第六十九話 クレハが守ったもの 4/4

「いや、それって……」 

「結果が全てや」 

「そうだけど」 

「本人が一番驚いたんや。すぐにああそうか、ってわかったけど、実に便利やったわ」 

 確かに便利ではある。だが、だからといって普通のルーナーが真似して出来るようなものではない。そんな事ができるのも亜神と呼ばれる存在の持つ力が強大だからであろう。

「まあ、便利やったけど思いっきり力を使えるわけでなし、そもそも他人の体やと威力っちゅう点では今ひとつやったしな」 

 宿主の体でエルデが強いルーンを使い続けたら、本来の体の持ち主であるエイルの意識は強い意識に飲まれて消滅する。だからエルデにとって利点はあるにせよ、本来の体で制御に神経を使わず思う存分ルーンを放てる自分の体の方がいいといっているのだろう。

 それはエイルに気を遣わせまいとするエルデなりの言い方なのかもしれなかった。

 

 二人の間では、その後も何度か処刑に対する問答が行われたが、エイルはエルデの意思が曲がらない事を再確認したようなものだった。

 エイルは最後に、うんざり顔のエルデに短い質問を投げた。

「確認しておくけど、お前にとってはこれが最後じゃないって事なんだな?」 

《淡黄の扇》のような賢者が一人だけではない事はエイルにも容易に想像ができた。ランディと名乗る元賢者淡黄の扇は氷山の一角なのだ。

 エルデはその質問を待っていたかのようにうなずいた。

「それがウチの役目の一つや」 

 言葉の強調があった。

「役目の一つ」 

 他にも四聖としての役目があるとエルデは言ったのだ。そしてエルデはそれを避ける事はないのだろう。

「なあ?」 

「今度はなんや?」 

「何かが根本的に変わったら、お前達がその役目とやらをやらなくて良くなるのか?」 

 言っている事がわからない。エルデはそんな表情でエイルを見た。

「オレにはやっぱりわからないけど、お前達が『そう』なんだとしたら世界が『そう』じゃない仕組みに変わればいいんじゃないのか?」 

「アンタは時々突拍子もない事を言うなあ」 

 エルデは呆れたような顔をしたが、すぐに微笑を浮かべた。

「マーリンとやらがいて、そいつがそんな『決まり事』を作ったって言うなら、オレはマーリンに会ってやめさせてやる」 

 エイルが真顔でそういうと、エルデは思わず吹き出した。

「おかしいか?」 

 ムッとした声でエイルが抗議したが、エルデは笑ったままで頭を振った。

「大言壮語って言葉を知ってるか?」 

「……そう思うのか?」 

 最初から取り合おうとしないエルデに向けるエイルの顔は、しかし真剣そのものだった。

「出来ないって決めつけてたら何も出来ないだろ?」 

「あはは。そらそうやな。でも」 

「『でも』何だ? 人間にはムリだって言うのか?」 

「エイル……」 

 人間、という言葉にエルデの笑顔が固まった。

「亜神から見たら人間なんてつまんない存在なのかもしれないけどな」 

「そんな事は言うてへん!」 

 エルデの形相が一変した。目を吊り上げたそれは、最上級の怒りをエイルに向けていた。

「ウチは!」 

「わかってる」 

 エイルは気色ばんだエルデから目を逸らすと、視線を落とした。

「でも聞いてくれ」 

 うつむいたままでエイルがそう言うと、エルデはそのエイルの視線を追った。

「マーリンが本当にいるなら、機会があるって事じゃないのか?」 

 エイルが言わんとする事をエルデは理解した。エイルは本気なのだと。


「ホンマにマーリンがおると思てるんか?」 

 エルデの声に、怒りの色はもう見えなかった。

「オレってさ、その為にここに来たんじゃないかなって、今思ったんだ」 

 顔を上げたエイルは、そういうと右手の甲をエルデに向けた。

「ふん。まるで運命論者みたいな口ぶりやな」 

「そんなんじゃないさ。ここにはオレがやりたい事がいっぱいあるって事さ」 

「ふん。制御でけへんかったら、どうなるか知ってるんか?」 

 エルデは手甲を外されたエイルの右手の甲を注視したままつぶやいた。

「四聖のもう一つの仕事、まだ言うてなかったな」 

「ああ」 

「この際や。今話しとこか」 

 そういうと、エルデはエイルに歩み寄り、その右手の甲を両手で包み込むようにした。

「四聖の最も重要な仕事。それは監視や」 

「監視? 何の?」 

「ホンマにとことんニブいやっちゃな。『四聖』は『四精』の監視者なんや」 

 エイルはそう言われても、まだ何の事かが理解できなかった。

「それぞれに担当があってな。たとえば《蒼穹の台》は水精を、《黒き帳》は地精を監視するんや」 

「水精……地精って……それってつまり?」 

 エイルはようやくエルデの言葉の意味を理解した。

「エレメンタルを監視し、場合によっては消滅させる。それが四聖、ひいては正教会が作られた理由や」 

 エルデの言葉の後、沈黙が流れた。

 エイルは、エルデに握られた右手の甲が熱くなってくるのを感じていた。右手の向こう側には美しい黒髪の少女がいて、射るような眼差しでエイルを見つめている……。

「まさか……」 

 エイルの声はかすれていた。もちろんエルデはエイルの心の中はお見通しだったのだろう。すぐに首を横に振った。

「ウチが監視するんは風のエレメンタルや。アンタと違う」 

 そして包んでいたエイルの手から離した。

 エルデのその言葉が持つ意味は大きかった。そしてそれがわからぬ程、エイルは馬鹿ではなかった。

「それって、オレの担当はいないって事か?」 

 エルデは改めて自分の手の甲に目をやった。

 エレメンタルの徴。

 そこには複雑な文様が痣のように浮かび上がっていた。

「時のゆりかご」 で自分の手の甲に浮かび上がっている痣を見つけた時、不思議な事にエイルはすぐにそれが「エレメンタルの徴」 なのだと悟った。

 だからファランドールに留まる事を決めたのだ。

 これは誰にも話してはいない理由である。話せる訳がなかった。だから違う理由を口にして相手を納得させていたのだ。だが、もっともらしく口にした理由も、また本心だった。とは言え一番大きな理由は自分が「エレメンタル」 である事を知ったからなのだ。


「教えてくれ」 

 エイルの呼びかけに、エルデは何も言わずただエイルを見つめ返した。

「《深紅の綺羅》はルルデ・フィリスティアードが炎のエレメンタルだって知ってたんだな?」 

 エルデはゆっくりと首を左右に振った。

「ウチは《深紅の綺羅》やない。そやからそんな事はわからへん」 

「エルデ」 

「話は最後まで聞き」 

「……そうだな」 

「いつか話してくれたアンタの夢の話を聞いて、ルルデがエレメンタルやったんやろな、っちゅうのはなんとなくわかってた」 

 エルデがいう夢の話とは、アプリリアージェとテンリーゼンがルルデと戦った情景を夢で見た、という話である。エイルが説明したルルデの最期の場面を、エルデは「発現」 と言っていた。

「《深紅の綺羅》とルルデに関係があったっちゅう事をジャミールで初めて聞いて、ルルデが炎のエレメンタルに違いない、とは確信したけどな」 

「《深紅の綺羅》がルルデ・フィリスティアードをジャミールに預けたのは、そういう事だったんだな?」 

「そやな。《深紅の綺羅》、いやクレハはルルデを隠れ里に預けて、文字通り現世から隠そうとしたんやろな。それはある意味成功したし、失敗したわけやけど……。いや成功なんか?」 

「この徴はクレハ・アリスパレスという亜神に守られていたって事か」 

 そう言ってやや困惑した色を浮かべるエルデに、エイルはもう一つ浮かんだ疑問をぶつける事にした。

 いや。それはもう疑問ではなく、エイルにとっては事実の確認作業に過ぎなかった。

「ついでにもう一つ教えてくれ」 

「……」 

 エルデは答えなかった。

 もちろんだからといってエイルは続く言葉を止めるつもりはなかった。

「教えてくれ。オレはいったい誰なんだ?」 

 エイルの声は静かだった。だが二人を囲むエーテルがエルデに呼応して、瞬間的にその色を変えたかのように張り詰めた気が充満した。

 改めて確認するまでもなかった。エルデ・ヴァイスの形相は緊張で強ばり、その目はさらに吊り上がってエイル・エイミイに注がれていた。

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