第四十九話 案内人 1/3

 それはアキラとメリドがハイデルーヴェンの目抜き通りを目立たぬように人の流れに乗って歩きだしてから、すぐの出来事だった。

 前方から藤色のローヴを纏った一団が近づいてきた。

 それを灯火隊と知っているアキラは、前を往くメリドに声をかけた。

「すぐ横の店に入れ」

「え?」

 驚いたメリドが思わず振り返った。だがその時にはアキラは既に目の前にある酒場の扉をくぐっていた。メリドは一瞬迷いはしたものの、選択肢が無い事を認めるとその後に続いた。何か意味があるのは間違い無かった。メリドの戦士としての本能がアキラに続けと指示を出したのだ。


 アキラは灯火隊がルーナーでまとめられた集団であることを知っていた。そして、ルナタイトに灯りを点けるだけではなく自警団として機能している事も。

 前方からやってくる灯火隊を一瞥したアキラは、そこにデュナンしかいない事を確認すると、大事を取ってすれ違う事を避けたのだ。

 ここがアルヴ族を排除する街であるのかどうかはまだわからない。だがエルネスティーネの言うとおり、やはり外にもアルヴ族はおらず、灯火隊にもいなかった。自警団としての灯火隊はひょっとするとアルヴ族の摘発も行う可能性が充分にある。

 アキラはそう判断したのだ。

 ルーナーならば近くのアルヴ族を見つけ出すようなルーンが、例えば手に持つ精杖に付加されている可能性がある。

 アキラは以前どこかの市で、見た目はまったく同じ三つの瓶の中から、水の入った瓶を的確に選び出す事ができる見世物士を見かけた事があった。後で捕まえて尋ねてみると低位ながらもルーナーで、精杖に水を感知するルーンを仕込んであるのだという。

 水と違って人種を選び出せるルーンがあるのかどうかまではアキラにはわからなかったが、灯火隊がそれぞれ持つ精杖を見た時、その時の記憶が蘇ったのだ。

 大事をとってやり過ごす方がいい。そういう判断であった。

 そしてアキラにはそれとは別にもう一つの思惑があった。


 アキラは店の中をさっと見渡し、出入り口から死角になる席がある奥まったテーブル席を見つけ出すと、不自然にならぬ速さでそこへ向かった。メリドもそれに続く。二人とも、もちろんフードは被ったままだった。

 アキラは顎でメリドの席を指示すると、続いて自分も席に着き、それとなく入り口の様子をうかがった。灯火隊が入ってきたら、相手が構える暇も与えず即座に打ち倒して突破する気でいた。

 やりたくはないが、やらざるを得なかった。店の奥の席は死角ではあったが、隅に位置していて逃げ場がない。向かうしかないのである。

 それを承知で選んだ席なのだ。

 アキラはここに来てミヤルデ・ブライトリングとセージ・リョウガ・エリギュラスの二人の部下とヴェリーユで別れてしまった事を後悔しだしていた。

 だが、あの状況下ではアキラに出来る事は何もなかった。連絡を取る時間はもちろん、合図を残すような余裕もなく、ただ力一杯走り続けるしかなかったのだから。そもそも向かう先すらわからない状態だったのだ。

 だが、ヴェリーユに異変があった事については二人とも知っているはずである。広場の事件を目撃していなくともあの竜巻は見たに違いない。

 だとすれば、翌日の定時になっても待ち合わせ場所にアキラが現れなければ、ミヤルデは事件との関連性を疑うはずであった。いや、ミヤルデの立場とすれば既に異変との関連性の確認作業に入っていると考えるのが妥当であろう。

 ミヤルデ達がアキラの異変を確認した場合、ヴェリーユを去ったアキラの行き場所を当然推理するはずである。

 素直に考えれば、ヴェリーユから手近な、ここハイデルーヴェンにたどり着くはずであった。少なくとも最初に確認に訪れる事は間違い無い。少なくともアキラがミヤルデの立場であれば、ハイデルーヴェンを外す事はしないはずである。

 たどり着いてくれるはず……。どちらにしろアキラは部下を信じてそう思うしかないわけである。

 ならばいったん安全確保ができた今こそ、アプリリアージェの隙を見てミヤルデとセージに何らかの合図を残しておきたいと考えた。

 灯火隊との遭遇はアキラにとってはある意味で窮地でもあり、そして好機でもあったのである。

 店の中ならば、アプリリアージェの目は完全に遮断されている。目の前にいるのはメリドだけなのである。

 そのメリドはそもそもアキラに対する疑惑などは一切持っていない事は間違い無い。アキラはメリドにとって命の恩人の一人であり、ジャミールの里に留まっていた際にもお互いは交流を深めていた。さらにその後は一ヶ月近くもの間、ヴェリーユで共に過ごしてきた仲である。アキラにしろメリドにしろ、互いにある程度の情や信頼と言った深い感情で構築されたつながりがあった。

 いや。

 アキラは今ならば相手がティアナであろうと信頼で油断させるだけの自信を持っていた。


「メリドはここにじっとしていてくれ」

 アキラはそう言うと目立たぬように席を立ち上がった。

「給仕が来るより前にカウンターで飲み物をもらって来よう。ついでに外の様子を見てくる」

 メリドはうなずいた。

 アキラの意図は既に理解していた。彼もまた灯火隊の存在を知る人間である。それだけに、遭遇回避の為にとっさにこの店に入るよう指示したアキラの機転に感心はしていたが、その行動には一切疑いを持っていなかった。

 灯火隊をやり過ごしてから、通りに出ればいいのだ。幸い店に入る時にも特に見とがめられる事はなかった。外は雪が舞い始めており、フードを被ったままで店の中に入り込んでも、特に怪しまれる事はなかった。

 出る時にフードを被っている事は入る時よりも自然であろう。さらに、ダーク・アルヴであるメリドならばその軽い身のこなしで、出口まではあっという間に違いない。

 メリドの席からはカウンターや外が見えない。兵士長という立場上、こういう場合に下手に様子を伺う事は失策に繋がる事をよく知っていた。

 つまりメリドは店内でアキラがとる行動を目にする事はなかったのである。

 そのアキラも、メリドが待ちくたびれる前に席に戻ってきた。手にはビールが入った陶器製のゴブレットが二つあり、もちろん一つはメリドの前に置かれた。

「落ち合う場所はどこになったんだ?」

 あの短い間でアプリリアージェが決めた場所である。ハイデルーヴェンの地理に明るくはない人間が決める場所といえば、今まで通ってきた道沿いで、しかも記憶に残る場所であるはずだった。

 だが、メリドの答えはアキラにとっては意外な場所であった。

 ドライアド王立貴族学校付属ハイデルーヴェン研修所。それがメリドが口にした場所であった。

「ふむ。確かにそこならば……」

「そこでアモウル殿に、例の公爵符を使っていただきたい、と」



 アプリリアージェがドライアド王国の施設の存在を詳細に知っていたわけではない。だが、土地勘のあるメリドに思いついた事を尋ねる事はできたであろう。

「ハイデルーヴェンにはドライアドの公的な機関はあるのか?」

 そう尋ねればいいのだ。

 メリドが知っていて、真っ先に口にするところがあれば、それはそれなりの機関という事になる。ならば、エスタリアの公爵の力が及ぶ場所ではないのか? 

 利用できる物は利用する。それこそが合理性を重んじるアプリリアージェの真骨頂でもあった。

 アキラが公爵符を使い、建物内にそれなりの場所をまず確保させる。その後、隙を見て残りの仲間を招き入れればいいわけである。ドライアドの公的機関ならば外向きの「壁」も厚いに違いない。物理的にも、政治的にも。

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