第七十話 龍の道 4/4

「一つだけ、方法がなくもない」

 エルデはそういうと懐を探って皮の巾着袋を取り出した。

「もしもの時を考えて作ったものなんやけど……」

 そういうと皮の巾着袋を開けて中にある丸薬のような物を掌に出した。

「これを飲めばたちどころに死ねる。そんでもって一定時間経てば自然に蘇生する。どや? 便利やろ?」

 そう言ってニヤリと笑って見せた。

 一同は顔を見合わせた。エルデの性格を多少なりとも知っているファルケンハインとアプリリアージェは素直に嬉しそうな表情が出来なかったが、アキラやティアナなどは「おお」とばかりに顔をほころばせていた。


『その薬って、もしや?』

【ああ、ベックから手に入れたウィルクーダを使うて作ったヤツや】

『なるほど。毒薬だって言ってたからびっくりしたけど、仮死状態にする薬か』

【それは、どうかな】

『え?』


「効能は理解しました。では念のために、その薬の但し書きを読み上げてくださいな」

 アプリリアージェはそう尋ねた。

 たとえ高位ハイレーンの調合だと言っても、そんな都合のいい薬が何の副作用もないとは思えなかったのだ。ましてや薬の説明をした時に見せたエルデの笑いが気になる。

「そうそう。薬は用法だけやのうて、きちんと副作用の事も理解した上で飲まんとエラい目にあうさかいな。さすがはリリア姉さん。ええ心がけや」

 そして再度一同を見渡すと、真顔になって続けた。

「この中でこの薬が使えるのは、ファル、ティアナ、アモウルの三人やな。理由はアルヴィンやダーク・アルヴでは体力的な問題で蘇生できる可能性がきわめて低いからや」

 エルデの言葉に一同はざわめいた。

「さらに!」

 それを制するかのようにエルデは続けた。

「たとえアルヴでも、蘇生率は七割くらいやで」

 その言葉に今度はざわめきが消えた。

 だが静寂は長く続かなかった。

「俺は行く」

 ファルケンハインだった。

「な、ならば私もだ」

 ティアナが続く。だがファルケンハインは叱責した。

「お前は駄目だ」

「なぜです?」

 ティアナはそう抗議したが、ファルケンハインはアゴでエルネスティーネを指した。

「ネスティの護衛はどうする? 彼女は行けない」

「それは……」

 ティアナは一番痛いところを突かれたと思った。だが、ファルケンハインにとっては何かあった時のために常に用意していた切り札でもあった。その使い所も完璧と言えた。

 しかしその切り札は想定外のカードで無効化された。

「わ、私も飲みます。可能性は低くても全くないわけではないのでしょう?」

 さすがにエルデもエルネスティーネの申し出には困惑した。とはいえ、もちろん承諾できるものではなかった。

「もちろん全く無いっちゅうわけやないけど……。でもリリア姉さんやメリドならともかく、ネスティの場合は完全にない。俺が保証する」

「やってみないとわからないではないですかっ」

「世の中にはやって見いひんでもわかることもあるんや!」

「嫌です。私も絶対連れて行ってください!」

「わからんやっちゃな。無理なモンは無理やっちゅうてんねん!」

「意地悪。だからエルデは嫌いです!」

「ああ、嫌いで結構。お前なんかに好かれとうないわ!」

「今、『なんか』って言いましたね? 『なんか』って?」

「言うたがどうした?」

「エルデにはもう頼みません。エイルっ、お願いです。連れて行って!」

 アプリリアージェはこれには思わず頭を抱えた。


「エルデと……エイル?」

 さすがにアキラはエルネスティーネとエルデとのやりとりに違和感を覚えて、頭を抱えているアプリリアージェに問いかけた。

「《蒼穹の台》もエイル・エイミイではなく、エルデ・ヴァイスという名前を口にしていたが、どういうことなんだ? エイルとはただの偽名ではないのか?」

「立場上か便宜上かはわかりませんが」

 アプリリアージェはいくつか用意していた言い訳の一つを引き出しから取り出して使うことにした。

「賢者は違う性格を使う必要があるようですね」

「二重人格者、という訳か?」

 アプリリアージェは苦笑すると片手をひらひら振って否定した。

「そんな類の物ではありません。ただ、私が分析するにエルデ・ヴァイスは賢者としての本名。エイル・エイミイは賢者であることを隠して現世で活動する際の剣士としての名。それぞれの性格を演じ分けているうちにそれが結構きれいに固定化されてしまったんでしょうね。彼の特技は一人で両方の性格を使って会話出来ることです。しかも鬱陶しい事に両方ツッコミ役です」

「なるほど」

 つじつまはあっていた。いや、アキラにはそうとしか考えられなかった。

「古語と南方語が入り交じっていたのはそういうわけか」

「秘密にしていたわけではありませんが、まあ、話がややこしくなりますし説明することも増えてしまうので面倒だな、と」

「ははは。首領……いや、リリア殿らしい」

 同じような疑問を持ったメリドも、二人の会話を聞いて納得した。


 そもそもすでに色々な事は知られている。今さらエイルとエルデの事が発覚してもアプリリアージェにとって大きな問題ではなかったはずだが、正直に話すとファランドール・フォウの概念まで持ち出さなければならない。そうすると文字通り「説明が面倒」だと思ったのかもしれない。


「この際、エイルは関係ないやろ。だいたいあいつはただ甘いだけで、その場の判断が将来にどういう結果を引き起こすか想像する頭が全然ない。まあ、そういうところはネスティと同じやな」

「本当にあなたという人は意地が悪い事を平気で言えるのですね。エイルとは大違い」

「ふん」

「本当に意地悪です。意地悪ですけど、それでもエルデがいい人だと言うことはわかっているつもりです。本当になんとかならないのですか?」

「脅しの次は泣き落としか?」


「じゃあ、こうしましょう」

 リリアは「龍墓」への入り口がさっきよりも少し狭くなっているのに気付くと、事態収拾に乗り出すことにした。

「ここで二手に分かれましょう。『時のゆりかご』へはエイル君、ファル、そして私の三人で向かいます」

「ちょっと待ってください」

 エルネスティーネが抗議したが、リリアは手を挙げてそれを制した。

「話を最後まで聞きなさい!」

 アプリリアージェの強い調子の声に、エルネスティーネは口をつぐんだ。

「そもそもネスティは自分の目的を見失っています。あなたは『時のゆりかご』へ行く為にシルフィードを後にしたのですか?」

「あ……」

 一番痛いところを突かれた形のエルネスティーネは、それ以上何も言えずうつむいた。

「ネスティの護衛にはティアナとリーゼを残します。申し訳ありませんが我々にもしもの事があった場合、アモウルさんにはヴェリーユで三人が滞在する際の世話係を頼みたいのです。ハロウィン先生とルネ・ルーがヴェリーユで合流する事になっていますから、彼らと落ち合うまでで結構です。こういうときにアトルがいればいいのですが……。世間慣れしていないティアナとネスティだけでは不安があります。あなたを見込んで、ぜひ」


 そう頼まれてみたものの、実際問題としてアキラは悩んでいた。

 アキラ自身、「龍墓」に入りたいという純粋な興味は尽きない。戦略的に考えてもそれをこの目で見てミリアに伝えることが出来れば、それは大きな成果だと言える。しかしエルデの言葉を信じる限り、それはあまりに支払うべき代償が大きい冒険であった。まだ死ぬわけにはいかないのだ。それに焦ってもいた。アプサラス三世の崩御という衝撃がおそらくはファランドール中を駆け抜けている今、情勢が急速に変わりつつあるのは間違いない。なんとしても一度直接味方と連絡を取り合う必要があった。そして幸いな事にヴェリーユには腹心達がいるはずだった。笛の連絡がついていれば、ではあるが。

 加えてアプリリアージェとエルデがいないと言う事は隙が大きくなるということである。連絡の取り方も容易になる可能性は極めて高かった。


「デュナンだと蘇生率はどれくらいなんだ?」

 アキラは決断の為の要素をもう一つ欲した。

「そうやな。五分五分、やな」

「ふむ」

 腕組みをして悩む風情を演出してはいたが、アキラはしかしすでに結論を出していた。

「興味はあるが五分五分ではさすがに分が悪い。さらに言えば私には《真赭の頤》とやらに会わねばならない理由はない。ここは一つリリア殿の提案に従って、風のエレメンタルの護衛役を仰せつかることにしましょう」

 アキラの言葉に、その場にいた全員が注目した。


「ご存じだったのですか?」

 顔を上げたエルネスティーネがおそるおそる尋ねた。アキラは苦笑しながらうなずいた。

「さすがに、リリア殿がユグセル公爵その人だということを知った後だと、一緒にいる育ちの良い世間知らずのお嬢さんの正体にたどり着くのは簡単です。私はとんでもない人達と旅をさせてもらって光栄ですよ」


【ま、敢えて聞かれへんかったけど、一連の流れやとさすがにバレてるわな】

『自分の正体を教えたのもそのつもりだったんだろうな、リリアさんも』

【最後には口封じするかな、と思ってたんやけど】

『まさか』

【いやいや。お人形さんをあっちへつけた意味はそれもあるんかもしれへんで】

『あ……』


「『エスタリア公爵符』の威光も期待しています」

「もとより承知。委細了解しましたよ」

「道案内、よろしくお願いします。メリドさん」

 アプリリアージェはメリドに軽く一礼するとエルデと対峙した。

「ええんか?」

「出来れば基礎体力が上がるルーンなんかをかけてもらった後で飲みたいのですが」

 その言葉を聞いて、エルデはニヤリと笑って見せた。


【そこまで計算済みということか。ホンマに敵に回しとうない人やな】

『できるのか、そういう事』

【心配せんでええ。絶対二人とも無事に蘇生させたる】

『お前が絶対というなら俺は信じるしかないな』

【おおきに】


「では、ヴェリーユで落ち合いましょう」

「あ、一つ補足や」

 エルデは思い出したように言った。

「『龍墓』は普通とは全く違う空間なんや。流れてる時間の概念もかなり違う。それでついた別名が『時のゆりかご』や」

「それはつまり、どういう事ですか?」

「たぶん、順調に行っても、俺らの方がヴェリーユに着くのはかなり遅れる」

 アプリリアージェはうなずいた。

「『もしもの時』の判断期間は?」

「余裕を見て期限は今から一ヶ月後。つまり来月の同じ日を期限にしよ。それを超えたら別働隊は独自の行動をとる。それでどうや?」

 即座に答えたエルデの言葉に、全員が無言でうなずいた。

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