第五十七話 凶報 3/3
「では、次に少しいい知らせを伝えよう」
簡単な指示をラウに与えると、イオスは再びエルデに向き合った。
「あまり時間がないので簡単に言うよ。君は『龍墓』に行くべきだ」
エルデは眉を顰めた。
「龍墓?」
「そうだ」
「で?」
「何だい?」
「いや、龍墓に何があるんや?」
「行けばわかる。僕の口からは、今はそれだけしか言えないし、龍墓で君が見たものについて、立場上現世では一切答えられない」
「はあ?」
エルデのイライラがエイルには手に取るようにわかった。纏うエーテルが揺れて熱を帯びている。もちろん制御をしているのだが、敢えて苛立っていることをイオスに示しているのだ。
「それってホンマに『いい知らせ』なんやろうな?」
「少なくとも僕はそう思っている。それ以上でも以下でもないよ」
本来ならばイオスに対して罵声を浴びせたいところなのだろうが、さすがのエルデもイオスには一目置いているようで、言葉と態度を選んでいるように見えた。
ニームの件を見てもわかる。イオスは少なくともエイルとはかなり違う価値観に基づいて行動しているのは間違いない。何がイオスの逆鱗に触れるかわからないのだ。いや、逆鱗に触れたとわかればそれ相応の対処ができるのかもしれないが、全く無表情でいきなり行動を起こされると圧倒的な力の差がある為に為す術がない。
同じ亜神とは言え、エルデはハイレーンでイオスはコンサーラだ。単純なルーン勝負ではエルデは敵にもならないだろう。
もっともエルデがイオスに対してやや腰が引けた態度をとっているのはそれだけではない。エイルの存在がそこにはある。イオスの屋敷で、あの時二人の亜神の間で実際問題としてどのような会話が為されたのかは知るよしもないが、エルデが何らかの交換条件を提示した事は容易に想像が出来る。つまり自分の立場が弱い事をエルデは知っていて、思った事を全てぶつけるわけにはいかないと考えている可能性が高かった。
「了解した。で、どの龍墓や?」
少しのにらみ合いの後でエルデがため息交じりにたずねた。いや、にらみ合いではない。エルデが一方的にイオスを睨んでいただけで、イオスは終始完全な無表情を貫いていた。
「これは助言だけど、君は他の龍墓には踏み入れない方がいい」
「風の龍墓か。わかった」
二人は当たり前のようにやりとりをしたが、エイルには聞き慣れない言葉だった。
「龍墓は複数存在するのか?」
思わずそう声に出すと、エルデがちらりと視線を寄越した。エイルは小さくうなずくと口をつぐんだ。口を挟むべき段階ではないのはエイルとて承知していた。思わず口を突いただけなのだ。
風の龍墓という言葉がエルデの口から出たことで龍墓は四つ存在することが予測できた。エレメンタルの監視者、中でもエルデは風精すなわち風のエレメンタルの監視者である。龍墓も担当制だとすれば、風の名がついたものが担当であるのは自然な事であると思えた。
「一人ではなく炎精と一緒に行くといい」
イオスはそう付け加えると、用は終わったとばかりに踵を返した。さすがにエルデは反応した。
「ちょっと待ちいな!」
もちろんイオスに呼びかけたものだ。イオスも自分に向けての言葉だと認識したのだろう。即座に立ち止まった。だが振り返らない。待てと言ったから待った。そんな態度であった。
「なんで一人やったらアカンのや?」
エルデの問いかけに、イオスは素直に答えた。
「一人で行こうが二人で行こうが、それは君の自由だ。ただ僕は親切心から助言をしただけだよ」
「いや、そやからその助言の意味を聞いてるんやけど?」
「そうだね。じゃあ二つある理由を特別に両方とも教えよう」
イオスはあくまでも振り返らずに続けた。
「一つは君が炎精の監視役を引き受けたという役目の問題がある」
その言葉にはエルデもハッとしたようだったが、次の言葉には絶句した。
「もう一つは、もし君一人で行った場合、君たちは二度と会えなくなる可能性がある」
二つ目の理由を告げたイオスは、そのまま動かなかった。エルデの言葉を待っていたのだろう。それはイオスがさらなる問答を想定している事を意味していると言っていいだろう。だが当のエルデは何も言葉を発しなかった。
エルデが何も質問を投げて来ないのに焦れたわけではないのだろうが、イオスはゆっくりと振り返ると先に声をかけた。
「僕が君の状態を知らないとでも思っているのかい?」
おそらくエルデが知りたい事はイオスのその言葉に全て詰まっていたのだろう。エルデは真一文字に唇を結んだあと、珍しく目を伏せた。
「忠告……おおきに」
それは彼にとって満足のいく回答だったのだろう。イオスは少しだけ目を細め、すぐに再び踵を返して出て行った。
誰も何も言わず、小さな少年姿の亜神の背中が見えなくなるまで誰も動かなかった。そして三聖の気配が完全に消えると全員の視線がエルデに集中した。
しかしエルデはその視線を受け止める事なく目を伏せたままで首を横に振った。
「気持ちはわかるけど、ウチは質問に対する答えを持ってへんから」
エルデとてイオスの意図は皆目わからなかった。
わかっているのは「少しいい話」が「龍墓」にあるという事だけだ。
そして龍墓にはエイルと一緒に行かなければならないという事。
「エルデ……」
エイルは龍墓にあるという「少しいい話」よりも、イオスがエルデに対して投げかけた謎めいた話の方が気になっていた。
だが、エルデはエイルに首を振ると、ラウに向かって言った。
「やりかけた仕事を、とりあえず終いまでやっとこか」
それがカノナールへの裁定の事だと理解するのにラウは数秒を要した。無理もない話かもしれなかった。その場に居る全員がエルミナの消滅という衝撃的な情報をもてあましている最中なのだ。カノナールの件など、その意識から吹き飛んでいてもおかしくはない。
とは言えラウは自分が始めた「仕事」に責任を持つ義務があった。
その場の全員の視線が今度はラウに集中した。
ラウはカノナールをじっと見つめるといったん目を伏せた。
イオスが裁定に対して何も言わなかったのは自らは判断を下す意思のないことを示していた。立ち聞きとは言いにくいが、カノナールの話を聞いていないはずはないとラウは思っていたのだ。
裁定には関与しない。しかしイオスはラウが裁定を下す前にわざわざそれを中断した。
急いでいるという事がその理由だったが、果たしてそうかとラウは自問した。
以前のイオスであればラウの裁定を尊重する事などなく言下に死罪を申し渡したであろう。だがイオスはクナドルの件については全く触れなかった。
イオスは変わったのか?
いや、変わったのは確かであろう。
ではニーム・タ=タンの件はどうなる?
亜神に対する冒涜という大義名分を振りかざすにしてもあまりに無慈悲な裁定ではないか?
ラウはその温度差に消化する糸口さえ掴めぬ違和感を覚えつつも、イオスが「人間くさく」なっている事を認める方向で自らの意識を整える事にした。
つまりそれは無言の助言をイオスからもらったのだと判断することであった。
ニームの件はラウが知らない何かが背景にあっての断罪だったのだ。
意を決したように顔を上げたラウは、はっきりとした声でカノナールに告げた。
「マーリン正教会の賢者、【二藍の旋律】の名に於いてカノナール・ノイエに裁定を下す」
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