第七十話 龍の道 1/4

「メリド、ルーンはもう使えるのか?」

 一行を先導していたダーク・アルヴは、ファルケンハインにそう声をかけられると、振り返った。だが、その視線はファルケンハインではなくティアナに注がれていた。

「一昨日、ようやくだ」

 そういうメリドの表情は恨めしげであった。

「それは、すまなかったな」

「いや」

 ティアナが素直にあやまると、メリドはばつが悪そうに口ごもり、再び前を向いて歩き始めた。

 文字通り人っ子一人いなくなったジャミールの里をラシフ達と反対側に向かって歩き出した一行は、里を抜けて山道に入り込んでいた。

 ファルケンハインがメリドに声をかけたのは、里の入り口でラシフと別れて小一時間程経った頃であった。

 一行は『龍の道』と呼ばれる地下通路の入り口に向かっていた。それはノーム山脈を越える必要のない、ヴェリーユへの最短経路であった。

 その『龍の道』の入り口は三聖深紅の綺羅による結界が施されており、常人に見つける事はまずムリだと言う話であった。

 

「ここだ」

 メリドはそう告げると何の変哲もない山道の途中で立ち止まった。そこは針葉樹林の中の獣道で、周りの風景には特に特徴的な物は何もない。

「特に何もないようだが」

 アキラはそう言って地面を強く踏み込んでみたが、もちろん何の変化もなかった。

「あなたにはわかりますか?」

 アプリリアージェに問われて、エイル、いやエルデはしかし首を横に振った。

「さすが三聖の結界と言うべきやろな。族長が念のためにメリドを付けてくれたのは大正解や」

 アプリリアージェはエルデの言葉の中に微妙な悔しさが滲んでいるのを感じていた。つまり、本当に強い結界に守られていると言う事である。

「出来るだけ俺に近づいて、ひとかたまりになれ」

 一行は顔を見合わせたが、とりあえず案内役のメリドの言う通りにした。

 ずっとエイルの横を歩いていたネスティは自分の体をぴったりエイルに寄り添わせると戸惑うエイルの袖を掴んでぎゅっと引っ張った。ティアナはメリドとエイルに触れないように慎重に立ち位置を選んでいた。ファルケンハインはそんなティアナの様子を見て苦笑した。

「では、ゆくぞ」

 そういうが早いが、メリドは懐から小さな石……神痕が書かれたルーンストーンを取り出すと、短いルーンを唱えて地面に叩き付けた。


 一瞬後、一行は暗闇の中にいた。

 とはいえすぐに視界はひらけた。エルデのルーンにより精杖ノルンの頭頂部から光が発せられたのだ。

「これを」

 エイル、いやエルデはあらかじめ用意していたルナタイトに穴を開けて紐を通した首飾りを各自に渡した。

「首からぶら下げるもよし、手に持つもよし、棒に巻き付けるもよしや。ええか?」

 一同は言われたとおりにまず首にそれをぶら下げた。それを見届けると何かを呟きながらエルデが精杖を一振りした。すると細かい光が辺りに降り注ぎ、同時に全員のルナタイトが光り出した。


 ルナタイト。

 すなわち自光石と呼ばれる石の一種である。衝撃を与えて光るセレナタイトとの違いは、発光させる為にはルーンが必要であること、ルーナーが明るさを調整出来ることと、そしてルーナーの意識がなくなると消えることだが、なんと言っても最も大きな違いは、ルナタイトはセレナタイトと違って消費型の発光石ではない事だ。

 便利な石だがその分高価で、そもそも石を制御できるルーナーは限られているのが問題であった。


「ここが『龍の道』ですか」

 アプリリアージェがルナタイトを掌に巻き付け直しながら柔らかい灯りに浮かびあがった壁や天井を見渡してつぶやいた。それを見習って各自が思い思いにルナタイトの取り付け場所を変えた。灯りを首からぶら下げると手ぶらになるのは良いのだが、顔が下から照らされてかえって足下の視界が悪くなる事に気付いたのだ。

「ここは私たちが閉じ込められていた『龍の檻』と似た感じですね」

 エルネスティーネがそういうとファルケンハインはうなずいた。

「そうだな」

 周りは全て岩。足もとも岩だが意外に平坦で、二頭立ての馬車程度であれば通れるほどの広さの道が続いており、歩くのには全く支障がなさそうだった。

 その道は緩やかに曲がりくねってずっと奥へと続いているようだった。もちろん、ルナタイトの光が届かない奥の方は暗闇で先はわからない。

「ずっとこんな様子だ。ただ周りの岩は場所によって種類が変わる。この道を伝ってヴェリーユまでいける」

「ざっとどれくらいの行程なのだ?」

 ティアナは携行食糧の心配をしていた。水の心配は要らないといわれていたが、それでも各自水筒が二つだけというのは安心できる量ではなかった。

「そうだな……」

 メリドはチラっとエルネスティーネを見てから答えた。

「それなりに歩きづめで三日もあれば着くだろう」

「なるほど。道案内、頼りにしている」

 ティアナはそう言ってうなずいた。三日ならば……余裕を持って四日だとしても水以外は心配なさそうだった。

「ではそろそろ行こう。絶対にはぐれないようにしてくれ」

 メリドがそう言った時だった。全員のルナタイトが一斉に消えた。

 だが、声を出す間もなく再び光り出した。

 何が起こったのか……アプリリアージェはすぐに原因を特定したが、声よりも先に息を呑む音がすぐ側のエイルの耳に届いた。

 次いで、呻くような声が全員の耳に届いた。

「蒼穹の……台!」

 アプリリアージェの視線の先、一行の後ろ側にその少年は青白い色の精杖を持って静かに立っていた。


「やあ、また会ったね」

 例によって《蒼穹の台(そうきゅうのうてな)》は、エイル以外の随行者には一切関心を示している様子がなく、その真っ赤に開かれた三つの目はただ真っ直ぐに目の前に立つピクシィ……精杖ノルンを握りしめているエルデに注がれていた。

 突然の三聖の出現には、さすがのエルデも言葉を失っていた。

 ルナタイトの灯りがいったん消え、そして再び灯った現象は、すなわちエアの中である事を示していた。エルデのルーンが「神の空間」によって消され《蒼穹の台》イオス・オシュティーフェが改めて灯しなおしたのである。


「『会った』ではなく、正確にいうと、『待っていた』かな。いや、『見つけた』、がより正しいのかもしれないね」


『おい』

【もう遅い。「神の空間」の中や】

『こいつ……いつもいつも突然なんだよ』

【お前が気配を感じられへんのやから、しゃあないやろ】

『殺気が全然無いんだ。今だってまったく感じない』

【そやな、前の時も敵意はなかったしな】

『なのにこんなにヤバイって思うのは何故なんだ?』

【……】


《蒼穹の台》ことイオス・オシュティーフェを睨むエルデの袖を、エルネスティーネはぎゅっと握ったまま、しかしその目は初めて見る三聖の姿に釘付けになっていた。エルネスティーネに限らず、その場に居た全員の視線は小柄なアルヴィンの少年に注がれていた。

 そして誰も動こうとしなかった。動けなかったのだ。もちろんイオスがルーンで彼らを縛り付けていたのではない。濃い紺色のローヴを纏ったアルヴィンの少年の出現は、一行の時間をそこで切り取ったように止めてしまっていた。


「待っていた?」

 エルデがようやく声を出した。

「うん。待っていたよ、賢者エイル・エイミイ。いや……」

 イオスはそこでいったん言葉を切ると、手に持った精杖の頭の部分をエルデに突きつけるようにして続けた。

「賢者エルデ・ヴァイス」

「!」

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