第九話 妨害者の正体 3/5
「その時の敵はドライアド軍ではなく、エッダ陣営の部隊だった。指揮官は優秀だがまだ若く、俺に言わせれば実戦経験が乏しいデュアルだ。戦いが経験で決まるわけではないが、両陣営が有する数字がが同等であれば、部隊全体を含めた経験と実績がものを言う。しかもそれぞれの部隊の指揮官が同じ国の少佐と中将だ。用兵の柔軟性からして有利なのは間違いない。要するに戦えばほぼ確実に俺が勝っていただろう。だがサーリセルカ少佐の部隊の問題はそこではない。問題は指揮官以外、全員が純血のアルヴ族で構成されていた事なのだ」
エイルにはそれのどこが問題なのかがわからなかったが、ティルトールによると純血のアルヴ族のみで構成された大規模な部隊などアルヴの王国と呼ばれるシルフィードですらもはや存在しないのだという。自他共に認めるアルヴの国ではあるが、人種による差別が一切無いと公言してはばからないのがシルフィード王国である。確かに純血のアルヴ族のみの部隊など編成するとは思えなかった。
ティルトールは敢えて触れなかったが、そこに至った原因がシルフィードによるピクシィの全滅という痛ましい過去の事件にあることはエイルにも想像できた。
「サーリセルカの部隊を一見しただけで、リリアはそこに気付いた。その異常性に、だ。さすがというしかないが、そもそもある程度の予想はしていたのだろうな。わざわざ敵陣に乗り込んだのはその確認をする為だったのだろう。そしてそれこそが逆賊ミドオーバの真の目的だと確信したのさ」
「真の目的、ですか?」
ティルトールはうなずいた。
「もちろん本人に聞かねばわからんが、本人に聞いたとしても素直に本心を話すかどうかは怪しいものだ。だから俺はそう考えている、と言っておこう。因みにさすがに有名人だからエイルも知っているとは思うが、サミュエル・ミドオーバはデュナンだ」
「もしかするとサミュエル・ミドオーバは、純血のアルヴ族を消そうって考えていたっていうことですか?」
ティルトールは何も言わずに肩をすくめた。
「それって、まるで」
エイルは思わず中腰になり、自分の行動に驚いてすぐに席に着いた。
「すみません」
「いや、気にせんでいい。事実だからな」
エイルは「まるで三千年前の再現じゃないか」と言いかけてやめたのだ。
「リリアの予測を俺達は支持した。つまり今シルフィード王国同士が戦えば、どうころんでも純血のアルヴ族の減少は避けられない。そして、その視点で戦況を俯瞰すると、どうやらリリアの悪い予感は当たっていたようでな。ミドオーバの奴はドライアドと通じているらしく、エッダ軍はサラマンダ大陸でドライアド軍とまともな戦闘は行っていないことがわかった。つまり、ノッダ側はエッダ軍とドライアドを相手にしなきゃならんのに、エッダ側はノッダと戦えばいい、という構図になっている。そして巧妙に軍を展開している事でエッダ軍そのものはその事にまだ気付いてない。少なくともサーリセルカ少佐は何も知らされていなかったよ。そりゃそうだ。ミドオーバにしてみればどちらにせよ潰れればいいだけの話だからな。取りあえずはシルフィード同士を戦わせて消耗させ、最後にドライアド軍が勝てばいい。乱暴にいえばミドオーバにとってエッダ軍が勝とうが負けようがどっちでもいいんだ。最終的にアルヴの国が滅びれば、奴の目的はかなうわけだからな。シルフィード王国を分裂させ、戦いの場を本国ではなくサラマンダ大陸とするまでが奴の作戦の本筋だったんだろう。シルフィード王国を自らが治めようとか、そういう思惑はそもそもなかったに違いない。軍の指揮系統の半数とは言わず数割を掌中に収めていれば、大局的にこの大戦はドライアドが勝利し、アルヴの王国が消滅する。それこそがヤツの反乱の理由なんだろうさ。問題はそこにミドオーバの私利私欲が見えないことだ。単にドライアドに通じているわけじゃないってことさ。むしろ利用している節がある。富や名声が欲しいなら、ヤツの立場だともう充分のはずだ。そもそもヤツはそんなものを欲しがる小物じゃない。ヤツとは長い付き合いだからオレにもそれくらいはわかる。だからやっかいなんだ。思想、信仰、信念、いや言葉などどうでもいいが、おそらくヤツの考えに同調する人間は少なくなかったんだろうな。そして皆、自ら選んだのさ。アルヴ流に言うなら自らの矜持で選んだ戦いというわけだ」
ティルトールはそこでいったん話を切った。
エイルを見つめ、その後順番に周りの三人に視線を移して再びエイルに向き合った。
「これでわかったろう。つまり、リリアが政治的に解決しようとしてもどっちみち無理ってわけだ」
「なるほど、上が無理なら下をまとめて、少しでもドライアドへの対抗力を維持しようという事ですか」
ティルトールはうなずいたが、難しい顔をしていた。
「じゃあ、ある程度両陣営をまとめあげれば、イエナ三世の軍隊になるってことになるんですか?」
「俺が悩んでいるのはそこなんだ」
「え?」
意外そうな声を出して反応したのはテンリーゼンだった。
「なぜ、悩む?」
ティルトールはそう尋ねるテンリーゼンにゆっくりと右手を伸ばした。
「クラルヴァイン少将。失礼を承知で頼みがある」
「ん?」
「すまんが少しだけ髪を撫でさせてくれぬか?」
そう言いつつ伸びてくるティルトールの右手を避けようと上体を後ろに反らしたテンリーゼンだが、ティルトールの表情を見て動きがピタリと止まった。それを承諾ととったのだろう。ティルトールは小柄なアルヴィンの頭にそっと手を置き、ゆっくり二度、三度と銀髪を撫でた。
エイルにもテンリーゼンが動きを止めた理由がわかった。巨漢の司令官の目に、涙がにじんでいたからだ。
「さっきオレが確認した事がその理由だ。シルフィード王国は、国を挙げて禁忌を行っていた。ここにその証拠がある。リリアに聞いた時はまさかと思ったが、もはや疑う理由もなくなった。だとすれば俺はもはやカラティア朝シルフィード王国に忠誠は誓えん。かと言ってミドオーバを支持するなどありえない。当然ながらドライアドに付くという選択肢はない」
エイルはこんどこそなるほど、と思った。
悩んだのだろう。いや、今もとことん悩んでいるのだろう。それはティルトールの場合、個人的な悩みではすまない。既に何万人もの規模になっているのであろう部下や兵達全員に関わる事でもあるからだ。
目的地に辿り着く為の道筋が見えているのであれば、そこを示して賛同を募ればいいだろう。志が違うものがいれば、それこそ純血のアルヴのティルトールである。去る者を背中から切る事などありえまい。だが現時点ではその目的地が見えない、いや存在すらしないかもしれないのだ。
「それで、リリアさんは何と?」
「さっきも言ったとおりだ。だからといって自らが支配者になるつもりは毛頭ないそうだ。自分はあくまでも殺す人間で、生かす人間ではないと言っていた。自虐にもほどがあるが、要するにあいつも目的地を探しているということだろう。だから、あいつはもう一つの第三勢力に興味津々という寸法なのさ。本体の事は俺に丸投げで、な」
「もう一つの第三勢力、ですか?」
「それはどのような勢力だ? 誰が率いておるのじゃ?」
エイルの言葉に被せるようにニームが食いついてきた。
ティルトールはその剣幕に驚いたようにニームを見た。
「まさかとは思いますが、大賢者さまには心当たりでも?」
問い返されたニームは、視線をジナイーダに向けた。
「おそらく」
そう言ってジナイーダは小さくうなずいた。
それが何の確認事項なのかエイルにはわかりかねたが、少なくとももう一つの第三陣営とやらについて、二人に心当たりがあるのは間違いなさそうだった。
逡巡するそぶりを見せたニームだが、少しの沈黙の後に口を開いた。
「許せ将軍。訳あって詳細を語るわけにはいかんが、今までの話を聞いて確信している。お主達は是非その勢力と話し合うべきだ」
続けてやや強い調子でこう付け加えた。
「お互い敵にはならぬ……と、私は思う」
「ふむ」
ティルトールは腕組みをした。
「正体は言えないが、敵にはならない、ですか。じゃあ、あなた方はヘルルーガ、いやベーレント少将と面識があるどころか、よく知っているということですかな?」
この質問にはニームもジナイーダも驚いたようで、互いに互いを見つめると、同時に首を横に振った。
「そのベーレント少将という人物については、名は知っておるが会ったことは無い」
「ほう」
ティルトールは右手で顎をさすった。
「では俺が言った第三勢力とあなた方が想定した勢力とは違うものということになりますな」
「うむ、そうだな。だがベーレント少将というのはお主の同僚であろう? ならばもう一つの第三勢力もシルフィードの分派ということになるのではないか」
「だからこそリリアが向かっているのですよ。ヘルルーガはイエナ三世の直轄、つまりノッダ側です。それがどうやら独自の行動を取っているようで」
「会って理由と目的を聞けば、同盟が可能かもしれぬということだな」
ティルトールはうなずいた。
「だが、その会見が何者かに邪魔された。つまり両者を会わせては困る何者かがいて……」
ティルトールの言葉はなぜかそこで途切れた。
「どうしたのだ?」
「いや」
そう言ってティルトールが視線を逸したのを見ると、ニームとエイルは顔を見合わせた。だがティルトールは一度咳払いをするとすぐに続けた。
「すまん。隠す話ではないのだが、どうにも信じてもらえるとは思わないのでな」
およそ本人のものとは思えないような小声で、ティルトールがそう言うと、ニームは苛立ちを込めて催促した。
「何事だ? もったいぶらずにとっとと話せ」
ティルトールは小さなため息を一つつくと、覚悟を決めたように普段の声で話し始めた。
「信じられんかもしれんが、リリアによるとその何者かはスカルモールドを自由に操ることができるのだそうだ」
「何ですって?」
思わず叫んだニームだが、ティルトールの言葉はその場にいた彼以外の全員に同じように衝撃を与えた。
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