第六話 繋がれるもの 2/3
意識が繋がったのは突然だった。
そこはきわめて明るい空間であった。まばゆい光がまぶた越しにわかる程の。
晴天下の野外だろうか。
そう思って得るではゆっくりと目を開いた。だが予想に反してそこは閉鎖された空間であった。しかもかなり狭く感じた。少なくとも直前までいたはずの部屋でないことは明らかだったが、それ以外は一切不明だ。場所の特定などできようはずもない。
少しして明るい光は壁面と天井が煌々と発光していたからである事がわかった。そしてその光る壁面の一部にへばりつくようにしてクロスが立っているのが見えた。
「ここは? イオスは?」
クロスは何らかの作業を中止すると、声のする方に振り向いた。
「やあ目が覚めたかい。ああ、起きなくてもいいよ。もっとももう立ち上がる力もないかもしれないけど」
クロスが何を言っているのか理解できぬまま、エルデは上体を起こそうとした。そしてクロスが何を言っているのかを理解した。
力がうまく入らないのだ。つまり、上体を起こす事ができなかった。
それが拘束系のルーンによるものではないことは明白であった。基本的に体はどこも動かせるのだ。ただ、力が入らない。
「そう、なんか」
エルデは静かにそう言った。それが不思議な現象だとは思っていなかったからだ。つまり、自分の状況を理解していたのだ。
「そう、か」
独り言のようにつぶやくと右腕で両の目を覆った。一見すると光を遮ってまぶしさから逃れるような仕草に見える。
だが、腕の影から見える一条の輝きがその行動の意味を語っていた。
「なあ」
エルデは何も言わぬクロスに問いかけた。
「いくつかわからへんことがあるねん」
「だろうね」
すぐ側でクロスの声が聞こえた。
「ウチの瞳は、なんで黒いんや?」
やや間があったが、イオスはいつもと変わらぬ調子で答えた。
「僕にはわからないよ。ただ、僕が初めて君を見た時には瞳髪黒色だった。つまり君は『最初から』瞳髪黒色として生まれたんだろう」
「そっか」
エルデの横顔を伝う涙の筋が太くなった。
「母ちゃんのダンナは……気付いてたんやろか」
「さて、それもわからないよ。今となっては本人にはもう聞けないからね」
「そっか。そやな」
腕で顔を覆ったまま、エルデは頷いた。
「エイルは……あの、念のために言っとくとウチの人の方のエイルやけど」
「あの男がどうかしたかい?」
「正確に言うとあの人やのうて……」
「わかっている。本来の炎のエレメンタルの事だね」
エルデは頷いた。
「【深紅の綺羅】いや、クレハ・アリスパレスの息子なんか?」
「そんな事、今さら知ってどうするんだい?」
クロスは質問に答えずそう問いかけてきたが、エルデにとってそれは答えと同義であった。
「そやな」
エルデはそう言って自嘲気味に微笑んだ。
「あの人が、ファランドールでひとりぽっちやのうて、良かった……」
ひょっとしたらエイルはそのことに気付いているかもしれない。
もっとも事実を知る者などほとんどいないのだから本人が確認する術はもはやないと言っていい。クレハは既にいない。だが母親に会うことは叶わないものの、ある意味で母親の弔いの場には立ち会えている。エルデとともにその場に居たのだから。
「父親は……同一人物やな?」
誰と同一人物なのかをエルデは敢えて尋ねなかった。もう確信していたからだ。
「そして父親はフォウの人間……」
エルデのその言葉を質問と捉えなかったのか、質問形式であっても答えるつもりはなかったのか、クロスは無言だった。
「何がどうなってるのか、ウチにはほとんどわかってないんやろな。でも、クレハがマーリンの事を知ってたのは間違いない」
「どうしてそう思った?」
それも「答え」のようなものであった。
「さっきのイオスを見てそう思ってん。あいつはあの部屋を見てもピクリとも驚いた顔を見せへんかった。いくら面の皮が厚うても、あんなキテレツなもんを初めて見て眉一つ動かへんとかあり得へん。たとえそれが亜神、たとえそれが四聖でも。いや、四聖やからこそ知っててもおかしないわけやけど」
後半は独り言であった。改めて自分の考えを検証するような、静かでゆっくりとしたしゃべり方であった。
「なあ、お父ちゃん?」
クロスは呼びかけには応えなかった。だが、エルデはお構いなしに続けた。
「これを……マーリンを使たら、実は自由にフォウへ行けるんやろ?」
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「これはいったい?」
廃墟、いや破壊されたシドンの町を前に、エイル達三人は立ち尽くしていた。
丘の上からでは見えなかったが、丘から降りた場所、つまり町外れの一区画がめちゃくちゃに壊れていた。一瞬竜巻の仕業かと思ったが、建物の残骸が広範囲にはん濫しているわけではなく、また破損の程度に差がありすぎた。そもそも家屋や設備の一部が移動しているわけではなく「そのあたり」にまとまっている。つまり竜巻が原因ではなさそうであった。
まるで……。
「まるで巨大な動物が暴れ回ったような壊れ方だな」
あたりを見渡して、ニームがそう感想を口にした。
目撃者に直接聞けばいいのだろうが、見た限り視界に動くものは何もなかった。
「巨大な動物か」
エイルはニームの感想を口にしながら、言い得て妙だと思いつつ、ふとある事に思い至った。同時に背筋に冷たいものが走る。
その時背後に人の気配があった。
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