第七話 新たな目的 2/3

「先ほどは少々お見苦しいところをお見せいたしました。できればあの時の事はすべてお忘れ下さい」


 エイル達一行は港の正面にあるいかめしい石造りの建物の一室に招待されていた。

 ジナイーダの説明によると、そこは港湾管理を行う役所の建物だという。

 もともとシドンはウンディーネにあってドライアドの息がかかった港であり、ドライアド海軍の重要な補給拠点になっていた場所である。


「今は独立港になっているそうです」

 通された部屋は本館から続く中庭を通った先にある別棟の中にあった。本館側だと人の出入りが多くてお互いに落ち着かないだろうからというジナイーダの気遣いであった。


「改めまして。私はジナイーダ・イルフラン。既にご存じの通り新教会の賢者会の末席を借りる者です。その節は大変ご無礼をいたしました。エイル様には改めて深くお詫び申し上げます」

 その節というのがピクサリアでニームとエルデ達が一戦交えた事を示しているのは明らかだった。

「そう言えば三聖さまは?」

 テーブルを挟んでジナイーダの向かい側に座っているのはニームとエイル、テンリーゼン、そしてテンリーゼンの膝の上に黒猫が一匹。

「ジーナ、今そのことは」

 ニームが慌ててジナイーダを制しようとしたがエイルはそれを制した。

「いいんだ、ニーム」

 そしてジナイーダに向かって静かにこういった。

「ここには居ない」

 ジナイーダはエイルの言葉に「そうですか」と言ってうなずいたきり、それ以上エルデの事に言及はしなかった。声に含まれた感情を読んだのだろう。


「時にそちらの方は?」

 ジナイーダは、終始無言でエイルに寄り添うようについてきた小柄な少女について初めて言及した。

「見ての通り、黒猫だ。怪しいけど大丈夫」

「いえ、そうではなく」

「うーん」

 エイルは逡巡していた。もちろんジナイーダにテンリーゼンの事を明かしてもいいのかをである。

「ジーナなら大丈夫だ」

 ニームの意見は予想通りであった。

「なるほど。訳ありの方だという事はわかりました」

「それを言うなら、ここに居るのは全員訳ありだがな」

 ニームはそういうとため息をついた。

「お前の事を信頼していないわけではないのだ、それは信じてほしい。だが同時にエイルが悩む理由もわからんではない。だからジーナ、すまんが取りあえずお前の今の立ち位置を教えてくれ」

「立ち位置、ですか。そうですね」

 ジナイーダはニームに促されて、エイル達と別れた後の自分の行動をかいつまんで説明した。


 エイル達を見送ったジナイーダは、その後ピクサリアで正教会側の要人としてラウの補佐を行う立場にいた。具体的には避難民保護活動を指揮の一翼を担っていたのである。体外的な必要に迫られてあえて肩書を示すとすれば、復興対策本部の責任者補佐官といったところであろう。

 実態としては正教会を通じ食料や建築資材などの物資を調達し、それらに合理的な優先順をつけた上で、配分、配給する仕組みの構築を司る。同時に現場における諸問題を迅速にかつ円滑に解決するため、相応の決定権も与えられていた。


 エルミナから避難してきた人々の為に天幕を作り仮住居とし、そこを避難民の当座の衣食住の拠点にした上で、彼らを含めた労働力を使って定住ができる、つまり耐久性のある共同住居を複数建築している途中だという。

 そうやって大まかな復興計画の道筋が決まると、ラウはファーンを伴ってエルミナに向かった。そこで今度は犠牲になった人々の回収と弔いに忙殺されたようで、その間ピクサリアはジナイーダが一人で統括していたようであった。


 エルミナの葬送が一段落を迎えると、その後は教区の主教に任せて、ようやくラウ達がピクサリアに戻ってきた。

 するとその時を見計らっていたかのように、ピクサリアにシルフィード軍が進軍してきた。つまりピクサリアもとうとう戦争に巻き込まれたのである時点で。

 だがピクサリアに来たシルフィード軍としては当てが外れた格好だった。

 当然ながらエルミナはすでに港としての機能を完璧に失っていたからである。もともとエルミナにあった軍関係の施設なども綺麗さっぱり海中に引きずり込まれ、跡形もなかった。

 補給路及び退路の確保、同時に橋頭堡を得るためにやってきたシルフィード軍は、目的が叶わなかったばかりか、すぐに背後から敵の襲撃を受けた。

 避難民と復興工事で非常事態の最中にあるピクサリアは正教会が実質的な影響力を有していたとはいえ、あくまでも政治的な窓はなかった。とはいえ正教会を尊ぶシルフィード王国である。ラウやジナイーダも列席した対策会議に於いて、彼らはピクサリアを「守る」という名目で転進した。つまり追ってきた敵と戦うことになったのだという。


「結果は?」

 エイルの問いにジナイーダは首を横に振ってみせた。

「残念ながら全滅したと聞いています。噂を裏付けるように、シルフィード軍の兵士は誰一人ピクサリアに戻ってはきませんでした」


 エイルは言葉を失った。

 ジナイーダはエイルの沈痛な表情を認めたが、それには反応せず、事務的に事実だけを淡々と述べた。

「その後、別の軍隊がやってきてピクサリアの接収宣言をし、そのまま駐留しています」

「それはシルフィード軍を破ったドライアド軍ということか?」

 ニームの問いに、ジナイーダは再び首を振った。

「わかりません」

「え?」

 ニームは思わずエイルと顔を見合わせた。

「冗談をいっているわけではありませんよ」

 そんな二人の態度を見て、ジナイーダはすぐに言葉を継いだ。

「わたしたちには一切何も説明がなされていないのです。わかっているのは進軍してきた軍勢はワイアード・ソル同盟軍という名乗っている事、そして指揮官はデュアルでサーリセルカ少佐と名乗っている事、兵の構成はアルヴ中心である事くらいです」

 アルヴ中心ということは、誰が考えてもシルフィード軍であろう。なのに自国に対する忠誠心が高いアルヴがシルフィード軍を名乗らないとは、エイルにはどうにも腑に落ちなかった。


「それが本当だとすると、いや、本当なのであろうが、妙な因縁のようなものを感じるな」

 ニームは独り言のようにそうつぶやくと、エイルに向かってこういった。

「ワイアード・ソルといえば、巨石で作られた祭壇遺跡がある事で有名だな。古戦場でもある」

 いったんそこで言葉を切ったニームは、意味ありげにエイルの瞳を覗き込んだ。

「もう一つ付け加えると、ワイアード・ソルにはマーリンの座があると言われている」

「マーリンの座? でもそれは」

 ニームはすぐに手を上げてエイルを制した。

「言うな。今となってはお笑いぐさだとわかっている」

 ニームの言葉にジナイーダが怪訝な顔をした。

「ニームさま、それはいったい」

 どういう意味なのか? と尋ねようしたジナイーダに、ニームは肩をすくめてみせた。

「すまぬ、今のはこっちの話だ。それより続けてくれ。同盟軍とやらは駐留後どうなったのだ?」

 ジナイーダはうなずいた。


「残念ながらよくわかりません。なぜなら私はサーリセルカ少佐の部隊がピクサリアに侵攻してきたあと、すぐに町を出てしまったからです」

 サーリセルカ部隊が一方的に駐留を宣言するのとほぼ同時に、ジナイーダのもとにある情報がもたらされたのだという。

「アダンが武力組織に制圧され、駐留している賢者と音信不通になってしまったという情報が賢者会を通じてもたらされました。ついてはピクサリア駐留の賢者は、急ぎ調査に迎え、と」

 ラウとファーンは三聖付きで【蒼穹の台】からの勅命を受けてピクサリアに駐留しているため動けない。つまり消去法でジナイーダがその役目を請け負うことになったのだという。


「なるほどな」

 ジナイーダがシドンにいたわけが、ニームには納得がいったのであろう。大きくうなずいてみせた。

 シドンはピクサリアから時間的にもっとも近い北部の港なのだ。そこでアダンに渡る船待ちをしている際に「あれ」がやってきたのだという。

 あれとは、もちろんスカルモールドのことである。

「スカルモールドを実際に見たのは初めてでした」

 シドンの町外れに忽然として現れた三体のスカルモールドが及ぼした災禍の跡は、エイル達も既に目にしていた。

「住民に死者が出なかったのが不幸中の幸いでした。もっとも私が駆けつけるまでに少なくない兵が命を落としたと聞いています」


「えっと」

 エイルは小さく手を挙げて質問を投げかけた。

「ひょっとして三体ともジナイーダさんが?」

 ジナイーダはうなずいた。だが、エイルに答えたのはニームだった。

「ジーナはエクセラーだ。まともにルーンが通ればスカルモールドの一体や二体」

「三体だぞ?」

「二体も三体も同じだ」

「いやいやいやいや」

 ジナイーダは苦笑しながらニームとエイルの間に入った。

「都合がいいことに三体が固まっていたので、手間が省けました。とはいえ楽ではありませんでしたが」


 強力な攻撃ルーンはその威力に比例して詠唱時間が長くなる事を忘れてはならない。勇気ある兵達がジナイーダの詠唱時間を稼ぐ為に奮闘したであろうことは容易に想像がついた。さっと現れてサクっと退治、などという都合のいい戦いではなかったのだ。

 そのスカルモールド事件が起こったのがつい二日前だという。ジナイーダの活躍を耳にしたシドン駐留軍の上層部が気を利かせ、自軍の兵、それも精鋭を数名「お付き」として同道させているとのことであった。

「丁重にお断りしたのですけどね」

 エイル達が出会ったのはその中の二人だったのだ。

 ニームがかけた存在感を消すルーンが通用せず、気配すら感じなかった理由もジナイーダの話で解明した。特殊な強化ルーンを施した精霊陣を描いた結布を、ジナイーダが兵達に持たせていたからである。しかもその結布の出所は皮肉なことにニーム本人だという。それらはかなり以前に作ったもので、同じものをジナイーダだけでなくリンゼルリッヒ・トゥオリラにも持たせているという。見方を変えればニームは自分自身と対峙していたようなものだ。双方が同じ力の場合は警戒している者と無警戒な者の差が出てしまったということなのであろう。


 ジナイーダ達はその後もこうしてスカルモールドの再発生を警戒し、軍と協力して定期的に町を巡回しているのだという。

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