第六話 繋がれるもの 3/3

「おい、お前達!」

 怒鳴り声のする方に、三人は同時に振り返った。

「何をしている?」

 別の声がそう問いかけた。

 警備、いや一見して軍装に見えた。おそらくは兵士であろう長躯の兵士が二名、エイル達をにらみ付けていた。

 エイルはチラリとテンリーゼンを見やった。

 その意味するところを悟ったテンリーゼンは小さく首を振った。エイルはそれを見て愕然とした。

 なぜなら自分だけでなく、テンリーゼンでも気付かないうちに他者の接近を許していたからだ。あまつさえ、ニームがかけたはずの存在感を消すルーンすら有効ではなかった。これは少々どころか異常事態と言えるだろう。なぜなら兵士はこう言ったのだ。「お前達」と。つまり複数の人間が見えているという事になる。

 声を聞かれたのかとも思ったが、エイル達は風下におり、そもそも小声で話していた。かなり近づかなければ聞こえるものではない。

 だが……。


 エイルはすっと手を出してテンリーゼンに動かぬよう指示を出した。

 兵達に敵意を感じなかったからだ。

 つまり単純に危険地区に入り込んだ事を咎められているのだと判断した。もしくは迷い込んだ無知な者に、ここが危険である事を告げようとしているのかのどっちかであろう。何らかの災害や事件があったことは明らかな一角である。瓦礫や残骸は見たとおり危険であるし、警備関係の人間がそれを見回っていても不思議はない。

 そしてそのエイルの考えはすぐに肯定されることになった。


「ここいら一帯は危険地域として封鎖されている。その様子だと何も知らずに迷い込んだようだが、どちらにしろ早急にここを立ち去れ」

 その言葉でエイルは安堵したが、同時に自分の失策を悔いた。テンリーゼンは制したがもうひとつ口があることを失念していたのだ。

「我らがここを封鎖区域と知らずに入り込んだのは確かだ」

 ここまでは良かった。だが穏便にその場を立ち去りたいのであれば、次の言葉は言うべきではなかった。

 もっともそれはエイルも心の中で思っていた言葉では合ったのだ。だが声にしたのはニームであった。

「だが我々は普通に歩いてやってきた。ここまで封鎖されているという表示もなく歩哨も立っていない。これでは気付けという方が無理であろう? それなのにいきなりその高圧的な物言いをされるとは甚だ不愉快だ」


 エイルはやれやれ、と小さなため息をついた。

 それはニーム・タ=タンという少女の性格を把握できていなかった自分に対してついたため息であった。

「なんだと?」

 二人の兵は互いに顔を見合わせるとヒソヒソと話をしだした。

 間を置かずにすぐ側でニームがルーンを唱える声がした。

「用心しろ」

 一瞬でおそらく何らかの強化ルーンをかけ終えたニームがそう言って一行に注意を促した。エイルはそれに素直にうなずいて見せた。なぜなら今まで存在していなかった敵意が、二人の兵から明確に読み取れるようになったのだ。言い換えるならばニームの要らぬ一言が敵を生んでしまったといことである。

 態度の変化はさらに進んだ。兵達は手に持っていた武器を構えたのだ。一人は槍を、そしてもう一人は弓を構え、迷うことなくニームに狙いを付けた。


「お前達、何者だ?」

 兵達がいきなり攻撃を仕掛けてこなかったことを、エイルは神に感謝していた。ファランドールの神はマーリンだが、当然ながら彼が感謝したのはフォウの神であろう。

「待て! オレ達は怪しいものじゃない」

 そう言うとエイルは射線に入り、ニームを背後に置いた。かばうと同時にニームに対して手を出すなと牽制をしたつもりであった。いや、この場面にあってはニームから兵達を守ったと言ったほうが正しいだろう。

「それより教えてくれ。ここで何があったんだ?」


 エイルはなんとかニームの機先を制すことに成功したようであった。下手をする何らかの攻撃ルーンを詠唱していたにちがいない。これ以上ニームにこの場をまかせるわけにはいかなかった。いや、すでに面倒な事態しか予想出来なかった。

 相手の兵に敵意が生じたと言っても、エイルに言わせればまださほど重大なものではなかった。牽制に毛が生えたようなものだと言っていいだろう。だからこれ以上事態がややこしくなる事は避けたかった。


(ここはオレに任せてくれ)

 小声でニームにそういうと、エイルは両手を挙げて自分達には敵意がないことを兵達に示した。

 その姿を見たテンリーゼンがそれに倣った。

「オレ達はマーリン正教会の者だ。賢者とその衛士(えじ)二名。ヴェリタスの勅使故行動目的は口にできないが、もとより此度の戦争とは一切関係はない」

「賢者だと?」

 兵達は再び顔を見合わせた。


(おいっ)

 声とともに遠慮の無い蹴りがエイルのふくらはぎを襲った。言うまでもなく攻撃の主はニームだ。

(貴様、何を勝手な事を言っている)

(大丈夫だって。オレに任せろ。あと痛いから蹴るなよ)

「あー、皆まで言うな。ふざけるな、とか思ってるんだよね。つまらない言い争いをしてる時間が惜しいんで先に証拠を見せるから」

 エイルは兵達が反応する前にそう言うとニームを振り返った。

(徴、出せるんだろ?)

(当然だ。だがこんな事が賢者会に知れたら)

(大賢者のくせに賢者会が怖いのかよ?)

(む。言われてみればそれもそうだな。いや、そうではなくて軽々しく賢者の徴など)

(いやいやいやいや。そこを曲げて頼むよ。こうなったらもうついでだから賢者の威光を借りて情報収集させてもらおうぜ。そもそもなんで奴らがオレ達に気付いたのか知りたくないのか?)

(ふむ……確かにあれは面妖だな。よしわかった。ただし自分で言ったとおり、責任はお前が取るのだぞ?)

(はいはい)


「証拠だと?」

 明らかに疑いの眼差しでこちらを見る兵士二人に、エイルはニヤリと笑ってニームの前から脇に退いた。

「セ=レステ」

 ニームは腕輪を一瞬で杖に変えて見せた。

 予想はしていたが、それを見ていた二人の兵士は大きく目を見はった。いや、目だけでなくあんぐりと口も大きく開けっぴろげた。

(しまった)

 エイルは舌打ちをした。

(これを見せるだけでも良かったかもしれない)

 だがもはや止める間もなかった。ニームは額にある第三の目を開け放ち、杖にはめ込まれたスフィアを発光させた。そこには白蛇が絡んだ杖と野薔薇が絡んだ剣が交差するクレスト、すなわち正教会の紋章が浮かび上がっていた。


「こ、これは」

 はからずも二人の兵は武器を地面に置き、その場に跪いた。

「汝等、正教会の信者か?」

 ニームの問いかけに兵達の肩がびくりと震えた。

「そうか。いや、よい。気にするな」

 その態度で正教会に帰依した者でない事を知ると、ニームはそう言って口を閉ざした。

「で、ですが賢者様の事はもちろん存じております。それが伝説の存在などではないことも」

 その言葉にとエイルは(おや?)と違和感を覚えた。

「ほう」

 同じ事を考えたのだろう。ニームが興味深げな表情で兵士達を見た。

「その口ぶりだともしやお前達、余の他に賢者を知っているのか?」

 兵達は頭を地面にこすりつけるようにしてうなずいた。

「その者の名を申せ!」


 そう命じるニームの声は強さを増し、たちまちその場を支配した。エーテルの力が感情を増幅しているのは明らかで、兵達は抗うそぶりも見せず、その問いに答えた。

「イルフラン様とおっしゃる方です」

「な……」

 その名を聞いてニームは絶句した。

 それはもちろん、エイルも同様であった。

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