第十五話 モテアの少女 1/4

「して、クレハ様はいずこにいらっしゃるのですか?」

 一通りの事情を摑んだロンドは、まずはそう質問した。

 ニームの話の信憑性については一切の疑問・質問はせず、今後向かうべき課題への情報を求めたのだ。

 それはすでにロンドがニームに対して信頼感を持っていたからである。彼の主が胸襟を開いた相手なのだ。こと人を見る目にかけてはエスカ・ペトルウシュカは非凡な才があった。それを知っているからこそロンドはエスカの評価に全幅の信頼を置いていた。その主人が「俺はこいつを信頼する」という合図をロンドに送っていたのである。それは同時に「お前もこの人物を吟味しろ」という意味も含まれていた。

 しかしロンドには異議はなかった。出された食事を毒味などする振りもなく本当に嬉しそうに、そして美味そうに食べる姿の邪気のなさに、ニームの本質を見つけたと思っていたのである。

「ちょっと待て、ロンド。お前、このチビの言うこと全部信じたのかよ?」

 エスカはさすがに驚いていた。三眼を見せてからロンドを説得する必要があると睨んでいたのである。同時にエスカ自身がまだロンドの事を見くびっていた事を思い知った瞬間でもあった。

「何をおっしゃいます」

 ロンドは呆れたような顔をしている主人に、こともなげにそう言った。

「エスカ様が信じているなら、私が疑う点はございません」

「いや、普通疑うだろ、こんな与太話」

「いえいえ。あれほど蕩けそうなお顔をして紅茶をお飲みになる方に悪人はおりません。それに、そもそもニーム様が尋常ならざるお力を持つバードだということは既に承知しておりましたので、お話を伺った事でむしろ得心しました」

「コイツの力を知っていた?」

「ええ」 

 ロンドはさも当たり前だという風に答えた。

「普通のバードごときに、割れた茶器をあっと言う間に元通りにする事など不可能ですから」

 ロンドのその答えに、ニームは感心したように尋ねた。

「ほう。なぜ修復されているとわかったのだ?」

 ロンドはちらりと主人の顔を見ると、小さく咳払いをしてから答えた。

「がさつな主を持ちますと、茶器の割れる音など飽きるほど聞いております。床に落ちただけなのか、割れてしまった音なのかわからないはずがありません」

「なるほど。ふむ。さすがだな」

「誰ががさつな主だよっ」

「貴重な什器備品がどれだけエスカ様の毒牙にかかったかしれません。この点だけはミリア様のお行儀の良さを見習って頂きたかったものです」

「毒牙って、おいおい」

「ニーム様はさらに素晴らしい命名の才能もおありです。これはもう望外のお味方ではございませんか?」

「いや、だから、命名の才能って……」

「『びっくり仰天』。まさに、でございましょう?」

「もういい。お前達が『人の話を聞かない同盟』という憎むべき暗黒結社の一員だということはよくわかった」

 ロンドは主人の横やりを軽くあしらうと、ニームに真顔を向け本題に戻った。

「それで、アリスの王、クレハ様は何処に?」

「そうだ。そんなすげえ力を持っているんなら、お前一人で十分だろ? 俺みたいにフェアリーでもルーナーでもない普通の人間に頼んでも仕方ねえんじゃねえのか?」

 エスカとロンドの問いに、ニームは真顔で答えた。

「『普通の人間』には頼まない。お前だから頼むのだ、エスカ・ペトルウシュカ」

 ニームのその態度に、主と執事長は顔を見合わせた。

「私一人の力などではもはやどうしようもない。これは国と国との戦いになるのだ」

 エスカはニームのその答えを聞くと居住まいを正した。

「詳しく話を聞こう」


 エスカがそう言った時、応接間の扉をノックする音がした。

 一同はその音に反応して一斉に扉の方を見つめた。

「バード様のお部屋の準備が整いましたので、お知らせに上がりました」

 扉の向こうで抑揚のない若い女の声がした。

 エスカ・ペトルウシュカは扉からニーム・タ=タンの方へ視線を戻した。

 何も言わず、ニームはそれにうなずいて見せた。エスカは軽くうなずき返すと、今度はロンド・キリエンカに顔を向け、小声で告げた。

「そういや例の話、まだなんだろ?」

「エスタリアへ帰す話ですか?」

 エスカはうなずいた。

「いえ、それでしたらとりあえずは手配済みです」

「マジかよ。今朝話したとこだぞ?」

「はい」

「相変わらずやることが速すぎねえか? こっちの心の準備がまだ出来てねえって」

「こう言うことは思い立ったが吉日でございますよ、エスカ様」

「まったく……」

「出来の良い部下を持つと、主は苦労するな」

 ため息をついたエスカに、ニームはそう言うと笑いかけた。

 エスカは小さく咳払いをすると、扉の向こうで控えている娘に声をかけた。

「入れ」

「はい。入ります」

 

 扉が開かれると、そこには深くお辞儀をした少女が立っていた。屋敷内にも関わらず、何故か槍を背負ったままで。

 少女はゆっくりと顔を上げた。

 それに呼応するかのように、甘い香りが仄かに部屋に入り込んだ。

 ニームはその香りに覚えがあった。

 ペトルウシュカ屋敷の門をくぐる時にむせるように香っていたあの匂いである。

 木犀の香り。

 その少女はその木犀の香りを部屋に運んできたのだ。

 背が高い。

 エスカもデュナンの成人としては平均よりも身長が高めだが、その少女はエスカよりもさらに少し背が高く見えた。その背筋の伸びた格好の良い体格と色白で端正な顔立ちはアルヴのようではあったが、耳は先端が細くなってはおらず、デュナンと何らかわりがなかった。瞳の色も青緑で純粋なアルヴではない事がわかる。デュナンとアルヴの血が混じったもの。つまりニームと同じく「デュアル」と呼ばれる混血であった。

 その無表情な顔はまだ成人直後といったところであろうか。見ようによっては、やや下がった目尻のせいで、あどけなくも見える。とはいえアルヴの血が入っている以上、デュナンの感覚で年齢を推定するのはむずかしい。

 だが、どちらにしろ若い娘である事には間違いがなかった。

「おお……」

 ニームはその少女の姿を見て、思わず声を上げた。侍女と思しきその少女が槍を背負っているのにも驚いたが、それよりもその少女の髪が目を引いたのだ。

 そう。現れた少女には一目見てわかる外見的な大きな特徴があった。

 ニームの視線は少女のその特異な髪に注がれていた。その特徴は後頭部の高い位置で一つに纏められた髪型ではなく、その色にあった。そしてそれはかなり特殊なものだった。


「モテアか」

 ニームは少女の髪を見て、うっとりとした表情を浮かべると、そう言った。

「知識としては知っているが、実物を見るのは初めてだ」

 赤と金。

 少女の髪はその二色が斑(まだら)になっていた。

 もちろん、それは文字通り人為的に塗り分けられていたわけではなく、いわゆる地毛の色が二色なのである。

 斑の髪(モテア)は極めて特殊な例で、ニームは生まれて初めて目にした。

 だから思わず感嘆の声が口を突いたのであろう。


 ニームに声をかけられたモテアの少女はすこし驚いた顔をしたが、すぐに元の無表情に戻り、ペコンとお辞儀をした。

「コイツが槍をいつも背負っているのは気にしないでやってくれ。あの『花盗人』はもうあいつの体の一部みたいなもんなんだ」

「はなぬすびと?」

「あの槍の名前だってよ。何、見ての通り刃は木製だし、何にも切れない役立たずの槍だ。だがちょっと不思議な力がある槍でな」

「と言うと?」

「近くにある花の花弁を引き寄せるっつうか、そういう力だ」

「は?」

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