第六十九話 リリアのルーン 2/4
【なるほど】
『恩返し、か。アルヴ系の一族らしいな』
【まったくやな。断ったらややこしなりそうや】
『ふふ』
「じゃあ、喜んで世話になるよ」
エイルの言葉に、メリドは深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せ」
「そのかわり、堅苦しいのはなしって事で頼むよ」
「承知」
『ちょっと信用できないな』
【同意や】
「二つ目は品物だ。これはジャミール一族全員からの贈り物になる」
ラシフの合図でメリドが手に持っていた細長い包みをラシフの前に差し出した。ラシフは二つある包みのうち、長い方を手にとった。
「皆に許しを得て、我ら一族に伝わる妖剣『ゼプス』を賢者に託したい。よいかの?」
「妖剣?」
「『ゼプス』は昔この里の族長でもあったセロドニという伝説の刀工がルーンで鍛えた妖剣だ。妖剣は二振りあって、一つは『ゼプス』もう一振りを『ミュインモス』と言う。二つの剣は一対になっておるのじゃが『ミュインモス』は女用、『ゼプス』は男用の剣と言われておる」
実とのところエイルは妖剣という言葉よりむしろ『一族に伝わる』という方に反応していた。大事な剣だということは、族長しか身につけることが許されていないという服の色と同じ布で丁寧に包まれているのを見ればわかった。
「それって……」
エイルはラシフの手にした袋を受け取るのをためらった。
「『里の宝』とか言うヤツなんじゃないのか? そんな大事な物はいくら何でも受け取れない」
「勘違いするな」
エイルの遠慮は予想していたのだろう。ラシフは用意していた言葉を告げた。
「『里の宝』とは里人そのものであるべきだ。物であっていいはずがない」
理屈はそうかもしれない。だが、それでもエイルは躊躇していた。
「実のところ屋敷に眠っておったこの剣を新しい里に持って行ったものかどうかを悩んでおったのだ。今まで一度も使わなかった剣だしの。この里の守り刀として置いて行く事も考えておった。何にせよ里人は皆私に一任すると言うてくれた。その私が決めた事だ。それは里の総意。それにお前、聞けば剣士のくせに剣を持っておらぬそうではないか?」
【お前の場合、ある意味剣とか要らんしな】
『そうだな』
【でも、今日の試合は失礼千万やったと、俺も思う】
『何故?』
【剣士は剣で戦うもんやろ? 結果は一緒やから言うて木の枝とかあり得へんと思うけどな】
『剣は、持ちたくないんだ』
【その理由が俺にはようわからんけど、ファランドールでは礼儀や作法の一環として剣は男女とも必要なもんや】
『そう……か』
【ネスティの懐剣を見たやろ?】
『あ……ああ、そうだな』
「精杖や枝を剣代わりに使うのは実戦ではよいかもしれぬ。だが、しかるべき場所、もしくは場合によっては相手に対し失礼にもあたろう。要らぬ諍(いさか)いの種にもなりかねん。賢者であろうが無かろうが男子たるもの公式の場では正装として必要な場合もある。飾りに使うにしろ仕立ての良い剣を一振りもっておくのは剣士としてのたしなみではないか?」
「言っている事は、わかる」
「それに、『ゼプス』と『ミュインモス』がなぜ妖剣と呼ばれておるか知っておるか?」
「いや、オレが知るわけないじゃないか」
「ならば教えよう。相当の達人でないと『ゼプス』と『ミュインモス』に宿った真の力は発動しないそうじゃ」
「真の力?」
「言うたじゃろう? 高位のルーナーが秘伝のルーンを練り込めて鍛えた特殊な剣だ。こうやって手に持つと羽のように軽い。剣士ではない私でさえ、この剣がただものではない事がわかるほどだ。それともお前程度の腕ではこの剣は使いこなせぬか?」
わかりやすい挑発だったが、エイルは悪い気はしなかった。
「仮にお前が自信がないとしても、私はお前なら使いこなせると信じておる」
【もらっとき】
『え?』
【これはもう剣とかそういう見た目のものとは意味が違う】
『どういう事だよ』
【相変わらず鈍いやっちゃな】
「ええい、面倒くさいやつだな。里人の総意だぞ? むげに断るつもりか?」
『脅迫だろ』
【まあまあ……それに、いにしえの名工の妖剣っていうのは研究対象として興味深いと思わへんか? オマケに名前も気が利いてる】
『例の古代ディーネ語なのか?』
【ご名答】
『なんて意味なんだよ?』
【『ゼプス』は「夢」。『ミュインモス』は「希望」や】
『妖剣なのに夢っていう名前なのか』
【ルーンで鍛えた剣を妖剣っていうんや。だいたい剣らしくない銘やと思わへんか? 俺は剣嫌いのお前が持つのにふさわしい名前やないかと思う】
『わかった。負けたよ』
「正直に言うと、オレは剣が怖いんだ」
「怖い、とな? 剣士のくせにか?」
「理由は言えない。だからいつも精杖を使っているんだ。さっき、枝を使ったのもそのせいだ。失礼な事をしたと反省している。許して欲しい」
ラシフは首を横に振った。
「言いたくなければ理由は聞かぬ。だが」
「でも、その剣だけはありがたく頂戴するよ」
エイルがそういうと、ラシフはうれしそうに顔を輝かせた。期せずして見守っていた里人達からも安堵の声が漏れた。
『この人でもこんな顔するんだな』
【この顔が見られただけでも、もらって良かったっちゅう気にならへんか?】
『そうだな……うん、そうだな』
エイルはエルデの指示で小柄なラシフと視線を合わせる為に片膝をついた。そして両手を差し出して、ラシフから黄色い布に大事に包まれた妖剣「ゼプス」を受け取った。それは本当に軽く、剣だと言われなければ矢が一本入っているだけなのかと思うほどだった。
剣を渡したラシフは一仕事終えた安堵の表情を見せたが、それも一瞬の事で、エイルに注いでいた視線を外すと、アプリリアージェの顔を探した。
目的のダーク・アルヴはラシフの前方、すぐのところにいた。アプリリアージェはラシフの青白い顔を見るとにっこり微笑んで小さく頷いた。
ラシフはそれに答えるように同じく小さく頷いて見せた。
「ずっと気になっていたんですが」
アトラックがその様子を見て、アプリリアージェに小声で尋ねた。
「何です?」
「ファルとティアナを見送った朝、リリアさんはラシフ様にどんな入れ知恵を吹き込んでたんですか?」
「あら」
アプリリアージェも小声で答えた。
「人聞きが悪いですね。入れ知恵など吹き込んでなんていませんよ。私はただ……」
「ただ?」
「族長に秘伝のルーンを一つ、教えて差し上げていたのです」
「え?」
「それだけです」
「ルーンって、司令、いやリリアさんが?」
「言ったとおりです」
「でも、フェアリーがルーナーにルーンを教えるって……それも秘伝って……なんですか秘伝って」
「私もルーンの一つくらい知っていますよ。もっとも私が使えるわけではないですけどね」
「どんなルーンなんです?」
「黙って見ていればわかります」
そう言われるともう何を聞いても答えてくれることがないのは、アプリリアージェとつきあいの長いアトラックにはわかっていた。ここは成り行きを見守るしかないと素直に二人に視線を戻した。
「さて、最後だ。これは私個人からお前に贈るものだ」
そういうとラシフはイブロドに合図をした。
イブロドは持っていた盆をエイルの前に掲げた。
それを見たティアナが、エイルの横に来て両手を掲げた。さっきもらった剣を一時的に預かるという合図だった。その辺りに気が利くのは近衛軍籍だからこそであろう。王宮の儀式の多くは近衛軍の預かりなのである。
エイルは頷くとティアナの手に黄色い包みを渡した。
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