第七十話 ルルデの秘密 3/4
「四つ」
「まだあるのかよ」
「さっきと一緒や。何度でも言う。それにこれは一番大事な事や」
「なんだよ?」
「それでも……それでもウチはアンタのその気持ちだけは、ホンマに嬉しいと思てる……」
まさにそれはさっきのやりとりと全く同じ展開だった。
違うのは、さらにもう一つエルデが付け加えた事だった。
「五つ。アンタのその気持ちは否定せえへん。アホな考えやけど、その行き着く先自体は、たぶん多くの人間が望んでる未来でもあると、ウチも思う。いや、思いたい」
「エルデ……」
「せやから、どっちにしろリリア姉さんらには合流はせなあかん」
そう言うとエルデは床に落ちていた自分のマントを見つけ、そっと拾い上げた。
はらりとそれを纏う。薄茶色の軽いラシフのマントは、赤黒い血で染まったエルデの服をすっぽりと覆い隠した。
「そうだな」
「で、その前に今やる事はやる」
エイルはそれには答えなかった。
エルデの決心は誰にも変えられないだろう。長いつきあいである。エイルはもうそれを受け入れる事にした。
ならばエイルもやる事は一つだった。今は戦おうとしているエルデを全力で守りきる事だけである。
今が未来に繋がるのだ。その未来を引き寄せるためにもエルネスティーネ達と合流しなければならない。その前に障害があるなら排除するだけである。
やる事を済ませて、出来るだけ早くティアナの事を知らせなければならない。
だが、そこまで考えたところでエイルは愕然とした。
(誰に何をどう説明したらいいんだ?)
「先の事は後で考えたらええ」
エイルの心の中を読んだようにエルデが声をかけた。
「今から、ウチと一緒に戦ってくれるんやろ?」
「ああ」
エイルは頭に浮かんだ悩ましい問題を振り払った。先送りではあるが、これは積極的な先送りだと自分に言い聞かせて。
「あ」
キセンに教えられたあの忌まわしい扉の前でエルデは立ち止まると、何かを思い出したようにそう声を出した。
「何だ?」
「肝心な事を言うのを忘れとった」
「だから何だよ?」
「うーん。今言うべきかどうか……」
「いや、そういう思わせぶりな事を言われて聞かずにいられるか!」
「そやかてアンタ、この話聞いたら、また悩みの種が増えるで。ハゲるで?」
「いやいやいやいや。そんなすぐにはハゲないから」
「ハゲるってところは否定せえへんのやな?」
「いや、だからそう言う話じゃなくてだな」
「今までの流れでアンタは気付かへんのか?」
毎度毎度の事ではあるが、軽口の流れの中でエルデがぽつりと告げる重い言葉に、エイルは虚を突かれた。
「え?」
「《深紅の綺羅》クレハ・アリスパレスは、ルルデ・フィリスティアードの母親かもしれへん……ちゅうことに、や」
「……なんだって?」
「もちろん確信はない。単なる可能性の問題や。本当のとこはウチにもわからへん。最後の方はクレハと一緒に行動してた節があるエロハゲ師匠に聞いたらわかるかも知れへんけど、どうする?」
「シグ・ザルカバードはクレハと仲がいい、というか、親交があるってことか?」
「アンタはホンマにボンクラやな。ジャミールでの話、聞いてへんかったんか?」
「え?」
エルデに言われて思い出した。
確かに
戦いの方法と剣技を学べる人物の元へ、という強い要請があったとは言え、我が子を守る為の場所としてふさわしいとは思えない。
だが、エイルのその考えはエルデの賛同を得られなかった。
「ルルデが炎のエレメンタルやとわかってたら、それも『あり』やとウチは思う。そもそもクレハは亜神や。人間の母親が子供に注ぐ普通の慈しみと全く同質の価値観で子育てをするかどうかは疑問やろ?」
エルデの言う事はもっともではあった。何より亜神が亜神について語るのだ。人間が想像するよりも本質に迫る意見である可能性は高い。
「まあでも、当初ジャミールに隠したのはあらゆる外敵から守る為やろうな。でもそれがうまくいかへんとなると、今度は守るよりも積極的に『発現』へ仕向けたっちゅう事やと思う」
エルデが時々使う言葉、エレメンタルの「発現」 とは、本来持っている力の最初の起動の事を指している。過去の言い伝えによれば「発現」 には決まった発動条件などはなく、多くは感情の高ぶりが頂点に達した時や、大きな危険に遭遇したり窮地に陥った時に本人の意思とは関係なく思ってもみないような、つまりは制御不能の力が生まれる事だという。
エイルの見た夢が、ルルデの体に刻まれた記憶なのだとしたら、ルルデは発現と同時に命を失った事になる。
発現後は強大な力を得る事にはなるのだが、その制御が問題なのだという。それはまさに個人差が大きく、制御出来ぬまま自己崩壊するエレメンタルも少なくないという。
エルデがそんな話をするという事は、つまり正教会は連綿とエレメンタルを追い続け、相当緻密に把握している事を意味する。
そしてその記録を知るものは賢者と呼ばれるほんの一握りの「表」 に出ない存在なのである。
「エレメンタルにとって、生き伸びるにはいくつか試練がある。最初の関門は文字通り『徴』の存在や。生まれた時には痣がある。そこで妙な人間に見つかってしもたら、ある意味悲劇やな。痣はしばらくすると消えるけど、高熱が出たり感情が高ぶったりすると浮かび上がる。まあ、成長したら隠すのは比較的容易やけどな」
「これ消せるのか?」
エルデはうなずいた。
「たぶん。ま、その辺の力加減についてはウチがおいおい教えたるわ」
「頼む」
「で、次の関門が『発現』や。アンタも夢でルルデが『発現』する現場を見たんやったら想像つくやろけど、たいてい『発現』は悲劇を伴う」
エルデの言う事はエイルにもよくわかった。あれほどの力が膨らんだら、周りに居る人間はただでは済まないだろう事は容易に想像できる。
「ルネ・ルー……」
エルデは唐突にルネの名を口にした。脈絡がないわけではない。ルネは水のエレメンタルだと言われているからだ。もっとも水のフェアリーとしての力は相当強いものを持ってはいるが、これぞエレメンタルという程の強大なものをエイルはまだ目の当たりにはしていない。
「ルネは水のエレメンタルなんだよな?」
エルデはその問いには答えなかった。
「水精、水のエレメンタルの発現と言われる事件が、ウンディーネで二十年以上前にあったんやけど……」
「二十年って、そんなに昔の話なら、あのルネは違うって事か?」
「違うやろな。どっちかが」
「え?」
「ルネが水のエレメンタルやないか、水のエレメンタルの『発現』と言われている事件が『発現』やなかったかのどっちかや」
「なるほど。お前はどう思ってるんだ?」
「わからへん。ルネが持ってる力が相当に強いっちゅうところまではわかるけど、エレメンタルかどうかの判断はウチにはでけへんな。あの子のエーテルには乱れがないし、波動がきれいすぎるのは確かや。エレメンタルの力を完全に自分のものにして制御できてるんか、そやなかったら……」
「そうじゃなかったら?」
「まあ、どっちにしろハロウィン先生が何かを隠してるのは間違いない」
「え?」
「どう考えてもうさんくさいおっさんやろ?」
エルデは呪医という触れ込みのハロウィンが、色々と知りすぎている事を指しているのだ。そもそも単なる呪医が水のエレメンタルと同道している事が謎と言えば謎なのだ。
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