第九話 妨害者の正体 1/5
「では、こうしよう。言い訳は、私が用意する」
イエナ三世を擁するノッダからの軍勢をどう受け入れるのか悩むティルトールに、テンリーゼンが事も無げにそう言った。
「もとよりそんな都合のいい言い訳があるなら是非縋りたいもんだな」
ティルトールはそういうと思わず身を乗り出した。
「リーゼ、それは」
テンリーゼンが口にした言葉の意味を察したエイルは口を挟んだ。さすがに正体を明かすのは時期尚早だと考えたのだ。
エイルがそう言う事は予想していたのだろう。テンリーゼンはゆっくりうなずいて見せた。
「大丈夫。ティルトールにはまだ教えない」
「え?」
もちろん当のティルトールにとっては冗談にならない。
「俺に内容は教えないが、女王陛下が納得される言い訳は用意できるということか?」
テンリーゼンは即座にうなずいた。
「できる」
「それを信じて任せろと?」
「信じて、任せろと言っている」
再びテンリーゼンが自信ありげにうなずくと、ティルトールは掌を突き出した。
「いや待て!」
「うん。待つ」
「いやいや、そういうことじゃなくてだな」
ティルトールは肩を落としていかにも弱ったという顔をすると、縋るような眼差しをジナイーダに向けた。
「賢者様には罪がないのはわかっているが」
ティルトールが全てを言い終わらないうちに、ジナイーダが同情のこもった眼差しでうなずいた。
「いいんですよ。私が将軍の立場であったなら、同様に、まずはこの場所に連れてきた人間を恨むでしょう」
ティルトールは首を振ると、目を伏せた。
「俺はいちおう正教会に帰依する人間だが、今まで教会に何かを頼る事など考えたこともなかった。だが生まれて初めて神に縋りたい気分だ」
「お気持ち、重々わかりますとも」
「それならこの場は賢者さまのご指示に従いたく」
ティルトールの態度に、ジナイーダとしては苦笑するしかなかった。
「あらあら、いきなり弱気ですね。将軍らしくもない」
「弱気にもなる。こういうのは俺の戦場ではない」
「戦わずして降参ですか。『大音声のティルト』の名が泣きますよ」
「よしてくれ。この状況で強気になれる人間などそうそういるわけがない。考えても見ろ。絶体絶命の所に手を差しのべてくれる信頼すべき筋が現れた。ああ、俺はなんて運がいいんだろう。マーリンのご加護とはこういう事を言うのだろうな、と不覚にももう少しで涙を流すところだったんだ。しかしそいつはこう言いやがる。救ってはやるが、そのやり方は教えない。でも大丈夫だから任せろ、と」
「まさにそんな感じですね」
「だろ? 許されるならそんな軽々しい事を平然と口にする目の前のチビ、いやドールの首根っこをひっつかんで折檻してやりたい気分だ」
「なるほど、ではそうなさってはいかがです?」
「そうもいかんのだよ」
「と、いうと?」
「なに、簡単な理由だ。なぜなら一対一でやり合ったなら明らかに俺よりこのチビの方が腕が立つときてる。負けるとわかっていてもあえて挑むことについて覚悟はあるが、いかんせんこの重大な局面で重傷を負って床に伏すわけにもいかん。そもそも得心して任せるのなら全ての責任を負う覚悟など簡単にできようものを、不安にかられたままただ結果を待つのはどうにも居心地が悪い。いや、いてもたってもいられないとはこの事だ。ということで人間、そんな時は神に縋りたくなるものではないですかな」
ティルトールは早口でそうまくし立てた。しかし自分でも何を言っているのかよくわかっていないようで、頭を抱えるとそのまま額をテーブルにぶつけた。
ジナイーダはそんなティルトールを見て気の毒そうにため息をつくと、今度は恨めしそうな眼差しをニームに向けた。もちろんニームにはテンリーゼンのやろうとしている事がわかっているであろうと推測、いや確信していたからだ。
「どうしたものかな?」
ニームはジナイーダの視線を切るようにエイルに向かってそう言うと、ニヤリと笑って見せた。
「私としては、このままクレムラート将軍を悩みに悩ませたあげく、ハゲさせるのも一興だと思うが」
そんなニームに、エイルはわざと大きなため息をついた。
「正教会の天辺にいる人間の言葉とは思えないな」
「これはしたり。賢者会は正教会の事など知らぬよ。同時に賢者会はいかなる理由があろうと国家間の戦争には不介入だ。要するに傍観者だ。傍観者ならば事は楽しい方がいいに決まっておろう?」
「決まってねえよ。というか賢者会ってなんか全然役に立たたないな。こんな恐ろしい時こそ人々に安心、安全を提供するのが宗教とやらの役目じゃないのか?」
ニームはふん、と鼻であしらってから続けた。
「確実でもない絵空事を掲げ、それを盲信するように洗脳しろとでもいうのか?」
エイルはやれやれとばかりに頭をかいた。
「お前、よくそんな身も蓋もない事を言えるね」
「身も蓋もなかろうが、本当のことだからな。ともかくそれは正教会の表組織の人間がやることだ。賢者会は正教会を名乗ってはいるがファランドールに対しての立ち位置はあくまでも中立の組織。だからこそ国際法で様々な特権が与えられているのだからな。それくらいはお主も理解していように」
「うん、それなんだけど」
エイルはそこで少し身を乗り出した。
実のところ、エイルもテンリーゼンがやろうとしている事の予想はついていた。そしておそらく、いや間違いなくその目論見は成功するであろうことも。
だがティルトールの立場、いや気持もこれはこれで実によくわかる。自分がティルトールの立場なら暴れ出したくなるような話であろう。焦りによる計算外の行動を取られても困る。ならば全容を明かすことはせず、しかもティルトールが安心できるような補完方法がないかを考えていたのだ。
エイルは少し間をおいてから、ニームに向かってこういった。
「俺はそういう方面には詳しくはないから、今からする説明に間違いがあったら指摘してくれ」
エイルのその言葉に、ティルトールは息を吹き返したように顔を上げた。
「おお、俺の髪を守る方法があるのか?」
「なんだ? ハゲる気まんまんだったのか、将軍よ」
そう言って目を輝かせるティルトールに、ニームが皮肉で応えた。
このままだと話がまた脱線する事を確信したエイルは真顔で懇願した。
「頼むからハゲ、いや髪の話はその辺にしてくれ」
肩をすくめたニームはうなずいてみせた。
「しかたない。きいてやるとするか」
「話が早くて助かる」
エイルは咳払いをすると、今思いついた事を提案してみた。
実際の切り札となる行動はテンリーゼンがやるとして、まずはテンリーゼンとイエナ三世が平和裏に会談の席につく条件を整える必要性がある。それには相手が断れない状況を作ればいい。そこではニームの立場を利用するのが手っ取り早い。
「たしかに」
エイルの案を聞いたニームはうなずいて見せた。
「いわゆる国際法によれば、賢者特権の一つとしてその国の指導者に対する謁見権を有しているとあるな。請求権ではなく、謁見できる権利だから、間違いなく会える」
「やっぱりな。持っているのは裁判なき殺しの権利だけ……じゃないとは思ってたよ」
「阿呆、何だその権利? お主にその偏った知識を植え付けた奴を連れてこい、私がこの手で……」
エイルの軽口に応じるようにそう返したニームだったが、途中で言葉をのみ込んだ。
「済まぬ」
その様子を見てエイルは力なく微笑した。
「気にすんな。というかそんな事でいちいち俺に気を遣うな」
「こほん。まあよい。だが謁見を申請するには当然ながら一定の理由が必要になる」
「理由?」
「当然であろう? 近くに来たから、ちょっとお茶を飲もうと思って声をかけた、などという理由が通るとでも?」
「通らないのか?」
エイルはジナイーダに顔を向けたが、にっこり笑って首を左右に振られた。
「なんだ。ちょっとアテが外れたじゃないか」
「理由があればいいといっておろうが」
「その理由ってのは?」
「ニアレー麻薬に関する事か、緊急かつ重大な国家的問題が生じたと判断した時、ですね」
ニームに代わってジナイーダが補足した。
「誰が緊急かつ重大な国家的問題だと判断するんだ?」
「もちろん賢者です」
「だったら賢者の誰かが国王とお茶が飲みたいって突然的に思ったら、それが緊急かつ重大な国家的問題だと判断すればいいわけだな」
「お主は私に恥を掻かせたいのか?」
「いや、もちろんお茶っていうのは冗談だ。だったらこういうのはどうだ? 俺がお前にこう頼むんだ。『重大な話があるからイエナ三世を紹介しろ』って」
エイルの言葉を聴いたニームは、すうっと目を細め、そしてニヤリと笑って見せた。
「なるほど。それなら誰が何と言おうと充分な理由になる」
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