第二十話 疑問 4/4

「そうか」

 アプリリアージェが投げた言葉にシグは無反応だった。その様子からルルデの件が知られているのは想定内のようだった。もしくはアプリリアージェ達に意識が戻る前の間にエルデから道中の話を聞いているのかもしれない。

 だが、アプリリアージェにしてみれば、大地のエレメンタルの所在を協会側がまだ知らないであろうという事がわかれば十分だった。

「もう一つだけお答え下さい。エレメンタルは『合わせ月』の日、何の為にマーリンを復活させるのでしょう?」

 シグはその問いを聞くと精杖を持たない方の手で顎の髭を撫でた。

「巧妙な話術じゃな、ユグセル中将。有能な戦略家だとは聞いていたが、どうしてどうして。臨機応変の戦術にも舌を巻く」

「恐れ入ります」

「だが相手によりけりじゃ。会話の波に乗せたと思わせたのであろうが余の立場は不変じゃ。前回と同様『知ってどうする』と言うしかないであろう?」

「御意。私が浅はかでした」

「余の立場は不変じゃが、会話に乗せられたついでに独り言をつぶやくことを自制したつもりはない」

 アプリリアージェの下がり気味の目尻がさらに下がったように見えた。

「そもそもエレメンタルがマーリンを復活させた場面など見たものはいない。そもそもエレメンタルが四人揃ってマーリンの座に集った試しはないと言われておる」

「それは、やはり?」

 シグは視線をチラリとアプリリアージェに注いだ。

「おや? そちも独り言か?」

「独り言が多いと部下にもよく指摘されます」

 部下であるファルケンハインはその言葉を聞いた《真赭の頤》が少し嬉しそうに笑ったように思えた。


「エレメンタルは強大な力を持つ。だが力を己のものとする器としての能力がその力と釣り合うとは限らぬ。自らの力に溺れ自滅したか、マーリン正教会のようにエレメンタルに対する者に倒されたか、はたまたエレメンタル同士で倒しあったか……どちらにしろ四人のエレメンタルが揃ってマーリンの座に集った例は有史以来ないとされておる。マーリンがそうなるようにエレメンタルを『設定した』のか、さもなくばエレメンタルの理(ことわり)がマーリンの誤算だったのかは我らにはわからぬが、な」

「我々は正教会が……四人を揃え、マーリンの座に迎える為に動いていると理解していました」

「表向きはな。だが実のところはさっき伝えた通りじゃ」

「なぜです?」

「そうだな。少なくとも……正教会、いや賢者会はファランドールを救う為だと信じておる」

「マーリンが復活するとファランドールが滅びると?」

「だから何度も申しておる。マーリンが復活した例(ため)しはない。従って誰も答えなど持っておらぬ。さあ、独り言もここまでじゃ」


 アプリリアージェは堂々巡りをして核心には触れようとしないシグの態度に業を煮やしてはいたが、それ以上の解が引き出せないのは仕方のない事だとも理解していた。だが、情報はできるだけ得ておきたい。たとえそれが正確な情報ではなくても、である。

 しかし気になる事がもう一つあった。


「前言を撤回するようで恐縮ですが、さらに質問をすることをお許し下さい。これは賢者エルデ・ヴァイスが本来の体で意識を回復される前に伺っておきたい事なのです」

「聞こう」

 ほんの一瞬だけ思案はしたが、《真赭の頤》はうなずいて見せた。

「先ほどの解呪の術式が行われる前に、賢者エルデ・ヴァイスはいったい猊下に何を懇願していたのでしょうか? 我々はお二人の話の途中で目覚めた為に、話の全容がわからずにいるのです」

 シグの目に警戒の色が宿ったのをアプリリアージェは見逃さなかった。だが、ここは戦術通り素直に尋ねるべきだと決めた。

「我らは風のフェアリー。耳聡い業を持つ者。聞くつもりではなく聞こえてしまった事に対してどうしても疑問が生じるのはご理解いただきたいのです。賢者ヴァイスのあの態度は尋常な願いではないように思いました。したがって、どうしても気になって仕方がありません。ですからこれは賢者ヴァイスの仲間としての願いです。目が覚めたとしても彼女の口から真実を語ってもらえるかどうかが定かではない以上、その師に伺いたく存じます」

 シグは今度のアプリリアージェの問いには少し間をおいて答えた。

「提督は今、瞳髪黒色(どうはつこくしき)の賢者を仲間と申された」

「はい」

「では、その仲間である本人にこそ問うべきではないのか?」

「御意。ですが……」

「その仲間の口から出る言葉こそを信じるべきではないのか? それが出来ないと言うのであれば、それで仲間と言えるのか?」

「それは……」

 アプリリアージェは言い淀んだ。

 もちろん、シグの言う事は詭弁にもならない、その場を回避する為の言い訳のようなものだった。だが、それをもっともだと思う自分を発見して戸惑っていたのである。

「仲間だから、です。猊下」

 たまりかねたようにファルケンハインが叫んだ。

「ファル!」

 上官は慌てて部下を制した。

 だがシグは逆にそのアプリリアージェを制した。

「かまわん。今、何と申した?」

 アプリリアージェの予想に反して大賢者はファルケンハインを無視するような事も、機嫌を損ねるようなこともなく落ち着き払ってそう聞き直した。

「賢者エルデ・ヴァイスは我々の仲間です。おそらくエルデも今では我々を仲間だと思ってくれているはずです。ならばあいつ……いえ、彼女は我々に気を遣って本当のことを言わないのではないのでしょうか? 少なくとも我が司令官の言葉はそれを危惧してのものです。かく言う私も全く同じ気持ちです。はからずも先ほど目にした、あのなりふり構わずにあなたに何かを頼み込む姿は日頃の賢者ヴァイスからは想像もできません。あれを見れば誰であろうと尋常な事態ではないと思うでしょう。エルデが……賢者ヴァイスがああまでしてあなたに頼んだことを、仲間として知っておきたいのです。エルデは……いつも我々には自分の弱い部分を見せないようにしています。ですが一緒に旅をしている我々にはもうわかっているのです。あいつ……いやエルデは口が悪く、様々な憎まれ口は叩きますが、結局その本質は自分よりも他人を思いやる事にあるように私には感じられてなりません。ですから我々はエルデがあなたに何を頼んだのかを是非知りたい。司令がそれを尋ねたのは、おそらくその訳が非常に重要な事だと考えているからなのでしょう。それに話を聞かないと我々に力になれる事があるのか無いのかもわかりません。なにとぞ……」


 珍しくファルケンハインが一気にそうまくし立てた。

 アプリリアージェさえも驚くほど、ファルケンハインの言葉には感情が乗っていた。

「わかった。なるほど、よくわかった」

 精杖を手にしたシグは、ゆっくりと弟子が横たわる寝台に近づき、その黒い髪をそっと撫でると、静かな声でその眠れる少女に語りかけた。

「師として言わせていただければ、あなたは本当に……賢者には向いておりませんな。今更ながらにエクセラーにもコンサーラにもなれぬと判断した自分の確かさに感心するばかり。間違いなく歴代の我が弟子の中では一番の落第生ですぞ。ですが、仕える者としては、また違う評価にならざるを得ません」


 シグの一人語りを聞いたエイルは、また違和感に襲われた。

 師匠が弟子に掛ける言葉ではない。ましてや孫程年齢が離れた弟子に対しての言葉としては異常と言えた。

 シグは「仕える身」と言った。それが答えなのだろう。だがそれがいったい何を意味しているのかはエイルにはさっぱりわからなかった。

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