第八十話 黒猫の飼い主 4/5

「今はまだその子がクレハと同じ場所にいたという事実しかわからないよ。でも、関係が無いわけがないだろうね。ついでに言うと例の亜神の生き残りともね」

「なるほど。会うのが楽しみだ」

「一瞬で灰にされる可能性が高いよ。イオスより恐ろしい亜神の可能性も否定できない」

「今の助言は素直に肝に銘じておくよ。それで、本の話に戻るけど、持ち主が死んだら本はどうなるんだ?」

「僕が取り上げる前に持ち主が死んだら、本も灰になるよ。そういう風に仕掛けてあるんだ。だから持ち主が不慮の死を遂げても、本人以外の目に触れることはないんだよ」

「教えてくれないか?」

「本の持ち主かい?」

「私はクロス・アイリスに作られた人造生命体で、こうやって自分の意思はあるものの、なんだかんだいってもお前さんの意思に従う僕(しもべ)だ。お前さんが命じることなら私は何でもやってやるよ。でも私にも、もう少し世界を俯瞰する楽しみをくれてもいいんじゃないか? 知っているという事はやっぱり楽しいことだからな」

「ふむ。まあ、君は謙遜して僕(しもべ)という言葉を使ったけど、僕からすれば無聊を慰めてくれる大切な友人だからね。僕のじゃまをしないという約束で教えてもいいだろう。もちろん他言は無用だが」

「わかっているとも」

「棄権した子の一人は、さっきちょっと言った子だよ。ハイデルーヴェンのキセン・プロットという名前の、今では何やら偉そうな肩書きを持ったデュナンだよ」

「ああ、その名前なら知ってる。ハイデルーヴェンの統括教授長だな。確かに知識欲の権化のような人間なら、少なくとも本に書かれていることが事実かどうかを確認しようとするだろうな。そして一つでも事実だという裏がとれれば……」

「まあ、そうだね。でも、それよりも何よりも、このキセン・プロットという子は、フォウからやってきた異世界人だと言う事が重要なんだよ」

「なんだって?」

「驚くことはないさ。セッカ、君だって知っているはずだろう? フォウとファランドールは繋がっているんだ。不確かで不安定だけどね。何らかの原因、それはおそらくマーリンの気まぐれと言った類の現象だろうけど、こちら側へ迷い込む人間もいるんだよ。彼女はただ迷い込んだだけでなく、君の言うとおり知識欲の権化、本物の学者だったんだ」

「なるほど。何となくわかってきたよ。本にマーリンや始祖、亜神について書かれているとするなら、プロット教授長がクレハと関係があってもおかしくはないというわけか」

「二人目はシルフィードの政治の中枢に居る人間だよ。だから当然君も知っている名前だ」

「まさか……近衛軍大元帥……バード長のサミュエル・ミドオーバか?」

「ご明察だ。さすがは《月白の新羅(げっぱくのしんら)》だね。かつて天色と競っていただけはあるね」

「いつの時代の話だよ。今の《月白の森羅》はセッカ・リ=ルッカという名前で、十二色でもなんでもないんだ。そもそも大した力も使えない黒猫だぞ」

「僕の力を押さえる結界が無くなったんだよ。君の力も少しは復活しているはずさ」

「ふむ。しかしサミュエルは君の旧知じゃないか。しかも子供の頃から目をかけてやってたという話じゃなかったか?」

「だからこそ、さ。彼は人間としては相当な存在だ。賢者連中と違って亜神の目を借りずにあそこまでルーンを極めるのは希少な能力だよ」

「賢者に推挙せず、あえて人間のままでいさせたという事かい?」

「そもそもこのお遊びを思いついたのは彼がいたからだよ。人間は一体どこまでやれるのかを見たかったのかもしれないね」

「人間に絶望したんじゃなかったのかい?」

「今も絶望しているさ。でも合わせ月までは可能性を与えてみようと思ったんだよ」

「なるほど。ただ突き放してみるだけではなくて積極的に行動を起こさせるための本っていう事か」

「まあ、君がどう考えようとかまわないけどね。ともかくサミュエルは僕が予想していた以上に大胆な、いや過激と言ってもいい行動をとっているようで、これからが楽しみだよ。何しろ『観察者』を特定して抹殺してみせるんだからね。彼はある意味で徹底しているよ」

「『観察者』 ?」

「ああ、説明がまだだったね。ちょっとしたいたずら心でね、本の持ち主の関係者の中から一人を選んで『僕はこれこれこういう本を○○に渡した』『でも、その事を本人に言っては駄目だ』『その上で君は自分で正しいと思う事をしろ』って言ったのさ。ついでに本の持ち主にはそう言う役どころの人間がいるという事も話してある。もっとも誰が『観察者』なのかは教えなかったけど。つまり『観察者』は両方を特定できているけど、本の持ち主には誰が観察者かはわからないという仕組みだよ」

「おいおい……それって本の持ち主を」

「その気になれば殺せるね。行き過ぎた事をしていると『観察者』が判断すれば最悪そうやって止められる。言い換えるなら、僕はそんな立場にいる人間を選んだわけだよ」

「クロス、お前さんは本当に性格がひどいな」

「何を言う。僕は中立だよ」

「さっき、サミュエルは『観察者』を見つけ出して抹殺したって言ったよな?」

「言ったよ」

「まさかとは思うけど、サミュエルの『観察者』って言うのは」

「君の想像通りだと思うよ」

「シルフィードの前の国王『アプサラス三世』が『観察者』か? やはり噂通り殺されたのか……」

「目的の為には手段を選ばない。たとえそれが心から慕っている国王であろうとも。いや、まさにあの子は不世出の人物だよ。それに比べるとドライアドのあの子がやっていることはきわめて周到だけど相当に回りくどい。ただ、そうは言っても立ち回りに関する機転が今のところは功を奏しているようだけどね」

「ドライアドの子? それが三番目の持ち主だな。誰なんだ? まさかエスカ・ペトルウシュカか?」

「惜しい。けれど違うよ。三番目の本の持ち主は君の大嫌いな『あいつ』こと、ミリア・ペトルウシュカ公爵だ」

「なんだってええ?」

「驚いたかい?」

「驚いたというか、腹が立った。思いっきり腹が立つ。そう言う事は最初に言ってくれ。頼むよ。お願いだよ。この通りだよ」

「いやあ、タ=タンの子がらみの件にミリアがそれほど関わるとはさすがの僕も想像していなかったからね。結果としてタ=タンの子には悪い事をしたけどね。我々に振り回されたあげく、ミリアに目を付けられてしまったわけだけどね。もっとも今となっては用済みだから、我々はミリアのおかげで手間が省けたわけだけどね。それにしても、実に面白いよ、エスタリアのバカ殿君は」

「私はアイツに殺されたんだぜ? 少なくともただのバカ殿じゃなくて、要注意人物だ、って事くらい言ってくれてもいいだろ? それならこっちだってもう少し警戒してたさ」

「ふむ。予備知識があれば回避できたという事かい?」

「いや、危険人物だという予備知識があってもあれは無理かも。と言うか、そもそもミリアを選んだ理由は何だ?」

「力さ。僕は力を持っている人間に本を与えたんだからね。持っている力をどう使うのかが見たかったんだよ。それぞれ、その力を使えば世界を動かせる可能性がある子供達だ」

「だから、ミリアの力って……」

「あの子は地のフェアリーだよ。それも千年に一度現れる特殊なフェアリーなんだ」

「え?」

「そうだよ。彼は地精、大地のエレメンタルだよ。そもそも地精の監視者である僕が大地のエレメンタルを認識下に置かないはずがないじゃないか?」

「正教会も新教会も必死に探している最後の四精が、あのバカ殿?」

「ただのバカじゃない事は君自身が一番よく知っているんじゃないのかい?」

「それで、ミリアの観察者は?」

「ああ。幼なじみの、名前は何と言ったかな。髪の色が赤と金に分かれている特徴的な外見の女の子でね」

「スノウ・キリエンカか。いつも木の槍を背負ってぼうっとしている変な女だ」

「そう、それだ。その木の槍は僕があげたものだけどね」

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