第三十二話 再会 3/3
「ええっと」
目を開けたエルデは小さく咳払いをするとヴェリーユ組を交互に見比べて、口を開いた。
「ウチはエルデ。エルデ・ヴァイス。顔かたちは前と違うけど、中身はエルデやから、今まで通り『エルデさま』でよろしく頼むわ」
「『エルデさま』のどこが今まで通りなんだよ」
エイルがすかさずそう突っ込んだが、エルネスティーネの耳には届いていないようだった。
「こ、こちらこそよろしくお願いします、『エルデさま』」
エルネスティーネはそう言うと、左手をエルデに差し出した。
「いや、『さま』は冗談やから」
エルデが少しばつが悪そうな声でそう言うと、ティアナが反応した。
「冗談なのか?」
「冗談に決まってる。だいたい今まで『エルデさま』とか呼んだことないやろっ?」
「ふむ。言われてみればその通りだ。とにかく驚いたが納得した。こちらこそ今まで通りよろしく頼む」
ティアナはエルネスティーネと違って手は出さず、そう言うと軽く会釈をした。もちろん、キャンセラがルーナーに触れる事を避けたのだ。
エルデはそれを見て、ティアナに同じように軽く目礼で返すと、エイルの服を摑んでいた手を離し、エルネスティーネの手をそっと握った。
「ま、こんな姿形になったけど、中身は変わってへんから、改まらんでもええんやけど、とりあえずよろしゅうな」
だが握手を終えると、エルデはすぐにまたエイルの服を摑んだ。
エルネスティーネは先刻からやはりエルデのその態度がどうにも気になっていた。
「とりあえず」
アプリリアージェがいつもの微笑みを浮かべながら一同に声をかけた。
「説明は省きますが、ごらんの通りエルデはエイル君に借りたマントと靴以外、自分のものを何も持っていない状態なので、急ぎ必要な着替えや装備を一通り買いそろえに行きたいのですが、他の皆さんは今どこに?」
「アモウルさんとメリドさんはいつものように町に出てシルフィードの情報収集をされているようです。情勢が慌ただしくなってきているのです」
エルネスティーネの言葉にアプリリアージェはうなずいた。
「リーゼは?」
それにはティアナが答えた。
「この時間はマナちゃんと風呂です。この宿には個室風呂があって、リーゼはえらく気に入っているようです。その……マナちゃんも」
ティアナの説明に、アプリリアージェは眉根を寄せた。
「マーナートってお風呂好きなんですか?」
「そのようです。私も驚きました。まあ、そう言うわけで毎日この時間には彼らはそこでのんびりしていますから、今日もたぶんそこでしょう。マーナートもそうですが、私はここへ来るまでリーゼが風呂に入るのを見たことがありません。ですから、てっきり風呂嫌いだとばかり思っていました。だから二重の驚きです」
「きっと二人とも恥ずかしがり屋なんですよ」
アプリリアージェはそう言うとチラリとファルケンハインの方を見やった。
「そう言えば俺もリーゼと一緒に風呂に入ったことはないな。直属の副官だったアトルならその辺の事情も知ってるかもしれんが、まあ、人にはいろいろ言いたくない事情もあるだろう。あまり詮索はしてやるな」
エイルはそのやりとりを聞いて、ジャミールの迎賓殿で真夜中に時々耳にした水音のことを思い出していた。
(リーゼはあんな時間に一人で入っていたということか)
だが、テンリーゼンと風呂の話題はそこで終わった。アプリリアージェが話題を変えたのだ。
「ハロウ先生達はまだ合流していないのですか?」
問われたティアナはうなずいた。
「まだです。情勢が急変しましたから、交通の手段などが混乱しているようです。だから少し遅れているのではないかと思われます」
アプリリアージェはそこまで聞くとわかったという風にうなずき、今度はエルネスティーネをエルデの横に並ばせた。そしてしばらく見比べていたが、うなずくと全員に指示を出した。
「エルデの服の買い出しにはティアナとファル、それにネスティの三人でお願いします。服の寸法はネスティより一回り大きめの物を買っておけば合いそうですね。靴は着替えた後で本人を連れて靴屋に行きましょう。買い物の途中でここから最短距離で向かえる靴屋の確認をしておいて下さい。ファルは途中、伝信の確認を。私はここでリーゼとアモウルさん達が戻るのを待つ事にします」
いいですね? という風にアプリリアージェが一同を見渡すと、全員がうなずいた。
「では、日が暮れる前に事をすませて、今夜は久しぶりに大勢でゆったりと食卓を囲みましょう」
「あ、お遣いを頼みたいんやけど」
エルデはそう言うとティアナにペンと紙を用意させ、頼みものを書いてそれを渡した。
「ゲルダモーデ、キャラダグナ、タベンポーレ、ダグナザンドル、チューカレッタルート、ダダグモラン、ガダリクレンド……って、なんだ、これは?」
そこにはティアナにとっては脈絡のない、いや殆ど見た事も聞いた事もない品物が列記されていた。それぞれいくつかの項目ごとにひとくくりにされていたが、半分以上ははじめて見る名前で、いったいどこで手に入れればいいのかわからなかった。
「とりあえず、コイツの髪の毛を茶色に染めとこうと思って。その染料を作る為の材料や。売ってるところは……」
エルデはそれぞれの材料を売っている場所ごとに纏めて記載していた。それを説明すると、ティアナは一応うなずいてみせたが、怪訝な顔のままでエルデを見た。
「ひょっとしてルーンが使えなくなったのか?」
エルデは首を横に振ると、簡単に説明した。ヴェリーユではルーンを下手に使えない事を。
「そもそもウチがエイルの体に同居するようになったんは、ここヴェリーユで不用意にルーンを使ってもうた事が発端なんや。二年振りに来たけど、忌々しい事この上ないわ。今でもあの時の事を思い出すとはらわたが煮えくり返るほどムカつく!」
「そ、そうなのか」
エルデの結構な剣幕に、ティアナは思わず一歩後ずさった。
「頼んだで。目の色はルーンを使わんとムリやけど、髪の色だけでも目立たんようにしとかんとな」
エルデの言葉にうなずいたティアナと一緒に部屋を出て行こうとするエルネスティーネに、エルデが思い出したかのように声をかけた。
「あ、それからネスティには重要な事を言い忘れとった」
「何でしょう?」
「服の事やけど」
「はい。お好みの色とか柄はありますか?」
「いや、そっちやなくて寸法の事やけど」
「ええ」
「他のはネスティの一回り上でもええけど、上の方の下着はネスティより二回り以上大きいヤツにしといてくれるかな」
エルデはそう言うとニヤリと笑って見せた。
「ウチ、窮屈な下着はいややねん」
エルネスティーネの顔が見る見る赤くなった。と思うまもなくその表情は憤然としたものに変わった。
「私より二回り以上大きかったら、ブカブカになりますよ。それでもいいんですか?」
「へえ。ウチの、見たんか?」
「見なくても、そのマント越しで充分わかります。いたって普通じゃないですか。私だって普通くらいです」
「ウチは普通よりちょっと大きめなんやで。ウソやと思うなら、エイルに聞いてみ」
「え?」
エルデは意味ありげにニヤリと笑うと、エイルの方に顔を向けた。
「エイルはウチの裸は見慣れてるもんな?」
「いやいやいやいや」
エイルは慌ててかぶりを振った。
「誤解するような事を言うんじゃねえ!」
「全然見てへんとでも?」
「そ、それを言うならリリアさんだって、ファルだって……」
「その辺にしておけ、エルデ」
自分におはちが回ってきそうになったファルケンハインが慌てて取りなした。
「裸に近い形でエルデの体が保管されていただけだ」
ファルケンハインはエルネスティーネにそう言った後で、チラリとティアナの方に目をやったが、当のティアナは興味深げにエルデの胸の辺りを注視していた。
「わ、わかりました! ブカブカでも文句は言いっこなしでお願いしますね」
エルネスティーネは引きつった笑いを浮かべると、かなり伸びてきた髪を翻して部屋を出て行った。ティアナが慌ててそれに続くと、ファルケンハインがアプリリアージェに黙礼をしてその後を追った。
「あのさ」
その様子を見ていたエイルはすぐ横にいるエルデに声をかけた。
「ん?」
「なんか、ネスティって様子が変わったと思わないか?」
「どうかな……」
エルデは一行が出て行った扉に目をやると、ぽつりとつぶやいた。
「変わったっちゅうか、あれが本来のネスティなんかもしれへんな」
「本来の、ネスティ?」
「言葉に力がある。眼差しに熱がある。纏うエーテルも強うなった」
「そうか」
エイルはそう言って小さなため息をついた。エルデが同じような事を感じていた事がわかって、少し嬉しかったのだ。
「あ、そうだ」
「ん?」
「実はずっと気になってたんだけど、その手」
エイルが指さす先は、エルデの左手だった。エイルの服の裾をしっかりと握っている。
「あ」
エルデは自分の左手を見て、小さくそう叫ぶと、エイルの服から手を離した。
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