第五十八話 もう一つの秘密 5/5
その言葉に反応してキセンの顔をにらみつけるエルデに、しかし青緑の髪の女デュナンは臆することなく言葉を続けた。
「あなたが後生大事にしている秘密に、あなたの相棒はもう随分近づいているのよ?エイル君のさっきの質問を聞いたでしょう?」
キセンがそう問いかけても、エルデは黙ったままだった。
「私はまどろっこしい事が大嫌いなのよ。さらに言えば気に入った人間に対してはこう見えても結構お節介」
「――意味がわからん」
エルデの反応に、キセンはクスッと小さく笑いを漏らした。
「じゃあ、さっきのあなたの言葉を借りて赤ちゃんにでもわかるように言ってあげましょうか?いい?私にはエルデ・ヴァイスと名乗る瞳髪黒色の女の子と、エイル・エイミイと名乗る同じく瞳髪黒色の少年の正体がわかっている。そしてその二人を観察して、二人の関係というか、現状もわかっちゃった。お互いの事を、それも重要な事を知らないままに、かなり深い仲になってる。ま、年頃の男と女だもんね、それは仕方ないわ」
「いやいやいや!」
「ふ、深い仲とか、なってへんわっ」
同時に反応した二人を、キセンは両手を挙げて制した。
「でも、その状況をみたらこっちはイライラするしかないじゃない?」
「はあ?」
「いや、イライラって……」
キセンはもちろん、二人の反応は無視した。
「でもそんなの仮初めの関係だわ。お互いもう一歩踏み込めないのは、両方がお互いに秘密を胸にしまっているからでしょ?だから順番として、まずはエイル君の事をあなたに教えてあげたのよ。じゃあ、今度は同様にエルデ、あなたの事をエイル君に教えようかなって思うのは当然でしょう?そしたら二人にはもうわだかまりはなくなるわ。これで晴れてめでたしめでたし。私もイライラせずにすむ」
「何がめでたしめでたし、や!」
「そうね。あなたがエイル君に話していない秘密は大きく分けて二つ。一つ目はさすがにあなたの口からは言いにくいでしょうから、成り行きで私から言ってあげてもいいわ。でも、二つ目の秘密はあなたが自分で言うべきね」
「他人の秘密を勝手に言うな!」
エルデは目をつり上げて叫んだ。だが、エルデに対してキセンはもう全くひるまなかった。
「そのまま何も知らせずに過ごすつもり?これからもずっと?一生?本当にそれでいいの?それともふさわしい時が来たら言おうと思ってた?」
「そ、それは……」
「言っておくけどそんな都合のいい『時』なんて来ないわよ。これは私の人生経験から言える事よ。私は何もせずに自分から逃げる奴が大嫌いなの。いい?あなたにとってふさわしい時は今! あなたは私にここで出会った事を感謝するべきなのよ」
「勝手な事を。ええか、もし言うて見ろ。その時は!」
エルデの怒気はエイルにも伝わった。精杖を握る手に力が入るのを見たエイルは、思わずエルデとキセンの間に両手を広げて割って入った。
「待て、エルデ」
「エイル……」
キセンをにらみつけていた恐ろしい形相が、戸惑いに変わった。
「オレから頼む。教えてくれ」
「あかん!というか、嫌や!」
エルデは大きく首を左右に振った。
「オレは知りたいんだよ、お前の事を!お前が普通じゃない事なんか、もうみんな知っているし、オレはみんなよりもずっと前、お前と初めて出会ったときからわかってる。だから今更だろ?ちょっとやそっとじゃ驚かない自信がある。いや、ちょっとやそっとじゃないっていうのはもうわかっている。覚悟は出来てるんだ。それよりもオレはお前の事をもっと知りたい。そうじゃないとオレはファランドールに残った意味がないんだ」
「ファランドールに残った……意味やて?」
「ああ。言ってなかったか?」
エルデは首を横に振った。
「あれは……その……手の甲の事を別にしたら……ネスティの役に立ちたい為……なんやろ?」
エイルは頷いた。紋章や痣という言葉を使わず「手の甲」という表現を選んだエルデの意図をもちろんエルデは察していた。下手な事を言えば、ファランドール人以上にファランドールの「からくり」に詳しいキセンに要らぬ情報を与える事になる。現時点ですら、エイル達は多くの事を知られすぎていた。これ以上いたずらに情報を与える必要はないのだ。ましてやエイルの右手の甲に突如浮かび上がった痣は、些細な情報ではないのだから。
「手のケガの事はまだよくわかってないし、ネスティの事はお前の言うとおりだ。でもそれだけじゃないんだ」
「ほんなら何……やの?」
「言った通りだ、オレはお前の事を知りたいんだよ」
「エイル……」
「お前はオレの助けなんか要らないかもしれないけど、それでもオレはお前の役に立ちたい。放っておけないんだ。それに、オレはこの世界はいろんな事が腑に落ちないんだ。ここは不自然でおかしい。なぜそうなのか、フォウとファランドールの関係は何なのか、オレはそれが知りたいんだ。それにはお前の力が要る」
「アンタが役に立たん事なんかない。それはもう話したはずや」
「だったら頼れよ。いや、頼ってくれよ。頼られたいし守りたいし役に立ちたい。オレとお前はその辺にいるただの他人同士のつきあいじゃないんだぜ?二人がわかり合って一つになるとか、そんな普通の関係じゃない。一つが二つに分かれたようなもんだろ?たった二年かもしれないけど、お前を他人だと思えってほうがオレにとっては不自然なんだ。お前の事をもっと知りたい、謎を明らかにしておきたい、秘密を教えて欲しい……そう考えるのは自然だろう?いや、当然だと思う」
一気に言葉をはき出したエイルに、エルデはすぐには返す言葉が見つけられない様子だった。
「言いたくない理由はきわめて単純。あなたは怖いのよね。知られてしまったら、大好きなエイル君に嫌われてしまう……それが怖い」
キセンがそう冷たく言い放った。さすがにそれにはエルデはすぐに反応した。
「やかましい!黙れ!うるさい!今度しゃべったらその減らず口を一生開かれへんようにルーンで縫い付けたる!」
「エルデ!」
エイルは懇願するような顔で小さくそう叫んだ。
「オレはそんなに信用ないか?何があっても動揺……はたぶん多少……いやけっこうするだろうけど、お前の事はオレなりによくわかってるつもりだ。何がどうあってもオレにとってはエルデはエルデだ。それは変わらない」
その言葉を聞いたエルデの顔からは、キセンに見せた厳しさや怒りの表情は消えた。代わりに今にも泣き出しそうな表情をエイルに向けた。
エイルはそんなエルデにさらに付け加えた。
「それに一つ言っとくがな。オレはお前が思ってる程バカじゃない。さすがにもう、ある程度の予想はついてるんだ。でも予想が外れようが当たろうがどうでもいい。おれはお前の口から本当の事を知りたいんだ。お前もさっき知ったように、オレだって人に言えないような過去がある。だからって訳じゃないけどお前に何があろうとオレはお前を受け入られると思う。いや、受け入れてやる」
その言葉を聞いたエルデは、エイルから視線を外すと上方に顔を向け、目を閉じた。
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