


 ブレウスが体の有様を深く考えないように黒竜へ会話を戻す様に促す。

 溜め息を吐くアノーラだったが、これ以上深く追求しようとはしなかった。


『眼が覚めた時点で、何がどうなったか察しは着いたからな。もどかしかったよ、自分の体を再生させながらどうやって300年越しの復讐をしてやろうかと考え続けた日々は』

「あら奇遇。私も貴方と王族がまとめて始末されちゃった時に、殺されかけて、あっちこっち旅しながら復讐を誓ったものよ。まあ、空腹で行き倒れた所で愛を見つけたから、そんなの棄てちゃったけどね。ねー、ダーリン!」


 アノーラが厨房の奥へ向って幸せそうにキスを投げると、緑の巨人が頬を染めながら妻へとサムズアップを送る。


『茶化すな馬鹿。……それも、ヴェロキラに戻ったら吹っ飛んじまったがな。なんせ自分の時間は止まってたのに、気に入ってた人間も、直接復讐したい奴らも、全員死んじまってんだからな。世界に取り残された気分だよ』

「世界に、取り残された……」


 弱気な態度になっている黒竜に、ブレウスは大きく驚いたが、その言葉でシルヴィアを想像してしまった。

 ブレウスが幼き頃から、国民の声を聴き、貴族達に頭を下げ続け、懸命に国と民の為に身を粉にした彼女が何故、命までも犠牲にしなければならないのか。


 ブレウスは怒りで拳を握り、直ぐに救出に迎えない悔しさで歯を食い縛る。

 アノーラと黒竜が無力で震えるブレウスを静に見守る中、厨房からは肉が焼ける音と脂身の甘い香りが洩れてくる。

 黒竜が平たくのっぺりとした前肢で、ブレウスの頬を二度三度と軽く叩いた。


『坊主、まだ何も始まってねえし、終ってもいねえ。今、シルヴィアの為に胸張って命を投げ出してでも救えるのは、ここにいるお前だけだ。――意味、解るな?』

「……ああ、勿論、勿論だとも」


 ブレウスが下を向いたまま自分の顔を手で拭う。

 幾何学模様が浮かぶ黒い目には、唯一人の為の騎士たらんとする男の意地が宿っている。


『ほう』


 何か感心するものを見たのか、黒竜がブレウスに聴こえないように感嘆の息をついた。


「……男二人でいい雰囲気になっている所、悪いんだけど……話を戻して、いい?」

『ニヤニヤするな、気持悪い』

「もう、昔から私には冷たいんだから。それじゃあ、私があっちこっちさ迷って手に入れた情報なんだから、ありがたく聴いて頂戴ね。黒竜、トユンって貴族の事を覚えてる?」


 トユン、その名を聴いた途端に黒竜の瞳孔が引き締まった。


『覚えているぞ、忘れようが無いわい。分不相応の器で在りながら、野心の塊だった貴族だ。あの権力に関しての執念深さ、どう考えてもアイツがワシを嵌めたとしか思えん』

「彼、当時は相当必死になって貴方を倒す方法を考えてたようよ? ……呪術に手を出すくらいには」

『呪術!? ――そうか、そう言う事か』

「あの、僕は話が見えて来ないんですけど……魔法ですか?」


 呪術と言う単語で、黒竜は納得している様だが、ブレウスの方はピンと来ない。

 そもそも、魔法自体が一般的な人の生活圏においては、認知が薄いものなので無理も無いのだが。


「じゃあ、ちょっとお勉強のお時間ね。ブレウス、この世界の命在る者全てに、魂があるのは知っているわよね?」

「え、ええ……常に生まれ、死と共に地に還り、そして再び生まれるもの……ですよね?」


 ブレウスは、読み漁った昔の本を頭の中で読み返す。


「ええ、そうよ。そして、呪術と言うのは、魔法の世界でも禁忌とされているものなの」

『具体的には、対象の魂に直接働きかける魔法だ。魂と肉体は繋がっている以上、どちらかに異変が起きれば、片方も引きずられる。そして、肉体と違って魂は外部から身を護れる術は無い。と言うか、そもそも魂に直接干渉できる方法は普通無い――禁術を除いてはな』

「ふむ……魂を持っている『生き物』であるなら、例え竜であっても効くものなんだね……そんな強力な術なら、戦に使われてもおかしくないと思うんだけど……」

『――人を呪えば穴二つ、と言うやつだ。呪術はな、使用者に代償を求めるのだ。それこそ、等価値の代償を使用者に求める』


 等価値の代償、その要求が呪術の在り様を語っていた。

 そして、ブレウスは話の流れから一つの結論を出した。


「つまり、それほど扱い難い呪術をトユンと言う人物は何らかの方法で使い、黒竜を現在と過去に渡って二度も殺したのですね――恐らく、自分には直接被害が出ない方法を作り上げて」

『ふん、検討はついてるわい。その剣と、ワシと戦った時のお前が答えだ』

「この剣が? ……本物の呪いの武器って事ですか」

「ご明察よ……作り方は、知りたくも無いわね」


 ブレウスは自分の腰に下げている剣を見た。

 ユンナから、邪竜討伐の際に直接渡されたものだ。

 実際に使用した時には、剣が神聖さを感じさせる光を放ち、体中に身を焦がすような熱さと力が全身を駆け巡った。

 在り得ない事だが、剣一本で黒竜と打ち合えたのだ。

 今となっては、この剣の作られた過程を知るのが恐ろしい。


 もっとも、剣自体は黒竜の逆鱗を貫くと同時にあの灼熱の様に体を駆け巡る力を失っている。

 つまり、剣自体は既に力を使い果たしているのだろう。


『おい、ブレウスの坊主。お前にその剣を渡したのは誰だ?』

「ユンナって言う貴族だよ。僕と変らない年齢で貴族達を纏め上げた人物で、実質的に国を取り仕切ってる」

『城に行く時は用心しろよ、そいつは怪し過ぎる』

「言われなくても」


 ブレウスの頭上に影が差し、香辛料の効いた匂いが鼻腔へ届き、何事かと顔を上げる。

 アノーラの主人が、小さなテーブルと鉄板プレートに盛り付けられた料理をそれぞれの手で抱え、ブレウスの目の前に置いた。

 プレートには、豚ヒレのステーキと野菜ソテーが焼かれる音を立て続け、主人が上から特性のガーリックソースをかけると、より一層の音を立て、無抵抗なブレウスの食欲をこれでもかと刺激した。


『豚肉か! 久しぶりだ!!』

「これはオルガじゃなくても……」


 料理に釘付けになる一人と一匹に、主人はパンと野菜のスープを付け足す。


「事情は解らんが、兎に角食え! 腹が減っては、女を取り戻す時に力が出ないぞ」


 オーク特有のくぐもった声に励まされると、ブレウスと黒竜が夢中になって料理へ勢い良く食い付いた。

 バターの効いたニンジンに齧りつく黒竜が、アノーラへ振り返る。


『いいオークの旦那を持ったな!』

「素敵でしょ」


 魔女が自慢げに笑みを浮かべた。


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