第五十一話 教授長キセン・プロット 5/5
エイルがやりとりに割って入った。
「こちらに敵意が無い事を証明する。だから信じてくれ」
「証明ですって?」
エイルはうなずいた。
「エルデは精杖を収める。オレも剣をテーブルの上に置く。そっちはそこにいてもかまわない。本体が出なくてもいい。だからちゃんと冷静に話だけはさせて欲しい。そして嘘は言わないで欲しい。それでもだめか?」
エイルは言い終わるとすぐに提案を実行に移した。剣を腰のベルトから外すと、それを目の前のテーブルの上にそっと置いたのである。
「ああもう。わかったわかった」
エイルに目で促されたエルデはふてくされたようにそう言うと、小さい声で格納ルーンを唱え、精杖ノルンを元の指輪に戻した。
「言うとくけど」
エイルに促されてそのままソファに腰を下ろしたエルデは、エーテル体のプロットを睨んだ。
「そっちから何かされたら、ウチらは自分達を守る為に最大限の力を行使するで。要するにこっちから手は出さへんけど、黙ってやられるタマやないっちゅうことだけは覚えといてもらおか」
キセン・プロットのエーテル体は二人の様子を見ながら、しばらく沈黙していた。
「エイルが言うたように別に話はエーテル体でもええ。あんたのエーテル体は結構な別嬪さんや好青年に仕立ててるようやけど、本体は人前に出るのが恥ずかしいような容姿なんやろ? ウチらもブスやブ男は敢えて見とうはないし、話し相手はそのオバハンの姿で結構や」
エイルはいつもの毒舌でそう言ったが、プロットのエーテル体は特に動じる様子はなかった。
「お前がそういう台詞を吐くと、なんだかオレの方がものすごく腹が立ってくるのはなぜなんだろうな」
「アンタが好青年でも美男でもないからに決まってる」
「オレは確かに目つきが悪いかもしれん。でもお前が言うほど不細工じゃないと思ってるんだが」
エイルがそう抗議すると吊り上がった目でエルデが睨んできた。
「ウチと比べたらアンタはどう見ても不細工やろ?」
「いやいやいや! オレとお前を比べるなよ! 比較対象がおかしすぎるだろ!」
「ウチの顔がおかしいやて?」
「ンなこたあ言ってない!」
「ああもう、アンタが不細工とか目つきが悪いとか、そんなんは別にどうでもええっちゅうねん」
「はいはい。悪うございましたね、不細工で。オレの顔がイヤなら、アルヴだかアルヴィンだかの美男子を見てりゃいいだろ」
「アホ。顔が不細工かどうかと、好きか嫌いかは別問題やろ」
「――え?」
「な、なんでもないっ、このスカポンタン!」
「スカポンタンって何だよ!」
「やかましいっ!」
エルデはそう言うとぷいっとエイルから顔を背けた。
そのやりとりを聞いていたプロット、いやプロットのエーテル体が、ようやく口を開いた。
「ずいぶんと安い売り言葉で挑発してくれるわね。あなたを見ていると美人に性格のいい人は居ないっていう法則が俄然信憑性を帯びてくるわね……でも」
そこまで言うと、プロットのエーテル体はエルデの顔を見て相好(そうごう)を崩した。
「ぷっ」
「人の顔見て、何吹いてんねん!」
自分の顔を見たプロットが小さく吹き出したのに、エルデはすかさず反応した。
「アンタに笑われるような顔やないはずや!」
「あははは、そんな真っ赤な顔をして、よく言うわね。まったく仲のよろしい事で」
「なんやて!」
エルデは思わず立ち上がった。
「あ、それとも一方通行? 私にも経験あるけど、そりゃ辛いわよねえ」
「やかましい! 訳のわからん事いうな!」
「わかってるくせに。ほら、また赤くなった。つついたらはじけて血が噴き出しちゃうんじゃない?」
エルデはもちろん、プロットがからかっている意味がわかっていた。この手の感情を制御出来ない自分の性格も理解していた。エイルの体を借りていた時と違い、感情が体に直に伝わる感覚が数倍、いや数十倍も敏感に思える。
「おい、エルデ?」
黙ったままのエルデにエイルがそう声をかけた。だがエルデは「うるさい」とだけ言うと、エイルには顔を向けず、そっぽを向いたままでソファに座り直した。
「性格は相当悪いみたいだけど、敵意がないというのはどうやら本当のようね」
エルデの様子を見ていたプロットのエーテル体は微笑んだままそう言った。
「わかったわ。ちょっとだけ信じましょう」
その言葉にエイルは身を乗り出した。
「じゃあ?」
「実のところ、こちらにもあなたたちに尋ねたい事があるのよ。このまま帰ってもらっては困る程の、ね」
キセン・プロットはそう言うと、意味ありげな笑いをエルデではなく、エイルに注いだ。
「いいでしょう。特別に会いましょう。疑似生命体でもいいんだけど、これほど精巧になると長時間実体化させるのは体力を使いすぎるのよ。それに……」
そこまで言うと言葉を切って、今度は視線をエルデに移した。
「つまらない挑発に乗るのは癪だけど、私の本体を見せておかないとそっちのお嬢さんは後でさらに、私の事をさんざんバカだ! ブスだ! オバハンだ! と言いそうだし」
その言葉が終わると、プロットのエーテル体に変化が起こった。
体全体がほんのり白く発光したかと思う間もなく、その場からその姿が消え去ったのだ。それは瞬きをしている間もないうちに生じた現象だった。
シグの時はだんだんと薄くなっていったが、キセン・プロットはあっという間に掻き消すように居なくなった。
エイルは思わず一歩踏み出そうとしたが、そのままの姿で固まった。エーテル体が座っていた椅子の向こう側、つまり壁に設えられた書架の一部が動くのが見えたのだ。
書架はまるで扉のようにゆっくりと開いた。
「隠し扉か」
エルデが言うまでもなく、まさにそれは隠し扉で、開かれた隙間から一人の人物が現れた。
長めの白衣を纏ったその人物はもったいぶっているのか何か意味があるのか……とりあえずエイルには意味がわからなかったが、手に持った大きな扇で顔どころか、頭部全てを覆い隠していた。
つまり基本的な容姿はわからなった。
「相当な恥ずかしがり屋さんやな」
エルデがぼそっと嫌みを言ったが、相手は反応しなかった。
「いや、突っ込むのはそっちじゃないだろ」
エイルは顔を隠していることよりも、相手の髪の事が気になっていた。
二人がその状態で目の前に現れた人物に対して確認出来る事はさほど無い。
だが、特徴的な髪の持ち主である事だけはすぐにわかった。エイルが真っ先に気になった事がそれである。
高いところで左右に振り分けられている長く豊かな髪が、見た事もないような青緑色をしていたのである。
長さも相当なもので、そしてそれはくるぶしに届こうかと言うほどであった。
頭の左右の上方でまとめず、そのまま下ろしたらおそらく地面すれすれであろうと思われた。
エイルはその長い髪を見て、同じく長い髪が特徴だったラシフ・ジャミールを思い出した。ジャミールの族長であるラシフの薄茶色の髪はほとんど床に着こうかという程の長さを誇っていたが、ラシフは小柄なダーク・アルヴである。一方目の前に居る青緑色をした髪の女はエイルやエルデよりも少し身長が高く、おそらくはデュナンと思われる人物である。つまり、こと絶対的な長さという点ではラシフを遙かに凌いでいると言えた。
「それより」
「うん」
エイルはエルデに短い合図で尋ねた。
「間違い無い」
エルデはうなずきながら答えた。
「今度は本物の人間や。――たぶん……」
「たぶんって、おい?」
「そやかて、ウチは青緑色の髪の毛の人間とか見た事ないし。おかしいやろ、あれ?」
「そりゃそうかも知れないけど……」
二人のやりとりを黙って聞いていたキセン・プロットとおぼしき「人間」は、クスリと笑った。
「お」
その声は間違い無く女性のものだった。
エルデはそう言いたかったのだろう。
だが、次の言葉を口にするよりも早く、件の人物が扇の向こうから二人に声をかけた。
「ではその『本物の人間』とやらをよく見てもらいましょうか」
扇の向こうの声の主はそう言うと、ゆっくりと扇を持つ手を下げた。
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