第五十一話 教授長キセン・プロット 4/5

「今のは、人間やないな?」

 エルデの一言は、それまで軽い作り笑いをしていたキセン・プロットの表情を変化させるのに充分だった。その白い顔に驚きの表情が広がったかと思うと、やがてそれは満面の笑みに変化した。

「ヴァイスさん。あなた、面白いわ。実に興味深い人物ね。アレがマーリン素粒子合成疑似生命体だって見破った人は初めてよ」

「マーリン素粒子合成疑似生命体?」

 エルデはプロットが口にした耳慣れない言葉をオウム返しに口にした。

「あなた達の言葉ではエーテル体と呼ぶようね。さっきのは私が付けた正式名称」

「いや、エーテル体って、あれが?」

 エイルがエルデにそう尋ねたが、エルデもプロットも共にその言葉を無視した。二人はじっと互いを探るように見つめ合っていた。

「そんな正式名称聞いたこともないな。キセン・プロット教授長……アンタ、ホンマに一体何もんや?」

 そう問われたキセン・プロットは、自分の机の側からゆっくり脇にあるソファの方へ移動して、応接用の長いソファを二人に勧めた。

 近くに寄るとプロット教授長が明らかにエイルやエルデより大柄なのがわかった。とは言え成人のデュナンとしては取りわけて大柄というわけではない。そもそもピクシィはデュナンより小柄な人類であり、加えてエイルはその男性のピクシィとしては小柄だっただけである。そのエイルとあまり変わらぬ身長のエルデもまた、キセン・プロットと比べれば相対的には小柄になってしまうだけのことだった。

「私の方こそ聞きたいわね。あなたは何者? 古語を操る瞳髪黒色のハイレーンさん」

 二人がソファに腰掛けるのを待って、プロット教授長は口を開いた。

「旅芸人一座の用心棒……とでも言うとこか」

 エイルはエルデの言葉に突っ込みたいのを、ぐっと堪えた。よくそんな事がいけしゃあしゃあと言えるものだな、と。

 だが、あながちウソというわけでもない。ヴェリーユでは会い損ねたが、まだアキラとの契約は続いているはずだからである。ただ、芸人は横笛奏者であるアキラ一人である。

(芸人「一座」はさすがにどうなんだ? )

 エイルは心の中で指摘した。

「なるほど旅芸人の用心棒ねえ。でも、あなたはハイレーンでしょう?」

 エルデは横に座っているエイルを指さした。

「コイツが用心棒。ウチはコイツがケガしたら治療する。そやから多少のケガでもへっちゃらな丈夫で長持ちする用心棒って事で地味に稼がせてもろてる」

 エイルはまたしても突っ込みたいのを拳を握りしめてじっと我慢した。この場面では口を挟まない方がいいのは明白である。エルデとやり合っていてはいつまで経っても核心にたどり着かない。

「お二人はいつも一緒という事?」

 キセン・プロットはエイルの様子を見て水を向けた。

「まあ、そうだな」

 これくらいはいいだろうと、エイルはそう答えた。あまり黙り込んでいても不自然に思われるかもしれないと判断したのだ。

「まあ。じゃあお二人はご夫婦? もしくは夫婦同然の間柄ってところ?」

 プロットの一言にエイルとエルデは思わず顔を見合わせた。だがエルデはすぐに顔を赤らめてエイルから視線を逸らせた。

「ちゃうちゃう。ウチらはそんなんやない」

「あらあら、軽くからかっただけなのに、効果覿面ね。顔に答えが全部書いてあるわよ」

 プロットがそう言うと、エルデの頬はさらに赤さを増した。

「何言うてんねん! ちゃうわっ! !」

 そう言って慌てて「夫婦疑惑」を否定した時には、拳が強く握られて、ソファから軽く腰が浮いてさえいた。それは言わばエルデの「素顔」の反応だった。


 異変はその時起きた。

 異変と言っても、鈍い人間なら気付かないほどの小さな変化である。

 プロット教授長の机の一部に、赤い光がともったのだ。どうやらスフィアのようなものが埋め込んであったらしかった。

 さすがにエイルもエルデもその変化には気付いた。当然ながら部屋の主人も。

 その灯りにちらりと目をやったキセン・プロットの顔色が大きく変わった。

「本当に……あなた達は何者なの?」

 そう言うとゆっくりと立ち上がり、そのまま後ずさった。

「私をどうしようというの?」

 エルデはそのプロット教授の様子を見ると、苦虫を噛みつぶしたような顔で目を伏せた。

「今の光は……ひょっとしたら精霊波の強さを測る精霊陣みたいなもんか?」

「よくおわかりね。さすがと言っていいのかしら。感応機がこんな色反応をするなんて、本来はありえないのよ」

 キセン・プロットの態度は、明らかに狼狽しているように見えた。

 エルデは顔を上げてプロットの一連の動作をじっと観察するように追っていたが、スッと立ち上がった。

「言うとくけどウチらには教授に対する敵意は全くない。ただ、ちょっと話がしたいだけや。教えてもらいたい事がある」

 エルデはそう言うと右手を前方に突き出し、小さく何事かをつぶやいた。直後、その手には三色の木を撚って作られた精杖が握られていた。

 それに呼応するように、先ほどの赤い光が光量を増した。

「そやから」

 エルデはそう言って精杖の頭をプロットに向けた。

「どこかで見てるんやろ? いい加減にエーテル体やのうて、本人と話をさせてくれへんか」

「え?」

 エルデの言葉に、エイルは思わず声を出した。

「コイツも、そうや」

 エルデはそう言うとさらに精杖を付き出した。

「さっきのも何となく違和感があってもしかしたらと思たんやけど、こっちのエーテル体は違和感がさらに微少やな。ウチでも相当注意深う観察せえへんと気付かへん位、よう出来たエーテル体や。そもそもこの部屋に入った時、人間は誰もおらへんかった。それは間違いない。そやのに忽然と現れるとかあり得へん。エーテル体なら話は簡単や。文字通り降ってわかす事が可能らしいしな。ちゅうか、ウチらみたいな人畜無害な二人連れ相手にどんだけ用心深いんや!」

 言うまでもなくエイルの目にはエルデの言う「エーテル体」と人間本体との区別はまったくつかなかった。そもそもエイルは「エーテル体」と言うものに初めてお目にかかるのである。

 いや、例外があった。シグ・ザルカバードである。確かエルデはあれもエーテル体だと言っていた。

(エーテル体には触れるのか? 触れば本物の人間と違いがあるのだろうか? )

 だが、当のエーテル体であるキセン・プロット教授長は後ずさりをしながら部屋の奥へと向かい、二人との距離を広げつつあった。

「あかん!」

 思わずその後を追おうとしたエイルを、エルデが止めた。

「そっちには罠があるに決まってるやろ」

 エルデの言う事はもっともだった。ここまで用心深い人物である。罠の一つや二つ、普通に仕掛けられているに違いなかった。

「信じて下さい」

 エイルはプロットを追うのはやめたが、代わりにそう声を出した。

「オレ達はあなたに危害を加えようと思って来た訳じゃないんです」

 エイルがそれ以上しゃべるのを止めようとしたエルデに、エイルはしゃべらせてくれと目で合図した。睨んだわけではない。懇願の目だ。エルデはその目を見ると何も言わず、エイルの顔の前に付きだした精杖ノルンを下げた。

「すまん」

 エイルは短い言葉で感謝の意を表すと、続けた。

「オレ達はこの街でアルヴ系の人達が迫害を受けて、命まで狙われているのがなぜなのか知りたいだけなんだ。たまたまキアーナ……キアーナ・ペンドルトンを見かけて……お節介だって言うならそうかもしれない。でももう関わっちまったんだから、しょうがないだろ? 『ふーん、そうなんだ』とかで見過ごせないんだよ。だから何か原因とか知ってたら教えて欲しいんだ」

 エルデの言葉に、プロットは立ち止まった。だが、決してそれ以上近づこうとはしない。

「その言葉を素直に信じろとでも言うの? 剣の柄に手をかけた剣士と、何も無いところから精杖を取り出してみせるような相当に高位のルーナーが揃ってやってきて『話が聞きたいだけ』ですって? このご時世、そんな言葉を信じろと言う方が無理というものよ」

「そっちこそ、似たようなもんやろ? ホンマは会うつもりなんか無かったくせに、二人のうち一人が瞳髪黒色やと聞いて、そんなら実物かどうかを見てみよか、っちゅうところやろ」

「私も命は惜しいわ。でも、瞳髪黒色と聞けば科学者としては確かめずにはいられない。つまりこれは当然の行動ではなくて?」

「『これ』っちゅうのはエーテル体で応対した事か?」

 プロットはうなずいた。

「私は臆病な人間なのよ」

「わかった。二人ともやめろ」

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