第四十九話 案内人 2/3

 アプリリアージェのその考えは間違ってはいなかった。

 少なくともメリドにその話を聞かされたアキラは、心の中でアプリリアージェに脱帽していたのだ。

 味方としては実に頼りになる黒髪の小さなダーク・アルヴ。だが、それがいったん敵に回ったらとことん厄介な存在になるに違いない事も改めて感じていた。

 アプリリアージェの全貌を知っているとは言えないアキラですらそう思うのである。シルフィード王国で彼女をよく知る人間はより強くそう思うはずであった。

 アキラはここに来て、ようやくアプリリアージェ達の「立ち位置」をおぼろげに理解しつつあった。

 それは極めて複雑な立ち位置に違いない。

 ファランドールという世界全体に関わる問題を優先するという、アルヴ族らしい考えがあるとは言え、一国の、それも大国であるシルフィードの王女を王宮から外に出すという国としての意向がそもそも理解出来てはいなかったアキラだが、一つの仮説を構築しつつあった。

 シルフィード側、この場合は先王アプサラス三世には、娘でありカラティアの唯一の直系後継者であるエルネスティーネを王宮から「逃がす」必要があったのではないのか、という仮説である。

 そう思えば、一見絡まりあって複雑な関係にあるように見えるアプリリアージェ一行は、それぞれ目的のはっきりした一本の糸で繋がっていると理解できる。

 エルネスティーネの王宮脱出はそもそも国としての意向などではない。限られた人間だけが知るまさに極秘事項である。

 逃避行ともなれば、当然ながらそこにはそれなりの力を持つ護衛の存在が必要である。

 そこでまず選ばれたのが、ハロウィン・リューヴアークという呪医と、強い力を持つ水のフェアリーという触れ込みのルネ・ルーの二人である。

 アキラは直接この二人の「力」を垣間見たわけではない。しかしハロウィンとルネの纏う精霊波が常人とは違うという事は常に感じていた。

「事」が起こったならば、その力を目にする事ができたのであろうが、その前に彼らはいったん行動を別にしている。

 とは言え、彼らの代わりにエルネスティーネを守る為に合流した「ル・キリア」の精鋭による小隊がいた。

 彼らの実力については、その全貌ではないにせよ、ジャミール一族の出発の祭典の席で、アキラは自分の目で確認している。疑いようもなく、小規模な戦闘であれば王女を守る事など造作もない実力を持っていた。

 そして一行の指揮を執る事になった小さな女司令官の能力の高さについては、もはや疑いようがない。アキラは同じ兵力同士でぶつかった場合、アプリリアージェ達に勝利する事は難しいと感じていた。いや、認めたくはなかったが、おそらく敗北するに違いないと計算していた。要するに指揮官としての能力は自分よりも上であろうと推量していたのである。

「敵に回せばもっともやっかいな存在」

 その人物をエルネスティーネの側に付けた事の意味は大きい。

 すなわちアキラはこの時点でこう想像した。

「アプサラス三世は自らの死期を知っていた」のではないか?  そして、

「王宮がエルネスティーネにとって危険」な場所になっていたのではないか?  と。


 そこまではいい。

 しかしそうなると一番大きな問題が未解決である。

 エルネスティーネは、どこに向かっているのか? という事だ。

 エレメンタルがどこに居るともわからない別のエレメンタルを探して闇雲に動いているというわけではないだろう。しかし、身の危険を顧みず、その為の情報を得る為に「未知の空間」へ向かう必要があったのもまた事実である。

 つまり、アキラの考えはこうである。

「エルネスティーネは別のエレメンタルと同盟を組む事で、それを自らの勢力・軍事力とし、シルフィードに帰還の後、これを改めて統べる」

 それは果たしてこれからはじまるであろうドライアドとシルフィードの戦争の前になるのか、はたまた戦争が終わった後に、つまりシルフィード王国の敗戦後、カラティア朝の嫡子として相当の「領分」を主張しに出てくるのか……。

 伝説通りエレメンタルが相当な数の軍隊に匹敵する圧倒的な力を持っているというのであれば、可能であろう。しかも一人ではなく二人以上のエレメンタルがいるとなれば相当な軍事力と考える事ができる。

 人心の求心力という点ではエルネスティーネは申し分ない存在であるし、そうなると戦争の大勢が決するまで安全な場所で身を潜めている方が得策と考えられなくもない。ただし、交渉すべき相手にエレメンタルが合力しているとなると話は別である。

 エレメンタルは四人居ると言われている。そのエレメンタルの全部、あるい過半数と同盟が結べれば、思惑が成功する確率が高い。その逆となれば、今度は排除される事になろう。

 要するに、エルネスティーネは他のエレメンタルを探し出し、そこで同盟がならなければそのエレメンタルを「排除」する用意もあるという事になる。

 いや、エルネスティーネ本人にその意図がなくとも、亡き王の命を受けたアプリリアージェであれば、間違い無くそうするのではないだろうか? 


 アキラの考えはそこにたどり着いた。

 しかし彼の考察には決定的な材料が欠落していた。

 ドライアドとの戦争でシルフィードが敗北する事を決めつけている点もさることながら、水精、すなわち水のエレメンタルは既にエルネスティーネ達と同盟下にある事実である。

 アキラの考えを借りるならば、既に半数の勢力となった風と水のエレメンタル同盟は、過半数を目指すべく後一人のエレメンタルを捜索している事になる。

 地精、大地のエレメンタルと、炎精、すなわち炎のエレメンタルである。

 アキラは炎のエレメンタルと思しき人物、ルルデ・フィリスティアードが、三年ほど前にアクラムの森で既に滅した事を知らされていない。それを知っているアプリリアージェが探しているのは、唯一大地のエレメンタルである事は知るよしもない。

 もっとも、なまじ知っていたとしてもそれは大した問題ではないだろう。アキラにはどうしようもないのだから。


 アキラの立場からすれば、ここでエルネスティーネ達を亡き者にしておくという選択肢がある。旅の仲間として、一行の事を好きになっていたアキラにしてみれば、保護という名の確保・幽閉が望ましいのは確かだが、エレメンタルという強大な力を持つ特殊な人間をそもそも「確保」など出来るとは思えなかった。

 アキラはそこまで考えてハッとした。

 ヴェリーユでの事件を思い出したのだ。

 夥しい数のルーナーによる過剰とも言える精霊陣に入り込んで身動きが取れなくなっているエルネスティーネ達の姿である。

(ヴェリーユも、確保出来ないから滅しようとしたという事か……)

 同時にアキラはヴェリーユで自身に起きたもう一つの事件の事も思い出していた。

 ミリア・ペトルウシュカの事である。

 ミリアは「今の事は放っておいて、とにかくエスカの力になれ」と言ったのだ。

 わざわざそんな事を言う為に、ヴェリーユくんだりまでやってきたわけである。言い換えるならば「風のエレメンタルには(今は)手を出すな」という事であろう。

 だが、ハイデルーヴェンでこういう事態になる事まで想定してはいないに違いなかった。アキラの援助はエルネスティーネに、風のエレメンタルにとって今は救いになるのである。

 エルネスティーネがいざとなれば、エレメンタルの力を解放して自らが助かる事は可能であろう。だがそれは同時にハイデルーヴェンのデュナンの命を相当数奪う事になる。

 生きる為には殺さねばならない。それも大量の命を奪わねば生き残れない状況になるであろう事は容易に想像がついた。

 エルネスティーネという少女が、それを望むだろうか? 

 アキラが知る限り、エルネスティーネはそれを良しとする人間ではなかった。メリドの命を助けた時に見せた、あの気高く凛々しい光に満ちた強い意思こそがエルネスティーネの本質だろうとアキラは確信していたのである。

 彼女を生かし続けようとするならば、今は周りの力に頼らざるを得ない。

 つまり、アプリリアージェ達ル・キリアの戦闘力と言う事になろう。ル・キリアの三人それぞれの戦闘力の高さはアキラも認めるところであるが、その戦力差がある閾値を超えた場合、もしくはヴェリーユの件を見ても明らかなように相手にルーナーがいて、その罠にかかった時点でエルネスティーネを守るべき「壁」は消滅する事になろう。ヴェリーユで精霊陣にとらえられた一件はそれを証明して見せたと言える。

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