第八十話 黒猫の飼い主 5/5

「もしかしてお前さん、観察者に自分で作った例の呪具を渡してるのか? ニーム・タ=タンの時のように?」

「うん。せっかくの作品だから、あんなかび臭いところに寝かしとくのはもったいないじゃないか。それに渡してるのは観察者だけじゃないよ。本の持ち主にもそれぞれ一つずつ呪具を渡してある。しかもみんなとびきりの出来の良いものばかりだよ」

「なるほどね。興味本位で聞くけど、ミリアには何を渡したんだ?」

「『君に熱視線』」

「は? いや、呪具の名前じゃない。どんな外見の道具かを聞いてるんだよ」

「『君に熱視線』 は眼鏡だよ」

「なるほど……ミリアがかけている眼鏡は呪具なのか」

「あれは実に強力な武器だよ。僕が作った呪具の中では一、二を争う恐ろしい力があるんだ。『蛇の目』や『花盗人』、それに『星を呑む獅子』など、他の子達に渡したものとは比べものにならないくらいにね」

「確かに比べものにならないほどひどい名前だな」

「相変わらず君には美的感覚が希薄だね。すばらしい名前じゃないか」

「いや……まあ、いいさ。お前さんと議論すると後悔しか残らないからやめておこう。それで、その『君に熱視線』とやらはどんな機能が付いているんだ? 私には『星を呑む獅子』が最高に『イカシてる』呪具だと思うんだけどね。お前さんが作った唯一まともな呪具と言ってもいいくらいだ。その場の精霊波、エーテルを吸い込んでルーナーの能力を増幅するなんて反則きわまりない。力の弱いルーナーに預けるならともかく、ドライアドのバード長に渡すなんて、えこひいきや肩入れととられても仕方ないんじゃないのか? いつも思ってるけど、それこそイオスに知れたらまずいことになるんじゃないの?」

「え? イオスは知っているよ。でも彼は僕の呪具をおもちゃとしか捉えてないからね。大丈夫だ。だいたい『星を呑む獅子』に対する君の認識は間違ってるよ、セッカ」

「と言うと?」

「『アレ』はそれほど都合のいいものじゃない。発動条件が限られているからね。たとえば夜しか発動しないし、並び朔月には発動しない。そもそもあれは全ての属性の精霊波を増幅させる事なんかできないんだよ」

「ふーん。相変わらず不完全な出来映えだな。で、『星を呑む獅子』の持ち主の監視者であるアプサラス三世には何を渡したんだ?」

「ああ、彼はどこまでも誇り高きアルヴ族だったね。ああ言うのが居るから……」

「ん?」

「いや。まあ唯一、彼だけは呪具を受け取らなかったよ。まるで僕の思惑を見透かしたかのようにね。あれは少し悔しい気分になったね」

「クロス……お前さん、渡した呪具に何か仕掛けてるんだな?」

「当たり前の事を聞くものじゃないよ、セッカ。だってそうだろう? 仕掛けがないと面白くないじゃないか。僕は慈善事業家ではないんだよ」

「いや、お前さんは仮にも正教会の関係者だろうが?」

「マーリン正教会? 馬鹿を言っちゃいかんよ。宗教など人心を束ねる為の方便じゃないか。僕は方便などどうでもいいんだ」

「はいはい。まあ、わかっちゃいるけどさ」

「要するに退屈を紛らせるための道化達には道化に徹してもらわないといけないわけだからね。僕の意に沿わぬ行動をとってもらっては困る、という事さ」

「お前さん、やっぱり最悪だな。正確に範囲を限定するなら、ファランドール中の膝に黒猫を乗せていない人間と乗せている人間の中で最もひどい性格だ」

「おいおい、それは範囲を限定しているとは言わないぞ」

「限定してないんだよ! 気付けよ」

「まあ、それはともかくミリアに渡した『君に熱視線』はとっても危ない武器になるんだよ。ただ、それを使いこなせるかどうかは彼次第だよ。そう言えば『裏機能』についてはセッカ、君が身をもって体験しているはずだよ」

「裏機能? ああ、おまけで付けている機能ってやつか。私が体験している?」

「君は以前、ミリアは一目見て君のことを特定したって言っていたじゃないか」

「ああ、そう言えば。それがおまけ能力か?」

「あの眼鏡は、その人間が纏っているエーテルの色や強さがわかるようになっているのさ。そりゃ、君のように特殊で強いエーテルをまき散らしてたら嫌でも目立つことになるだろうね」

「だから、そういう情報をなんであらかじめ私にくれないんだよ。それじゃあ、シルフィードのエッダ王宮でアイツが私を特定するなんて造作もないじゃないか。かなり気配を消していたつもりでいたのにやられた訳がやっとわかったよ」

「まあいいじゃないか。僕がこうして生きている限り君は死なないんだし」

「そう言う問題じゃないんだよ」

「そうかもしれないけど、今度の相手もミリアと同じだよ」

「未知の亜神、か?」

「亜神は人間と違うんだ。エーテルの色や強弱は普通に見えるからね。真っ白なエーテルを垂れ流している黒猫なんか、一キロメートル先からでも特定されてしまうだろうね」

「じゃあ、どうやって近づけばいいんだよ?」

「既に僕は君にその為の情報を与えたじゃないか」

「え?」

「僕の話を面倒な奴の戯れ言だと思っているから、重要な事柄であっても気付かないんだよ。君はその僕に対する誤解を全面的に改める事から始める必要があるのではないかな? どちらにしろ急いで欲しい。その亜神が万が一にもイオスと結託するような事があると、僕としてはちょっとやっかいな状態になる」

「急げって……あ、そうか」

「思い出したか? やり方はいつもの通り君に任せる」

「私の能力が強くなっている、という部分だよな?」

「僕が知っている最後の《月白の森羅》はそれは見事な変装家だったよ」

「本物は夜だけだったんだろう? そもそもこの姿がそもそも作り物じゃないか。変装も何もあったもんじゃない」

「それよりも何よりも何度も言うが相手は人間じゃない。後は君が考えればいい。僕からはそれだけだ」

「相変わらずだな。まあいい。それじゃあさっそくヴォールへ向かうとするか」

 セッカはまたもや伸びをすると、クロスの膝から降りようとした。だがそんなセッカをクロスは後ろから両手で持ち上げた。

「何だよ? 下ろしてくれ」

「いやいや、そんなに急がなくてもいいじゃないか」

「急げって言ったのはお前さんだぞ?」

「新種の陸封鮭を燻製にしてあるんだ。この間迷い込んできた解呪の客がいいワインをたくさん持ってきてくれたからね。それを肴に今夜は久しぶりに一杯やろうじゃないか」

「それは願ってもない話だが……私のワイン皿はちゃんと洗ってあるんだろうな?」

「大丈夫さ。ちゃんと熱湯消毒して、秘密の保存ルーンをかけてあるよ」

「保存ルーンって何だ? と言うか秘密のってのが引っかかる」

「秘密のルーンだから、秘密に決まっているじゃないか。いいかい、秘密というのはね……」

「秘密の定義はもういい!」

 クロスはセッカの抗議を無視すると、意味ありげな含み笑いを浮かべ、椅子代わりにしていた岩から降りた。

「さて、そうと決まったら我が家へ戻ろうか。今夜は楽しい事になりそうだ。わっはっは」

「いや待て、クロス。やっぱりその保存ルーンってのが気になる。それから、私を下ろせ」

「何を言ってるんだ。さっきまで君は死体だったんだ。体もなまっているに決まっている。主人としてはいたわってあげないとね。あっはっは」

「あっはっは、じゃない。お前さんが声を出して笑うとろくなことが無いんだ。早く下ろせ!」

「あっはっは」

「だから、その凶悪な笑いはやめろ!」

 クロスは上機嫌な笑い声をたてながら湖を背にすると、セッカを抱き上げたままゆっくりと森の奥へと消えていった。

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