第五十九話 四聖 2/4
「そうか。そうだよな。お前は大賢者である《真赭の頤(まそほのおとがい)》が膝を折る存在だったな」
「そや」
「お前は治癒が専門のハイレーン。死にかけてたファーンにかけたルーンが一体何なのかはオレにはわからない。だけど、あんな事ができるルーナーがそうそう居るとは思えない」
「治癒に関しては、ウチは確かにずば抜けてるやろな」
「そうだよな。たぶん、なんとなくわかってきた。さっきの話で出てきた三聖の特性『滅びと破壊と維持』 お前はこのパズルを完成させるためのピースってヤツだな」
「ピース?」
ファランドールにはない言葉に、またもやエルデは反応した。
「フォウでは破片や部品の事をピースって言うんだ。お前は三聖だけでは完成しない、何かを持ってる存在っていう事だろ?」
エルデはその質問には答えず、エイルの手を取った。そしてそのまま、今度は自分からエイルの胸にゆっくり飛び込むようにして自分と同じ瞳髪黒色の少年をそっと抱きしめた。
「こうしてると、なんか落ち着く。エイルはウチを嫌わへん……そんな根拠のない安心感に包まれる気がする」
「エルデ……」
「アンタはアホやけど、ウチはアンタをホンマにアホやと思った事はない。アホがとっさにあんな事できるわけがない。あの時、ウチはアンタに何かを見つけた気がするんや」
「あんな事?」
「記憶はもう、ほとんど戻ってるんやろ?」
「ああ」
「フォウでの最後の記憶は?」
「お前……見てたのか?」
「あの時……ウチはフォウに干渉できへん場所からアンタを眺めてた。ウチの意識はフォウとファランドールの間の通路みたいな空間に漂ってて……。そこでアンタと、そしてウチがマーヤと思い込んでた女の子が事故に合う一部始終を見てもうたんや。変な馬に二人乗りしてたエイルが、馬のない馬車にぶつけられる寸前、振り向いて後ろに乗ってたマーヤを突き飛ばしたやろ?あれでマーヤは無事やったんや」
エルデの話を聞いたエイルは一瞬だけ緊張を走らせた。だがそれはすぐに弛緩した。
「そうか……あれを見てたんだな」
「アンタはそのまま馬車と馬の間に挟まって引きずられてもうて……見るも無惨な状態やった。人間、ああいう時は反射的に自分をかばうもんや。でもアンタは違うた。とっさに後ろの人間の事を考えてた……たぶん、アンタにとっては自分より大事な人やったんやろな……」
「なあ?」
「なんや?」
「なんで後ろに乗ってたのがマーヤって言う名前だって思ったんだ?」
「アンタもマーヤも、顔全部を覆うカブトをかぶってたやろ?そのカブトに名前が書いてあったやん?」
「ああ……」
「フォウもファランドールも、同じ文字使てるんやな、って思た」
「『だいたい同じ』 だけどな。でも、お前が勝手にオレに妹を作って、その妹によりによってマーヤっていう名前をつけた訳がこれでやっとわかった」
「安心し。アンタの大事な『元』マーヤは、たぶん大丈夫や。アンタが命がけで守ったからや。誇ってええ。あんなもん見せられたら、アンタがただの泣き虫のアホやなんて思えるわけがないやろ?」
「そうか……。でも、お前はオレが思ってたより、ずっとアホだな」
「は?」
「あの子が無事だったのは『時のゆりかご』でファランドールとフォウの間の扉が開いた時に元気な姿が見えたからわかってた」
「そ、そうか……。そやのに、なんで戻らへんかったんや?その……ウチがマーヤって思ってた娘はその……アンタにとって特別な、っちゅうか大事な女の子なんやろ?フォウに帰ってマーヤと幸せになったらよかったんや。そやのに、最近知り合うたネスティがちょっと可愛いらしいからいうて、フォウの女を捨ててファランドールに残るとか、フォウの人間は薄情にも程があるんとちゃうか?」
だんだん声に熱を帯びてくるエルデの頭を、エイルは苦笑しながら叩いた。
「そういうところがアホだって言うんだ」
「なんでや?」
「そもそも、あの子はオレにとって別に特別な女の子じゃないし」
「え?」
「ほとんど他人というか、プロット4の……同じ学校に通っているだけのただの知り合いだぞ」
「へ?」
「まったく。お前ってさ、舌を巻くような分析力とか記憶力があるくせに、時々勝手な先走りで妄想の世界に入るよな?」
「な……なんやて?」
「そういう事だよ……って、ひょっとしてお前、あの子の事があったから必死でオレをフォウに帰そうとしてくれてたのか?」
「そ、そやかて!あんな場面見たら誰でもそう思うわっ!」
「――そうか……」
「何やの?……あの子がただの知り合いとか……そんなん、ウチが一人で勝手に焼き餅やいてたん、アホみたいやん」
エルデのそのつぶやきは小さすぎてキセンの耳にまでは届かなかった。だが、エイルにはしっかりと聞こえていた。
「えっと、それってもしかしてヤキモチ?」
エイルの言葉に、エルデははじかれたように体を反らして反応した。
「ええええ?」
「驚きすぎだ」
「いやいや、何でやねんっ!ちゃうちゃう!そんな事言うてへん言うてへん。絶対言うてへんっ!」
エルデはとっさにそう否定するとエイルの体に回した手に少し力を入れた。
「そっか……」
エイルの頬は先ほどと同様にエルデの頬が触れている。今のやりとりでそのエルデの頬が熱を持ったのがわかった。エイルはエルデの顔が今、真っ赤になっていると確信できた。そしてそれはつまり……
「正解や」
エイルがエルデの顔を見ようと少し体を引いた時、エルデがそうつぶやいた。
「え?」
「ウチはあの三聖と同列にある存在。ウチの名前を誰にも言うたらアカンって言うのはそういう事や」
「ああ、そうか……」
話は元に戻っていた。
それを聞いたエイルは少し離れたエルデの体を自分に密着させるように、腰に回した手に力を入れた。
エルデはそれを嫌がらなかった。それどころか自分でエイルに回した手に力を入れた。
「だいたい、色が足らんやろ?」
エイルはうなずいた。
「青と赤と黒だもんな。確かに中途半端だ」
「そういう事や。ウチが三千年前に現世から姿を消して『時のゆりかご』で眠ってる間にファランドールからは『四聖』っちゅう言葉は消えて、『三聖』になってもうた。いや、消されたっちゅうわけや」
「それって、正教会がしらみつぶしに消して回ってたって事か?」
エルデはうなずいた。
(何のために?)
エイルがそう尋ねようとした時、キセンがたまりかねたように声をかけた。
「あのねえ。仲がいいのは結構だけど、あなたたち、いつまでそうしてるつもり?」
「え?」
その声に、二人はキセンの存在を忘れていた事に気付き、お互いにお互いを突き放すようにして抱擁を解いた。
「あ、これは……その」
「そうじゃなくて、次があるでしょ、次が」
「次?」
「抱擁の後にやる事よ」
キセンの言葉に、今度はエイルが顔を赤くした。ついさっき自分がやろうとしていた事に思い至ったのだ。
「な、何ヲイッテルンデスカ?」
「声、上ずってるわよ」
妙に高い声で否定したエイルに、キセンは一瞥をくれると、
「なんか盛り上がった割には結果は今ひとつね」
そう言ってやれやれといった風に大げさに肩をすくめて見せた。
「まったく、なんと言うか、こう……もっと、アレでしょ?」
「アレ?」
怪訝な顔で問いかけたのはエルデだった。
キセンは頭をかいた。
「アレよ、アレ。若い男女が思いの丈をぶつけあって抱きしめ合った後は、いいムードの中で熱い口づけって相場が決まってるでしょ?」
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