第七十八話 海賊アングル 4/4
「何が『皆殺しのル=キリア』や。聞いて呆れるわ、あの甘ちゃんが!」
エルデの言うとおりで、ル=キリアの噂のほとんどが事実とは違うものだったのだ。もっともその噂を流したのは当のアプリリアージェだというのだから噂を口にした者達を批難するには及ばない。
もちろんル=キリアと海賊との戦闘が全て八百長であった訳ではない。
当初は本当の闘いだったのだ。
だが「皆殺しのル=キリア」という二つ名とは違って、アプリリアージェ達は理由もなく非戦闘員を斬殺する事はしなかったのだという。
反面、戦闘員にはそれこそ容赦はなかった。そしてもちろん非戦闘員であっても武器を持って刃向かう者にも、フェアリーとしての能力をもってこれを殲滅した。
噂通り彼らの「根城」を焼き払った事があるのも事実だった。しかしアプリリアージェは残された者……多くは年寄りと女と子供だった……をファルンガ領で秘密裏に保護していたのだ。恨まれることを承知の上で。
もともとル=キリアが出動しなければならない海賊は、いわゆる「はぐれ者」であり、海賊の同盟にあって「掟」を守れない少数の勢力だった。
粛正の為に海賊同士が争うのではなく、ル=キリアがその汚れ役を一手に引き受けていたという図式である。
海賊達の同盟では、もともと行きすぎた殺人を禁じていた。基本的には無血で事を運ぶ事を定めとしていたのである。命を奪う事によって生じる怨恨は、回り回ってやがて自分達に降りかかってくる事を彼らは長い年月で学んでいた。
どうしても抵抗がひどく、かつ自らの身があぶない場合に限ってのみ、「殺し」が認められていたが、その際の状況は上に立つ者が責任をもって同盟の上層部に伝える義務があったという。
エイルの想像以上にファランドールの海賊は組織化されており、まるで法治国家のような一面を持っていた。
エルデの感想を借りれば、「ウンディーネ連邦よりよほどしっかりした国家組織」だったと言える。
アプリリアージェは、当然ながら自らの行為に対して、部下達には厳格な箝口令を敷いていた。だが一部の海賊の間ではどうしても知られる事となる事を見越して 予めアプリリアージェを特定する符丁として別名を名乗ったのだという。隠すよりも別名を出す事で本来の名を隠す効力があると言うことだ。
「それが、ニルティーアレイか」
テンリーゼンはうなずいた。
アプリリアージェやユグセルという名前が出るとマズい。しかし海賊組織にはもう入り込んでいる。差し障りのない二つ名で呼ぶにせよ、ひとまずは名前が必要であったのだ。
名付け親は海賊アングルを率いる、長老サテン・アングルであるという。
そのニルティーアレイはアングルの推薦により「長老会議」の一員に名を連ねていた。ただし、非常任として。
アプリリアージェはニルティーアレイとしてサテンと連絡をそれなりにとっていたようであるが、ほぼ伝信であったという。
それは当然であろう。ル=キリアの司令官としてあまり勝手な行動はできない立場である。
だがアプリリアージェの計画は順調に進み、広大な領地ファルンガにはそれとはわからぬように海賊達が略奪をせずとも暮らせる土地をアングルに提供し、実務は腹心に任せていた。
アプリリアージェの腹は明確で、いざという時に自分の海軍としてアングルを使いたかったのだ。サテン率いるアングルの長老達もそのアプリリアージェが口にする下心……いや、明らかにしている時点で下心ではないわけだが……を承知していたという。
「なるほどな。これでわかったわ」
一通りの質問が終わると、エルデはそう言った。
「わかったって、今さら何が?」
エイルの問いかけにエルデは首を横に振った。
「ジャミール族がファルンガに移民する時に迎えに来た船団は、ファルンガ州兵やのうて、アングルの海賊船団やな?」
テンリーゼンは素直にうなずいた。
「あの時リリアは、ファルンガとは、別に、長老サテンに、親書を送った、はず」
ある意味で自分達と同じ境遇にあったジャミール族の移動に一肌脱いで欲しいというアプリリアージェの要求に、一も二もなくアングル達はこたえたのだ。海賊達の持つ情報網を使い、移民に適当な船を短時間で用意できたのはそういう事であった。もちろん護衛戦の用意などお手の物である。
「なるほど」
エイルも説明を受けて今さらながらにうなずいた。
「でも、一つわからない事があるんだけど」
何だ? という風にテンリーゼンが顔を向ける。
「暮らすための土地を用意されているのに、海賊を続ける意味があるのか? と言うよりもリリアさんが海賊をけしかけて自分の国の船を襲わせてたって事だろ? それはちょっと変だと思うんだ」
「それは私から説明しよう」
そう言うとシュクルチラリとトルマの表情を伺った。トルマは何も言わなかったので、、シュクルはそれを承諾の合図と捉えた。
「アングルが襲っていたのは、密航船だ」
シュクルの話によると、アングルが襲っていたのは違法船で、それはシルフィード王国の海域ではウンディーネやドライアドであり、ウンディーネ領海ではシルフィード船も含まれていたという。
要するに海賊アングルは無国籍警察船のようなものなのだ。
警察船と違うのは乗組員には基本的に危害を加えないものの、積み荷や、場合によっては船自体を略奪するという点である。
アプリリアージェはたとえ多少行きすぎていようとも、アングルの私設警察行為を許容していたのである。
海賊行為を全て禁じることは彼らの存在意義に関わってくる。アプリリアージェもわかっていたのだ。漁労や農業だけをファルンガ永住の条件としていたとしたら、彼らの不満が募り、良好な関係は長く続かないであろう事を。
アングルにとっても自分達の行為が人道に反したものではなく、むしろ大義名分を得ての行為であると認識する事によりそれまでよりもいっそう強い秩序を構築することにもなっていった。
そこまでアプリリアージェは見越していたのであろう。なぜなら有事に彼らを利用しようとした際、烏合の衆であっては困るからだ。
そしてそれは、奇しくもエスカ・ペトルウシュカとアナクラの繋がりに酷似していた。
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