第五十四話 魔法の鏡 4/5

 僧正の説明によると、確保しようとしていた「お尋ね者」とやらは強力な風の力を持つフェアリーと、そのフェアリーの護衛とも言える数名の仲間からなる集団だという。

 首謀者の風のフェアリーを捕らえる為に、新教会側はバード級のコンサーラを多数投入した。用意していた精霊波を減衰する精霊陣の中に追い込んだまでは良かったが、相手はその精霊陣の力を破って見せたのだという。

 賊である風のフェアリーは、その後副堂頭達の頭上に竜巻を巻き起こして新教会の僧兵を無力化した上で、地下の隠し通路を使ってハイデルーヴェンに向かった。

「ご丁寧な事に彼らは行きがけの駄賃として地下の通路上に巨大な岩石、いや、あれはもう岩盤ですな。ともかく途方もない大きさの一枚岩を妨害壁として置いていきました。追っ手は地下通路を塞がれ水路を使わざるを得なくなった為に、準備に手間取ってしまいまんまと逃げられてしまったという次第です。地下通路であればそのまま追いかける事が出来たのですが、水路ですとどうしても兵装のままで上陸できませんので」

「岩盤ですって?風のフェアリーが?」

「いえいえ、ですからやっかいな事に賊の一行の中には風のフェアリーだけでなく相当な力を持つ地のフェアリーか、もしくはバード級の高位ルーナーがいるものと思われます」

 岩盤で塞がれた場所の真上は川底で、その先は山になっていて通路へ降りる竪穴を掘るのには時間がかかりすぎる。水路は水路でヴェリーユの埠頭付近の川面が大きな氷塊によって全面閉鎖状態になっており、追っ手が乗った船の出航にかなり時間がかかったのだという。

「不凍の川じゃなかったの?」

 キセンの問いかけに僧正は苦笑いで答えた。

「それもおそらくは水のフェアリーか、ルーナーの仕業でしょうな」


「お前だよな?」

 エイルの問いかけにエルデはうなずいた。

「思い付きで簡単な時限ルーンをかけといたんや。まあ、気休めや」

「それって、下手をするとネスティ達も閉じ込められてたかもしれないんじゃないのか?」

「川面を凍らせたらアレやけど、氷塊を浮かべてるんやで? 風のフェアリーが何人居てると思てんねん。それにだいたい高位ルーナーが居てたらそれほど時間稼ぎにはならへんやろ。たぶん追っ手の指揮系統が今ひとつしっかりしてない事のいい訳やろな。要するに準備の方に相当時間がかかった、っちゅう事や」


 ハイデルーヴェンはウンディーネ共和国連邦の街である。新教会とウンディーネには当然ながら協定があり、新教会といえども武装した人間をおおっぴらにハイデルーヴェンに入れるわけにはいかない。僧服での団体行動も目立ちすぎるとあって、部隊は平服で隠密に行動をする必要があるのだ。


「それにしても、リリア姉さんが岩盤動かしたとかありえへんやろ?」

 エルデが思わず独り言を漏らした。

「地のフェアリーだって?……ましてやルーナーはいないぞ?」

 これはエイルである。

「まさかメリド?あいつはルーナーだよな?」

「知ってるやろ?ルーチェやったらまだしも、メリドにそんな強力なルーンは使えへん。せいぜいコップに水を満たすくらいや」

「じゃあ、いったいどういう事なんだ?」

「うーん……そうか!」

「わかったのか?」

「きっと新しい仲間が増えたんや」

「……オレは時々、お前がただのバカなんじゃないかと思う時がある」

「なんやて?」

 とはいえハイデルーヴェン駐在役である僧正の話を信じるならば、エルネスティーネ達はエイル達の知らない人物と行動を供にしている事になる。エルデの言う「新しい仲間」という言葉はあながち出任せとは言い切れない。だが、彼らと別れてからそんなに時間は経っていない事を考えるとそれは少々強引な推測であろう。だとすればそもそも賊とはエルネスティーネ達の事ではないのかもしれない。

 だが、二人でそれをここで議論しても始まらない。

 エイルは自分をにらみつけながら恨み言を唱えているエルデに合図をして『魔法の鏡』の向こう側にいる黄色い僧服を着た僧正を指さし、次いでその指で自分の耳を指した。別に言葉にしてもよかったのだが、行為で示す事により「らしさ」を演出したつもりだった。つまり、ここはともかく話を聞こうという合図である。

 これ以上ここで会話を続けると、話の途中で重要な情報を聞き逃す事にもなりかねない。エイルはそれをおそれたのだ。

 もちろんエルデとしてもそれは重々承知である。最後の一瞥をエイルにくれると、何も言わずに視線を僧正達に戻した。


「そういうわけで、つい先ほどその報告が届いたところです。私は急ぎハイデルーヴェン中に捜査網を敷いたところなのですが……」

「とは言えここはヴェリーユではなくハイデルーヴェン。捜査網を敷こうが何をしようが結局おいそれと手が出せない。だから研究所の責任者である私に何とかして欲しい。つまりはそういう事ね?」

「さすがプロット教授長。話が早くて助かります」

 そういう僧正の顔に、初めて小さな笑みが浮かんだ。だが、その笑みはすぐに消える事になった。

 キセンが即座に協力を断ったのだ。

「ダメよ」

「え?」

「少なくともこの建物は絶対にダメ。捜査とかとんでもないわ。あなたもノルドルンド堂頭からそのへんの話は聞いてるでしょ?」

「この建物には一切の手出し無用、と言う事はもちろん存じ上げております。しかし……」

 僧正側もダメだと言われて「はい、そうですか」と引き上げる訳にはいかないようだった。そもそもハイデルーヴェンに於ける新教会の総責任者の立場にあると思しき人間が、先触れや代理を送るではなく本人が直接面会に来た事でもその本気度がわかる。

「まさか私を疑ってるんじゃないでしょうね?言っておくけどここにはそんな人間は迷い込んでないわよ」

「しかし、この建物は学生が自由に出入りできるではありませんか?そこで私たちも学生の扮装で……」

「誰でも入れるわけじゃないわ。私が許可した人間しか建物の中には入れないようになってるの。それはあなたもよく知っているでしょう?」

「ふーむ。では、本当にここにはいない、と?」

「私はまどろっこしい話は大嫌いなのよ。腹の探り合いや駆け引きも勘弁願いたいわ。そこのところ、そろそろあなたにもわかっていただきたいものね」

「と、申しますと?」

「訪問の主旨はそれだけ?最初からムリだとわかっている事を聞きに来ただけなの?」

 キセンの問いかけに、僧正は苦笑いを浮かべた。

「相変わらず察しがおよろしいですな」

「そういう、人をバカにしたような物言いは気に入らないわね」

「これはとんだ失礼を。もとよりそんな気持ちは毛ほどもございません」

「だいたい、その風のフェアリーって一体何者なの?ただの強力な風のフェアリーごときに、天下の新教会が大がかりな追跡部隊を編成するなんて普通じゃないわね」


 キセンの言い分はもっともだとエイルも思った。だがエイルとしても追われているのがエルネスティーネ達なのかどうかを早く確かめたくて、固唾を呑んで僧正の返答に聞き耳を立てた。


「用件のみで事を済ませてはいただけぬようですな。仕方有りません、お話しましょう。ただしこれは……」

「はいはい。機密は守るわよ。それとも今まで私が機密を守らない事があったとでも言うつもり?」

「いえ、失礼しました。では申し上げましょう。実はその者は風のフェアリーではなく、風のエレメンタルでして……」

「はあ?」

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