第六十五話 結びの儀 2/3

 エイルが何も言わぬうちに、ゼプスは勝手にエイルを所有者として認めたようだった。

『もしもーし、何も言ってないけど、いいんスか?』

 エイルが頭の中でいくら呼びかけても、二度とゼプスの声は聞こえなかった。

『自分で質問しといて、こっちが答える前に自己完結しやがって』

【さすがは妖剣。用件のみっちゅう事か】

『上手いなあ……』

【や、やかましいっ】

『褒めただろ?』

【思いっきり哀れみのこもった声やったわ!】

『わかってるんならつまんねえダジャレを言ってるんじゃないよ。それよりどうするんだよ、これ。柄だけだぞ? さすがにこれじゃ、何をしても大して痛くなさそうだなあ』

 エイルがそう言って再びゼプスを握る手元を見た時である。握った柄が光を放った。

 それは真っ白でまばゆい光芒を放った後、形を作り始めた。

 数秒後。エイルの視線の先にあったのは、白く輝く細身の片手剣であった。いや、柄の長さを考えると双手剣であろうか。

 どちらにしろそれはファランドールでは見たこともない形状の剣だと言えた。


【なるほど。そう言う事か】

 本当の剣になったゼプスを見て、最初に声を出したのはエルデだった。

『いや、一人で納得せずにいったいどう言う事か教えてもらおうか』

【人にものを尋ねるのに、偉そうな物言いやな】

『何というか、ちょっとムっとしてるんだよ』

【それにしても変わった片手剣やな】

『刀身は細いけど、これは片手剣じゃないぞ』

 エイルは妖剣ゼプスを高く掲げると、手首を返して剣の表裏を吟味するように眺めた。刀身はさして長くない。エイルの身長の半分以下である。

 エルデの言う「変わった剣」という表現は確かに的を射ていた。エイルが握る妖剣ゼプスの刀身はまっすぐではなかったのだ。それは緩やかに弧を描き、ファランドールの剣の常識に照らし合わせると全体に細身できわめて繊細な切っ先を持つ片刃の、つまりは特殊な剣だった。

【刀身の細さは懐剣並みやな。それに片刃か。表にも裏にも溝がある。それも二本。薄い剣を補強する為なんかな? それに刃がある側の山脈型の不規則な模様はなんや? それにも何か意味があるんか?】

『これは研ぎの跡だ』

【なるほど研ぎ跡か……よう見たらそれ、中心と外側の材質がちゃうんやな。それにしても刃が薄すぎへんか?】

『フォウではこの形の剣を『カタナ』って言うんだ。刃の部分が薄いのはカタナの特徴だけど、これはカタナの中でも薄い方なのは確かだな。その分切れ味も抜群で、ちゃんと手入れしてあるカタナだとヒゲも剃れるんだぞ』

【なんやそれ。物騒な髭剃りやな。どうでもええけどフォウの剣っちゅうのは弱々しいな】

 エルデは見慣れないその剣の形が、エイルの、つまりフォウで使われてる剣の形なのだとすぐに理解していた。

【要するにコイツは、持ち主が一番使いやすいと思う剣の形になるんやな。この剣を作ったセロドニってルーナーはいったい何もんやろな】

『とんでもない人だって事はわかる。オレの頭の中をよっぽどほじくってくれたんだろうな』

【お前の本当の名前を言うてたしな。さすがにあれには驚いたわ】

『だな。でもこの剣、本物のカタナと比べて一つだけ大きく違う点がある』

【それは何や?】

『これ、重さがないんだ』

 エイルはそう言うと、剣を垂直に立てたまま、小指の先に柄の尻を乗せてみせた。

【なるほど、妖剣やな】

 エイルはその剣を両手で握ると、正眼に構え、そのまま気合い一閃、袈裟懸けに空を切った。

【なるほど双手剣やな】

『基本はそうだけど、リーゼのように両方の手で一本ずつ持って二刀流って人も結構いる。まあ、流派によるんだけどな。どっちでも使える剣って事さ。柄が長いから、握り方の自由度が高いんだ』

【へえ……って】

『あれ?』

 エイルがゼプスを掲げて、改めて刀身を吟味しようとした時、そのゼプスの刀身が透明になった。

 いや、刀身が消えたのだ。

 気がつけば柄も元のゼプスの基本形に戻っていた。

『どういう事だ?』

【ウチに聞かれてもな。ただ……】

『ただ?』

【今思い出したけど、このゼプスっちゅう妖剣は単独の剣やなかったやろ?】

『そうか。ラシフさまは『対の妖剣』って言ってたな。確かゼプスは夢、ミュインモスは希望……か』

【ああもう、あのクソ族長、使い方とか仕組みくらい知っとけっちゅうねん。まともに使われへん剣を大層なご託つけて押しつけるとか、あり得へんやろ?】

『いやいやいやいや。ラシフさまだってまさか普段は刀身が無いとか思わないだろ? 悪気なんてないさ』

【もはや悪気とか、そういう問題やないやろ。いざという時にアンタがこの剣を抜いてたとして、や。刀身無かったりしたら場がしらけるやろ?】

『いやいやいや。しらけたりしないって』

【そやな。相手は馬鹿にされたと思て逆上するやろな。って、アカンやろ? かえってややこしなるやん】

『いやまあ、そうかもしれないけど、単に不安定なだけなのかも。オレの体調とか気分とかに連動してるのかもしれないだろ? 使う気満々なら現れるとか』

【うーん……こんな微妙なモンやのうて普通の剣をくれたら良かったのになあ】

『まあまあ。ダメ元でいろいろ試してみようぜ』

【いや、そんなおもちゃで遊んでる場合やのうて、ウチは早いとこ自分の体を治したいんやけど……】



 同日、同時刻、シルフィード大陸。

 ユグセル公爵領であるファルンガ地方南東にあるアアクと呼ばれる集落の一角で、ちょっとした事件が持ち上がった。

 それは夜明けまでにまだ相当な時間がある未明と呼ばれる時間帯の事であった。

 集落の中心にある一つの家から、悲鳴が聞こえた。イブロド・ジャミールの悲鳴である。

 

 まだ辺りが真っ暗な時間に、家の中の物音で目を覚ましたイブロドは、とっさに身構えると、周りの様子をうかがいつつ、母親の部屋の扉を開いた。音はそこからしたように思えたからだ。

「お母様?」

 そう声をかけると、部屋の中からはうめき声が聞こえてきた。

 慌てて扉を開けたイブロドは、部屋の様子を見て思わず叫んだ。

「お母様っ」

 それが悲鳴の正体であった。

 部屋には寝間着姿のイブロドの母親が、何かを抱きしめたまま倒れていた。

 寝床が乱れていないところを見ると、起き出したあとに倒れたようだった。

「お母様、どうしたのです?」

 部屋に飛び込んだイブロドは、そう呼びかけると母親の頬に手を当てた。

「冷たい!」

 ラシフ・ジャミールの頬からは体温が感じられなかった。だが生きているのは確かである。目を閉じたまま、今も苦しそうにうめいているのだから。

「お母様、しっかりして下さい」

 イブロドは両肩を揺すってラシフを覚醒させようと試みた。

 だが、その必要はないようだった。

「取り乱すでは、ない……イブロドよ」

 消え消えではあったが、ラシフはそう声に出した。意識はしっかりしているようだった。

「どうなさったのです? 何があったのですか?」

 イブロドは薄く眼を開けた母親の顔をのぞき込もうとして、その腕に抱いている物に気付いた。

「それは……」

 ラシフが胸にしっかりと抱いていたのは鞘に収まった短剣だった。


「まさか、ミュインモス」

 イブロドがジャミールの里に妖剣として伝わる短剣を見るのは、これが二度目であった。

 一度目はラシフの命を受けてジャミールの里の倉から封印されたそれを取り出した時である。

 その時取り出したのは対になるゼプスとミュインモスの二振りだったが、一方のゼプスはジャミール一族の恩人である賢者に贈り、残った一振り、ミュインモスはその後ラシフが布にくるんだまま、肌身離さず側に置くようになった。だがそれ以降、覆われた黄色い布が解かれる事はなく、剣の姿どころか鞘すら一切人の眼には触れていないのだ。

 だがラシフは今、鞘に収まった状態のミュインモスを胸に抱きながら、苦悩の表情を浮かべている。

 体温が異常に低い事から、ラシフの体調がまともではないのは確かだった。

「私は大丈夫だ。騒ぐでない」

「しかし……」

 イブロドはとりあえずラシフの上体を抱き起こした。そうされることについてはラシフも抵抗はしなかった。

「さすがにこういう物だとは想像もしていなかったが……」

 イブロドに支えてもらいながらなんとかその場に座り込んだラシフは、のろのろとした動作でミュインモスを目の前に掲げ、その姿をしげしげと眺めた。

「何があったのか、お話しいただけませんか?」

 イブロドはたまらずそう頼んだ。

「結びの儀というヤツじゃ」

「結びの儀?」

「ミュインモスがそう言うとった。ゼプスと繋がる儀式を執り行う、とな。あの小童(こわっぱ)、ようやくゼプスを抜いたとみえる」

「剣が……しゃべったのですか?」

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