第七十話 龍の道 3/4
エルデは深呼吸するとノルンを握りしめた。
今は……
そう、どちらにしろ今は《蒼穹の台》の助言に従う事が最良の道だと決めたのだ。
「わかりました。『時のゆりかご』に入ることにします」
エルデの言葉にイオスは満足そうにうなずいた。
「《真赭の頤》の庵はこの《深紅の綺羅(しんこうのきら)》の『龍墓』と一部が融合しているようだね。全く彼らのルーンに対する研究と技巧には恐れ入るよ。『龍墓』に設置された彼の庵がヴェリーユに通じている。ヴェリーユは知っているね?」
エルデはうなずいた。
「つまりここから『龍墓』へ入ればヴェリーユの町中へ直接行ける。君は君の師匠に会った後、ヴェリーユへ行くといい。ヴェリーユには《二藍の旋律》を待機させている。あそこで彼女達と落ち合って話を詳しく聞くべきだからね。ファランドールが今、どうなっているのかを」
「ファランドールが?」
イオスはうなずくと精杖を下ろした。
「
会話に割って入る事を承知でアプリリアージェがそう声をかけた。
呼びかけられたイオスは驚いたことに素直に声の方へ顔を向けた。
「今のお話はアプサラス三世が崩御されたことと何か関係があるのでしょうか?」
イオスは間を置かずに返答した。それもまたアプリリアージェの予想に反していると言えた。拍子抜けする程普通に会話ができたのだ。
しかし、イオスの言葉はアプリリアージェが欲しかったものではなかった。
「ずっと山中に籠もっていたものとばかり思っていたけど、君たちはある程度の情報は持っていると言うことだね」
「いかがでしょう?」
答えることは答えてもらったが、話の核心信じる物を決めるといいには触れず適当にけむに巻かれそうだと思ったアプリリアージェは食い下がる事にした。
「聡明そうなダーク・アルヴの娘よ」
イオスはそういうと強いまなざしで自分を見つめるアプリリアージェの方に体を正対させた。
「君もヴェリーユへ行き、《二藍の旋律》に話を聞いた後で、改めてそこで信じるものを決めるといい。正しいものを探そうとするのではなく、信じるものを決めるんだ。これから先はそうしないと何もかも見失ってしまうだろう」
「それは、どういう意味なのでしょうか?」
「君は今、シルフィードの軍人なのだろう? ル=キリアの『笑う死に神』」
「!」
イオスの口から出た自分の二つ名に、アプリリアージェの顔から微笑が消えた。
「シルフィードの軍人だから、もちろんシルフィードを信じていた。それが今までの君だ。違うかい?」
「いえ……」
「つまりそういう事さ。僕から言えるのはそれくらいだ。古き約定により『僕たち』はあまり人間の事には介入できないものでね。後の事はみんな自分たちで決める事さ」
「猊下はシルフィードを信じることを考え直せ、とおっしゃっているのでしょうか?」
だが、イオスはもうアプリリアージェの問いには答えなかった。彼はエルデに向きなおると黒い入り口を再度指し示した。
「君はあそこへ向かい、君の信じる物を見つけておいで。そして縁があったらまた会おう」
イオスは言葉をいったんそこで切ったが、何かを思いついたようにエルデの顔をじっと見つめた。そして首をかしげ、最後は独り言のようにつぶやいた。
「ひょっとして僕は何か……そうだな、何か大きな思い違いをしているのか?」
だが、自らの思いつきを否定するかのようにすぐに首を横に振った。その仕草は極めて人間くさく、およそ「三聖」と呼ばれる存在とは思えない程頼りないものだった。アプリリアージェはイオスのその態度にもちろん違和感を持った。
「まあいい。この次会うことがあればそれもわかるだろう」
「蒼穹……」
エルデは喉から出かかった言葉を途中で止めた。イオスの言葉に思わず何かを言いかけたかのようだった。
「《真赭の頤》……いや、シグによろしく伝えておいてくれ。『まんまと騙された』と言ってイオスが苦笑いしていた、とね」
それだけ言うとイオスは現れた時と同様、一瞬で姿を消し、同時にルナタイトの灯りも再び消えた。
「あれはどういう仕組みなんだ?」
アキラはイオスが今まで存在していた空間を凝視したままそう尋ねた。
だが、もちろん誰も答えなかった。
(この旅は)
アキラは唇を噛んだ。
(風のエレメンタルの目的を探るのではなく、未知なる脅威を知る旅のようなものだな)
「どうするつもりですか?」
その場の沈黙を破ったのはアプリリアージェだった。問いはもちろんエイルとエルデに向けられたものだった。
「聞いてたとおりや。『龍墓』に向かう。もともとそこが本当の目標やし、《蒼穹の台》が言うてたとおり手間が省けたわ。概算するとあいつのおかげで一ヶ月くらい短縮できた計算や」
「我々もそこに入れるんでしょうか? 《蒼穹の台》は、『宝鍵』を持っているからあなたは大丈夫という意味のことを言っていましたが」
エルデはハッとしたように自分の精杖の頭頂部を見た。
「それに、二つの『宝鍵』はそれぞれ色が違うようでしたね」
先ほどから白い光をあたりに放つエルデのプリズム……『宝鍵』を見ながらアプリリアージェは付け加えた。
エイルは視線をイオスが開けた暗い入り口に向けた。
「ここから先は俺一人やな。『龍墓』に入れるんは『宝鍵』所持者だけや」
「うーん……」
アプリリアージェは腕組みをして唸った。
「《真赭の頤》には私たちも是非お会いしたいのですが」
エルデはそういうアプリリアージェの顔を見た。珍しくその微笑みがぎこちない。
「不本意ながら思い切り押しつけがましいことを言わせてもらいます。ここまで一緒に来た仲間じゃないですか。何か方法があるなら教えてください」
エルデはため息をついた。
『あるのか?』
【ある】
『じゃあ』
【いや】
「方法は一つある。でもおすすめはせえへん」
「その口ぶりで困難そうなのはわかりました。でも、判断はこちらにさせてください。だからもったいぶらずに教えてくださいな」
「『時のゆりかご』は……元来生きた人間には入れへんところや」
エルデはそういうと体の向きを変え、暗い入り口を背にして仲間と向かい合う格好になった。
「それは、つまり……」
思わずそう言ったアキラに、エルデはうなずいて答えた。
「死体になれば俺が触れている限り、それを『時のゆりかご』に持って行ける」
「なるほど」
アプリリアージェは落ち着いた声で尋ねた。
「では疑似死体でもいいわけですね。つまり仮死状態であれば行けるという訳ですか?」
エルデは苦笑いをした。
「さすがやな、リリア姉さん」
「では『群青の矛』ファーンがルーチェに使ったような冬眠ルーンのようなものを私たちにかけて下さい。そうすれば」
エルデはアプリリアージェに皆まで言わさなかった。精杖の先を振り上げて首を大きく左右に振って見せた。
「あれはあくまで冬眠。生体維持活動を極限まで下げるルーンや。仮死やのうて思いっきり生きた人間やからな。ただ、もちろん仮死ルーンはある」
「だったら」
「アカン!」
食い下がるアプリリアージェをエルデは珍しくピシャリと否定した。
「仮死ルーンは元の状態に戻すのにルーンがいる。両方とも高位、それもかなりの高位ルーンや。そして『時のゆりかご』ではエア程やないけど使えるルーンが制限される。エーテルが極端に少ない空間やと言い換えた方がええかな。要するに『時のゆりかご』の中に入ったが最後、仮死を解除するルーンは発動でけへん」
「その口ぶりだとあなたは『龍墓』に入ったことがあるのですね?」
エルデは素直にうなずいた。
「それは『宝鍵』なしに、ですね?」
エルデはその問いには答えなかった。
「今さら私はあなたに『お前は一体何者だ?』などと問うつもりはありません。でもあなたほどの人なら、何かよい方法をご存じなのではないですか?」
エルデは一行を見渡した。全員がエルデを見つめていた。そしてその中でもひときわこちらを心配そうに見つめる緑色の瞳を見つけた。
その瞳の持ち主は肩にマーナートを載せ、訴えるようなまなざしでエルデを見つめていたのだ。
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