第四十二話 告げ口 2/4

「なるほど」

 ファルケンハインはラウの答えで納得したようだった。

 だが、エイルはそれだけでは納得がいかなかった。

「その『告げ口』という役目の人間は、賢者ではないけど賢者の存在は知っているんだよな?」

 ラウはエイルの質問の意図を計りかねたのか、エイルの表情をうかがうようにじっと見つめた。

「だって、賢者である事を隠す必要がないって事は、単純に考えるとラウやファーンが賢者だって事を向こうは知っているっていう話だろ?」

 ラウは少し間を置いて、言葉を選ぶように答えた。

「そうだが?」

「だよな。じゃあ、その『告げ口』っていう役は教会の内部じゃなくて賢者全員に関係する仕事なんじゃないのか?」

 エイルの言葉にラウは目を細めるとエルデに視線を移した。

「わかった。ここからはウチが説明するわ」

 小さなため息の後で、エルデは話し出した。


 正教会、いや賢者会に於ける「告げ口」の立場は、ラウが説明したように情報収集役であることは間違いが無い。

 だがそれは通常組織の内部事情を調査する役目ではなく、賢者会の人間、つまり賢者を調査する役目であった。

 しかも賢者会ではなく三聖直轄の役目で、三聖直属の部下以外は、賢者会の構成員であっても、告げ口の名前は愚か、存在は隠蔽されているのだという。

「違反者、もしくは脱退者の探索要員というところか」

 ファルケンハインの言葉は的を射ていた。

 エルデは頷く。

「法を犯した賢者を処する事ができるのは三聖のみ。そうは言うても本気で世間から隠れようとした賢者を見つけるのは三聖いうても簡単な話やない。そもそも三聖がそんな些事にいつまでもかかずらうとか、合理的でも現実的でもないやろ? だから『告げ口』は重要な役目や。」

 エルデの説明はこうだ。

 地域の事情に明るく、常に最新情報が入ってくる教会の人間が、常に自分の「持ち場」を吟味していれば、毛色の違う人間が入り込めばその違和感を把握しやすい。すなわち地域地域で核となる拠点教会を選定し、通常の役目の傍らに「監視」を続ける人物を送り込んでおけば、事があった時に「逃亡者」を見つけやすい。

 常識的に考えると、それは気の遠くなるような役目に違いない。賢者会から「逃亡者」が出る事がそうそうあろうとも思えない。おそらくほとんどの「告げ口」はその任務期間に一度も「該当者」を認定することなどないのだろう。

 だが、それが正教会のやり方なのだ。

 しかも「告げ口」はそれが本業というわけではなく、副業のようなものであろう。本来の業務があるのだから絶望的な気分に陥るのではないかと考えるのは杞憂以外のなにものでもない。

 本質的にはただの教会の一員なのである。

 とはいえ圧倒的に他の通常組織の人間と違う点がある。

 それが「告げ口」の「告げ口」たるところなのだが。

「そういう特殊な役目やから、奴らは賢者会全員の顔と名前を細かく把握してる。そら、素顔で会うたら一発で特定されるやろな」

 つまり三聖蒼穹の台直属のラウ達がピクサリア正教会に「告げ口」が存在している事を把握している以上に、当の「告げ口」はラウ達の事を一目で特定したということになる。

「まあ、低位ではあるが奴らは基本的にコンサーラだからな。それぞれのやり方で自分の心を読まれぬようなルーンを常に纏ってる。そもそも三聖と大賢者を除けば、賢者会の人間は「告げ口」が誰かなど知るよしもない。いや、そもそも本当にそんな役目が存在するのかどうかすら知らぬ人間の方が多いだろうな」

 エルデの説明の後に、ラウが補足した。

 それを聞いてエイルが疑問を投げた。

「でも、いくらコンサーラだっていっても、賢者みたいな高位のルーナーが自白させるルーンを使えばどうしようもないんじゃないのか?」

「実質的に現在告げ口を管理しているのは《蒼穹の台》のみ。つまり「告げ口」の詳細を知っているのは守護の一族、大賢者菊塵の壕(きくじんのほり)と我ら二人のみ。さらに告げ口にはコンサーラの頂点蒼穹の台が自ら『何か』を施している。それはつまりエイルが今言った事に対する防御策だと聞いている」

「何か?」

 エイルのその言葉は、今度はエルデに向けられていた。

 だがエルデは首を横に振った。

「悪いけどそこまでは本当に知らん。イオスがどんな能力を持っているかとか、ウチにはわかりようがないしな。ただ……」

「ただ?」

「今上の《蒼穹の台》は、ルーナーとしての能力が歴代でも飛び抜けて高いらしい」

「らしいって?」

「ティーフェの王イオス・オシュティーフェを長く知ってる人物がそう言うてた」

 エルデの答えにエイルはすぐにある人物の顔が浮かんだ。

「お前の師匠……シグ・ザルカバードか?」

「でも、イオスの前とか、その前とか、そのさらに前とかの《蒼穹の台》の事はシグ・ザルカバードにしても言い伝えみたいなものだろ? だったら」

「いや」

 エイルの言葉をエルデは途中でさえぎった。

「シグは歴代のティーフェの王をその目で見てきたわけやから、たぶん確かやろな」

「その目で見てきた?」

 エルデのその一言はエイルだけでなくラウ達をも驚かせた。

 重要な秘密がシグにはあり、エルデはそれを知っている。しかし思わず口を滑らせたわけではなさそうだった。

「情報共有や。その辺の話は今夜にでもゆっくりしよ。特にラウには《真赭の頤(まそほのおとがい)》がらみで今のうちに伝えときたい事もある」

「私に?」

 エルデはうなずくと、この話はここまでとばかり強引に話題を転じた。

「で、ピクサリアの告げ口は、ウチらの便宜を図れるくらい教会での地位が高いっちゅうこと?」

 ラウはエルデの意を汲んで、突然でた謎については何も言わないことにした。

「名はアレン・グスタード。ピクサリアの町との折衝窓口になっています。今回の祭りも彼がまとめ役だと聞き及んでいます」

「渉外担当ってところか」

 エイルは納得していた。正教会での地位がどうこうというよりも、大きな催事の責任者を任されるということは当然ながらある程度の決定権を持たされていると考えられる。ならば内部にも、そして外にも多少の無理はきくのは道理であろう。

「ヴォールの正教会みたいに、特別区画があるっていう事か」

「そう聞いている」

 エイルの質問にラウはそう答えた。

 

 その時、それまで沈黙を守っていたアプリリアージェが全員になんとか聞こえる程度の低く小さな声で注意を喚起した。見れば左の耳につけている金色のオーヴに手をやっていた。

「つけられています」

 一行がそれに反応する前に、続けて指示が飛んだ。

「振り返らないで。そのまま」

 まさに振り返ろうとしていたエイルはかろうじて止まった。機転が利くファーンは即座にティアナの注意を自分に向けるべく小声で話しかけた。

「存在感を消すルーンをかけたんじゃ?」

 エイルは小声でエルデにそうたずねたが、エルデは首を横に振った。

「アンタも見てたやろ?」

 移動陣を出た時に、エルデはいくつかの強化ルーンをかけていた。コンサーラであるラウでなく敢えてエルデがかけた理由は勿論圧倒的な詠唱の短さ故である。全てではないが一部の強化ルーンはラウの方が強力だろうとエルデ自身が言っていたから、三席といえど賢者であれば専門家であるラウの方が強いルーンが使えるということになる。

 もっともエルデはラウの力を評して「実質的には次席の力がある」と言っていたから、相当に高位であることは間違いない。

 だが、エルデとラウには越えられない壁がある。それが詠唱時間だ。

 一度唱えた事があるルーンであれば、たとえそれが長時間の詠唱を必要とする古代ルーンであろうと認証文だけで発動させてしまう亜神の持つ特殊性の前には、多少の能力の差など問題ではなくなるからだ。

 だが、言い換えるならば同じ亜神のイオスがどれほどの力を持つコンサーラなのか、という話にもなる。

 エイルはそんな事を考えながら、今さらながらにエルデが初めてイオスと対面した際に絶対に戦おうとはしなかった事の意味を噛みしめていた。

 アプリリアージェの忠告にもかかわらず、エイルは誰かにつけられている事に対する危機感はさほどなかった。だからこそそんな事に思いを巡らせていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る