第十五話 モテアの少女 2/4

「噓じゃねえぞ。要するに変な棒っきれってことだ。見ての通り木の刃で槍としちゃ偽物だから危険物じゃねえ。だから気にするな。ちょっと訳ありでこいつはその槍を気に入ってて片時も離さないのさ。言ってみりゃ装飾品みたいな物だ」

「ふむ。そうなのか」

「ついでに言っとくと、こいつは死んだ爺さんが目をつぶってても避けられるほどの槍の腕前の持ち主でもある」

「ほう? この屋敷では死人が動くのか?」

 傍目にはエスカにいいように言われている少女だったが、特にムッとした表情を浮かべるでもなく、「花盗人」という名の木刃(もくじん)の槍を背負い、ぼんやりとした表情のままで佇んでいた。

 その表情とその隙だらけの立ち姿を見て、確かに槍の腕前は期待できなさそうだとニームは思った。そもそもその少女からは武器を使う者に特有の鋭さが全く感じられなかった。それどころか積極的に「鈍そう」だと言った方が納得出来る雰囲気なのである。

 ただ、エスカの話が本当であれば、たとえ木の刃であろうと間違いなくその槍はルーンが仕込まれている、いわゆる妖槍といわれるものであることは確かだった。

 ニームの興味は、その妙な銘のついた槍の方に移った。

 気になるところがあったのである。


「『花盗人』、『花盗人』……」

 急に腕を組み、眉間に皺を寄せてぶつぶつ言い始めたニームを、もちろんエスカは不審に思った。

「知っているのか? この珍妙な槍の事」

「いや。知っているというか、多分知っているかもしれないというか」

「なんだよ、お前らしくねえな。はっきりしろよ」

「そのビミョウな力と、同じくビミョウな銘……多分、同じ作り手によるものだと思うが」

 ニームはそう言うと、自分の首飾りを指さした。その首飾りは、中央に珍しい大きめの三角のスフィアを配してあり、その左右に大中小取り混ぜた球体のスフィアが列(つら)なっているものだった。

「その槍は妖槍というよりもおそらくは呪具だな。この首飾りも実は呪具。多分同じ呪具師によるものだろう」

「ビミョウな銘ってことは、おまえのその首飾りにも『花盗人』みてえなビミョウな銘があるって事か?」

「『蛇の目』」

「『蛇の目』? それが銘か?」

 ニームはうなずいた。

「ほう。で、そいつのビミョウな力ってのは何だ?」

「この首飾りをしていると、雨が降っても濡れないのだ」

「なんだよ、それ?」

「何だよと言われても。そういう能力なのだから仕方ない」

「それが何で『蛇の目』なんだよ?」

「なんでも大昔、どこかに蛇が睨むと雨が止むという言い伝えがあったそうだ。それに因んだのだろう」

「なんというか、確かにビミョウな呪具だな」

「で、あろう? そういうちょっとワケのわからない呪具師の作ったものだ。もっともその呪具師の名前はわからないし、意味合いの本当の事はもう知るすべもない。だが、そもそもその呪具師の呪具というのは、ヴェリタスの賢者会にある「庫(くら)」と呼ばれる特別な管理庫で厳重に保管されていて私のような賢者くらいしか所持できぬものなのだ。そのモテアの侍女が所有しているということ自体に興味がある」

「つまりそいつは賢者御用達の呪具師ってことか?」

「簡単に言えばそうなるだろうな。だがさっきも言ったとおり、その者は謎の人物で、もはや伝説となっている。詳細は不明だ」

「ほお」

 エスカは感心したようにうなずくと『花盗人』を背負ったアルヴの少女に向き直った。

「なんか、本来は賢者様がお使いになるヤツらしいぞ、その槍」

 ニームは珍しい斑の髪をした少女がその槍をいったいどうやって入手したのかが気になっていた。もし『花盗人』がその呪具師の手によるものだとしたら、一般人が手にしているのは異例だった。少なくとも彼女が知る限りでは初例であった。

「あ、先に言っとくが、誰からもらったか聞いても無駄だぞ。それについちゃ、こいつは絶対喋ろうとはしねえからな」

 今まさにその問いかけをしようとしていたニームは、飲み込んだ息をため息に変えてゆっくり吐き出した。

「ちょうどいいや。ちょっと教えてくれ。その呪具ってやつだけど、他の人間には使えないのはどういうことなんだ?」

「ああ……」

 ニームの話によると、呪具は持ち主と契約をすることによりその機能を発動するのだという。いったん契約を結んだ呪具を未契約の状態にする為には相当な力を持つ解呪師(かいじゅし)に頼んで解呪してもらうしかなく、その伝説の呪具師による呪具の解呪ができる人間はヴェリタス、つまり正教会の中にももはや存在しないのだという。

「契約は持ち主の血を注ぎ、自分の本名と呪具の正しい名前を呼びかけることで成り立つ」

「そうなのか?」

 ニームの話はエスカにとってはすべてが初耳だった。振り返って斑髪の少女にそう尋ねると、少女はぼんやりした顔で少し迷うようなそぶりを見せた後小さくうなずいた。そうした、という意味であろう。

 それを見て、エスカはそれ以上の追求がニームの口から出される前に話題を変える事にした。いや、本題に戻ったというべきであろう。


「お前が部屋の掃除をしたのか、スノウ?」

 エスカは、気安い言葉でその少女の名を呼んだ。

「はい」

 少女は顔を上げると、ぼんやりともおっとりとも取れる声で短くそう答えた。

「速いな。お前一人でか?」

「いいえ。私を入れて十八人がかりで」

「そうか……って、屋敷の人間をほぼ総動員かよ」

「最優先事項だと判断したから」

 スノウは顔の表情を一切変えず、口だけを動かしてそう答えた。

「アンナばあちゃんまで引っ張り出したのかよ?」

「アンナばあちゃんが皆んなを引っ張り出したの。どうでもいい事をいつまでもネチネチと言うのはエスカの悪い癖よ」

 主に対するその容赦のない物言いにも、エスカは不快な表情を一切示さなかった。いつもの事なのであろう。エスカは小さく肩をすくめてニームの方に向かってチロリと舌を出して見せた。

「それで、バード様はどちらに?」

 のんびりした調子でそう言うと、スノウは部屋の中をぐるっと見渡した。

 つまり、彼女の視点では部屋の中にバードらしき人物の姿は見つからなかったのだ。

「そのお嬢様は?」

 目的の人間が部屋の中にいない事を確認すると、スノウは心に浮かんでいた次の問題を解決すべく、ニームの事をエスカに尋ねた。

「エサの匂いをかぎつけて迷い込んできたネコだ」

「え?」

「誰がネコだ!」

「ほう。そっちに突っ込んだか」

「どうやらエスタリアの人間は揃いも揃って人を見た目だけで判断する気質のようだな」

「いや、百人いれば百二十人くらいはスノウと同じ反応をするだろ?」

「むむむ」

「スノウ、すまんがこのチビにおやつのお代わりを頼む」

 エスカのその言葉に、ニームは足で床を鳴らして抗議した。

「待て。この私に向かって『おやつ』だと? 私をいったい誰だと」

「いらないのか? おやつ」

「そ、それは……せっかくだからいただくが」

「おいおい、マジでまだ食うのかよ」

「私は育ち盛りなのだ!」

「育ち盛りって。おい、ニーム。お前、本当のところ何歳(いくつ)なんだ?」

「じ、十五歳だ」

「――マジかよ?」


「お前には隠し事はしない。本当に十五だ。でも、子供ではない。背は低いが、体はもう大人だ」

「体って……。いや、ちょっと待て。ヘロンの狸ジジイは信じてるのか、お前が二十八だとかサバ読んでるのを」

「おそらくバレてはいない。十五歳の特級バードなど居ないだろうが?」

「お前、そりゃ噓つきにもほどがあるんじゃねえか? 賢者ってのは噓はつかねえって聞いたぞ」

「失礼な。噓ではない。バカにされない為の手段と言え、手段と。私はアルヴィンの血が入っているデュナンではなく、デュナンの血が入っているアルヴィンだ」

「詭弁っていう言葉を知ってるか?」

「そんな言葉は忘れた」

「おいおい」

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