第九話 妨害者の正体 2/5

 エイルはもう、この戦争の傍観者でいるつもりはなかった。つまり自らも積極的に関わろうと考えていたのだ。もっともどこかの陣営に荷担するという考えまではまだもっていない。まずはこの戦争の本質を知りたい。そしてその後で身の振り方を考えるつもりであった。それがエイルの「新しい目標」だったのだ。テンリーゼンは即座にそれに賛同の意を表し、同道を申し出でていたというわけだ。

 大まかな目標は決まったが、その方策をどうするかまで考えがまとまらないうちにジナイーダに出会い、そのままティルトールとこうやって対峙することになっていたのだが、エイルにとって今回のイエナ三世の来訪はいい機会だと思えたのだ。


 いまの戦争の本質とはなんであろう?

 それはもちろんまだエイルにはわからない。そもそも本質などというものが存在するかも怪しいものだ。

 ニームがかつて正教会の高位フェアリーとしてドライアドのバード庁に潜入していたことは聞いて知っていた。そのニームにドライアド側、つまり五大老から見た戦争の目的のようなものも聞いていたが、漠然とではあるがそれが本質ではないと感じていたのだ。ニームの口から語られる五大老の思惑は大帝国主義、一国支配、富と利権の中央集中化といった、あまりにわかりやすいものだった。

 ならばそのケンカを吹っ掛けられたシルフィード側の言い分はどうなのであろう?

 そのシルフィード王国では歴史上初めてと言われる内紛があり、首都が並立して混乱しているという話を聞いているが、それはなぜなのか? それぞれに戦う理由は? そしてそれぞれの立場に於けるドライアドとは? 共通する敵なのか? 相手を倒す為であれば、ドライアドであっても同盟を選択肢に入れる事ができるのか?

 それらを、できれば「当事者」に会って聞きたいと思ったのだ。

 その相手がイエナ三世であれば、それは願ってもない相手だと言えた。


「そう言えば」

 エイルはある事に気付いたようにティルトールに声をかけた。

「将軍の陣営……名前が多くてなんて呼んだらいいのかわかりませんが、ともかくリリアさんは何の為にこの戦争に参加しているんですか? シルフィード王国を助けたいなら素直にシルフィード王国軍に入ればいいわけですし、ドライアドと戦うならなおさらですよね? まさかとは思いますが、自分の手で世界征服でもするつもりなんでしょうか?」

 ティルトールはエイルの質問を聞くと頭を掻いた。

「それだがな。リリアの言葉を借りるなら『無益なシルフィード軍同士の闘いを止める陣営』だそうだ」

「それって、シルフィード本国でやるべき事なんじゃないですか? 俺はその辺よくわかりませんが、そもそもそれって政治的な話ですよね? 現場である戦場にやってくるのは本末転倒っていうか、時間がかかるというか」

「常識的に考えればその通りだな。ええっと、エイニー殿?」

「エイミイです。エイル・エイミイ。あと『殿』とか言われるとムズムズするんでエイルでいいです」

「エイル? ふむ。その、なんだ。いい名前だな」

「女みたいな名前だと思ってますよね?」

「いや……それほどでも」

「いいんです。さんざんっぱら言われてますからね。もともと女の子の名前ですし。なんというか色々あって借りてるんです。あ、『いろいろ』の部分は突っ込まないでください。答えにくいし話がややこしくなって大脱線しちゃうんで」

「うむ。そのあたりはなんとなく身にしみた気がする」

「で、常識的に考えればその通り、なんですよね? なのに『あの』リリアさんはそうしなかった。俺としてはそこの所を聞きたいんですけど」

「そうだな……」

 ティルトールはチラリと様子を伺うような視線をテンリーゼンに投げたが、すぐにエイルに向き直った。

「その前に俺からエイル君に一つ聞いておきたいことがある」

「もう一度いいますがエイル、でいいですよ、クレムラート将軍」

「わかった。ではエイル。お前さんは何者だ? 大賢者さまの護衛というが、俺が見たところ教会関係者特有の雰囲気がない。かと言ってどこかの軍人だったようにもまったく見えない。そもそもドールだけでなく、リリアとも知り合いのようだ。しかもけっこう懇意にしていたように思える。あまつさえ大賢者さまを名前で呼び捨てするその傲岸不遜な態度。さらに大賢者さまをして一目置く人物のようだ。俺の目がいくら節穴であったとしても、ただの高位フェアリー風情とは思えんのだよ。だいたい、初見の俺を見ても大して臆する風もない。むしろ俺などいつでも倒せると言った余裕すら感じる。そのような若者は実に興味深い。一軍の将としてだけではなく個人的にも大いに興味がある。だからここは一つこうしようじゃないか。俺はお前さんの質問に素直に答えよう。その代わり」

「オレが何者か明かす、ですか?」

 うむ、とばかりにティルトールは大きくうなずいた。

「お前さんを信用しないわけではないが、ここへ来て我が祖国すら完全に信頼できぬ状況になっている。オレが信頼しているリリアが盲目的に自国を信頼するなと言っているのだから、その通りなのだろう。だからまずはお前さんの方からオレを信頼させてくれ。そういうことだ」

 ティルトールはそういうと再びチラリとテンリーゼンに目をやった。

「それからクラルヴァイン少将にも確認しておきたいことがある」

「なんなり、と」

「リリアが言っていた。お前は『唯一の完成型』だと。それは本当なのか?」

 ティルトールの言葉は、珍しくテンリーゼンにの困惑の表情をあぶり出すことに成功した。

 だがもちろん、取り乱す事も混乱することもなく、テンリーゼンは静かにうなずいた。

「生き残ったのは、二人。私と……」

「凶兵、いや『金の三つ編み』だな?」

 テンリーゼンはうなずいた。

「私と違って、あの子は、ほとんどダメになりかけていた。リリアと、『双黒の左』がいなければ」

 ティルトールは『双黒の左』の名が出ると、眉をぴくりと動かして反応した。いっぽうニームは『金の三つ編み』に反応していた。だが、二人ともそれについて口は開かなかった。

 エイルは人の名ではなく『唯一の完成型』という言葉に反応していた。だがこちらもそれについて口を挟もうとはしなかった。

「わかった。リリアを信頼しているといった口で証拠確認をするなんざ、俺もヤキが回ったかな」

「エイルは、私が、そしてあのリリアすら心から信頼している。それだけではダメ、か?」

 テンリーゼンの問いに、ティルトールは即座に首肯した。

「いや、わかった。取りあえずこれですっきりした」

 ティルトールは膝をポンっと叩くと本当にすっきりした、という表情で改めてエイルに向き合った。


「俺が思うに、シルフィード王国の内紛を政治的な行動で平らげるのはもはや不可能だ。少なくとも時間がかかりすぎる。理由はいくつかあるが、一つには両陣営が同じテーブルに付くこと自体がそもそも困難だからだ。考えても見ろ、ミドオーバの奴はルーンを使ってイエナ三世を傀儡にしようとしていたのだぞ。さらに女王を暗殺したという噂もある」

「は?」

 女王暗殺という言葉に反応したエイルを、ティルトールは即座に制した。

「その話はややこしいので後回しだ。どちらにしろ今回は向こうの一方的な敵対行動だ。今まで仕えてきたカラティア家を絶やしてでも何かを変えたがっているのはわかる。しかもイエナ三世陛下を偽物だと考えている。そこへノッダ側が『仲良くしましょう』と言っても話が通じると思うか?」

 エイルは首を横に振った。

「さらに面倒な事に、そのミドオーバ本人がエッダにいない。エッダ内での立場が危うくなって雲隠れしたという情報もある。交渉相手がそもそも行方不明という状況だ。かと言ってエッダにいた連中がいきなりノッダに寝返るかというと、そこが二番目の問題でな」

 ティルトールはそういうと右目の人差し指で、自分の右目を指して見せた。

「俺の目は何色だ?」

「緑……ですね。いわゆる純血のアルヴ族の証、でしたっけ」

 エイルの答えに、ティルトールは満足げにうなずいた。

「大賢者さまは一見すると整った容姿といい背格好といいアルヴィンそのものだが、目の色が違うのでデュアルだとわかる。エッダ陣営の重鎮連中はそんなアルヴィンが中心だ。いっぽうノッダの要人達は結局は純血のアルヴ系で占められている。エイルはこの意味がわかるか?」

「差別意識、ですか?」

 ティルトールはうーんと唸って軽く目を閉じた。

「間違ってはいないが、正解とは言いたくない。オレ達純血腫のアルヴ族は、純血である事を誇りとしている。普段は気付かんのだが、こういう有事に臨むとそれが言葉として口に出る。もちろんデュアルを見下したり蔑視しているつもりは毛頭無いのだが、純血のアルヴ族がそれを口にしているのを見て、デュアルが愉快な気分でいられるわけがないということを考えない。いや考えてもみない、と言い直そう。そういう事なのだ」

 ティルトールのいい方はその表情とちがい、とてもすっきりしたものとは言い難い。少なくともエイルには難解に思えた。

 差別意識による確執が根底にあり、それが今回不満として爆発したと考えられなくもないが、それは少し違う気がする。


「ワイアード・ソルにで陣を貼った時、つまりまだ俺がノッダ陣営の軍隊を率いていた時の話だ」

 エイルが困惑しているのを見て、ティルトールは本題を続けた。

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