第六十四話 初めての料理 4/5

【思うんやけど】

『なんだよ、うるさいな』

【まだ何も言うてへんやろ】

『だいたいわかる』

【いや、お前さんを責めようとしたんやない】

『じゃあ、何だよ?』

【前にも言うたかもしれへんけど】

『何を?』

【ネスティって、実はリリア姉さんをも上回るほどの超一流の策士なんとちゃうんかな】

『まさか』

【そやなかったら俺を超える天才やな】

『へ?』


 エイルがリリア達に会ったのはその食事から少し経ってからであった。昼間は族長の館を拠点にしていた一行に、ルーチェがエイルの目覚めを知らせたのだ。

 二人が眠っている間、アキラも含めた一行は、里人の移住作業の手伝いをして過ごしていた。

 なにしろ一族が全て移住するのだから、仕事は山のようにあった。アキラ達は旅装束を解き、ネスティ同様イブロドが用意したジャミール族の服を着ていた。

 ジャミールの一族と同じダーク・アルヴのリリアにはその服は実に似合った。一見するとおっとりとした器量良しのジャミールの娘にしか見えない。

 アトラックとアキラは主に力仕事にかり出され、特に大柄で力のあるアトラックはどこへ行っても重宝されていた。アキラは族長の許可が出ていた為、休憩時間には得意の横笛を披露し、こちらも大した人気者になっていた。

 エルネスティーネは本人のたっての希望とやらで里の女性軍に混じって洗濯をしたり保存食を作る手伝いをしたり、衣類や細かい日用品を整理・分別・梱包したり、毎日埃まみれ、汗まみれになって走り回っていたようだった。


『今、保存食を作ってたとか言わなかったか?』

【お湯を注いでた、の間違いやろ】

『でも、手荒れの訳がこれでわかった』

【なんやかんや言うて、心配やったんやろ?】

『王女様なのに、えらいよな』

【王女様は普通に偉いやろ?】

『チャチャ入れはよせ』

【ネスティがええ子やっていうのは、もうわかってるって】

『そうだな』


 テンリーゼンは言葉がしゃべれない為、アプリリアージェの手伝いに回っていた。つまり、手伝いの手伝いといったところだろうか。ルーナーが多いこの里ならば精霊会話を受け入れやすい素地はあるだろうが、テンリーゼンは顔の入れ墨の事もある。里に入ってからは例の黒い面をしていることが多かったが、どちらにしろあまり里人に顔を見せなくてすむような仕事をアプリリアージェのもとでこなしていたようだった。

 テンリーゼンの事を気にかけつつも実質的にアプリリアージェはこの「ジャミール移転」という大事業に関しての統括責任者のようなもので、ラシフの相談役として族長の館に駐留していることが多かった。


「で、何でマナちゃんがリーゼの肩に乗ってるんだ?」

 目が覚めた時、エルネスティーネに声をかけると、さっとどこかへ走り去った姿を見ていたが、どうやらテンリーゼンの元へ駆けていったようだった。だが、主人であるエルネスティーネの元に戻っても、マナちゃんはいっこうにテンリーゼンの肩から下りようとはしない。それどころかくつろいだ様子で毛繕いを続けている。エイルはそれが意外だった。

「まさか持ち主が変わった?」

「いえ、これは」

 食品や衣類に触れる仕事をするのにこのような小動物がいるのを里人が嫌うだろうというアプリリアージェの判断で、仕事中はテンリーゼンに預けておく事が多くなったのだという。もともとかごでも作ってそこに入れておこうかという話になったのだが、テンリーゼンが自ら手を上げて守り役を買って出たそうだ。実はマナちゃんは、もともとエルネスティーネと同じくらいテンリーゼンには懐いていたらしい。

「マーナートってアルヴィン好きなのか?」

 エイルがそう尋ねると、アキラは苦笑して首を振ってみせた。

「聞いたことはないな」

「あら」

 アプリリアージェが会話に割って入った。

「リーゼは人間には敬遠されがちですが、動物には結構好かれてますよ。森でも休憩していると頭によく鳥が止まりにきますしね」


『いや、それって』

【人間扱いされてへんってことやな】


 アプリリアージェによれば、里人達の移住の準備のめどは立ったという。どちらにしろ持って行けるものは限られている。食料や備蓄物などはそもそも里全体の財産として一括管理されており、全体把握の手間をかけることもなく、準備の大半は梱包とその梱包物の管理に割かれていた。

 田畑の作物も、丁度入れ替えの前だったこともあり大半はムダにせずに済むようだった。

 収穫の秋は実りの季節でもある。手の空いたものは、保存食になる木の実や果実を集めるために毎日山に分け入っていた。好天が続いたのも彼らにとっては幸運だったろう。

 そんな順調な準備の中で、目下の懸案事項はあまり多くはない家畜をどうするべきかということと、もう一つ「宝物殿」の中身なのだという。


「族長は大した物はないとおっしゃるのですが、その中でもいくつかあるルーン書については一度賢者様に見てもらった上で、破棄すべきか持って行くかの判断をしたいそうです。だからエイル君の目覚めを、首を長くして待っておいででしたよ」

 エイルはうなずいた。

「この後すぐに会いに行ってくるよ」

「いえ、夕食時に会えます。今は別の用事で忙しくしていらっしゃるでしょうし、その時でも遅くないでしょう。私達、食事は族長の家でとるようにしてるんですよ」

「へえ、そうなのか」

「我々がこっちで食事をすると、食事時間にルーチェが消えるのでラシフ様は寂しいそうだ」

 この説明はアキラだった。

「アトルだけ向こうで食事をすればいいだけの話なんですけれどね」

 アキラの説明に続けてアプリリアージェがにっこりと笑ってそう付け加えた。エイルがアトラックの方を見ると、その横に当たり前のようにルーチェがちょこんと座っているのが見えた。エイルと目が合うと、アトラックはばつが悪そうに頭をかきながら釈明した。

「いや、この非常時にわざわざ俺達のために厨(くりや)の人員をこっちに派遣したりする余裕がないから向こうで一緒に食事をとってるんだって。一緒に食べれば作る量は増えるけど、作る手間は一度ですむだろ? 合理的ってことだよ。楽団長の変な話を真に受けるんじゃないぞ」


『いや、そう言われても……』

【あの二人、眠る前より親密な感じやな。こりゃアトル、次期族長には相当気に入られてるようやな】

『目が覚めた時に見たアトルの笑顔がよほどルーチェのツボにはまったんだろうな』

【うーん。今思い出してんけど、ウチが冬眠ルーンを構築するとき、ひょっとしたら惚れ薬的な生成文を一部使たかもしれへんなあ。そやからウチの冬眠ルーンをかけられた人間は、物凄く人恋しい状態で目を覚ますそうや】

『本当かよ? って、それってシェリルの時のルーンも……』

【あれは明確にそういうルーンを構築したんやから……でも、あれえ?】

『おいおい、冗談じゃないのかよ? 本当のところ、どうなんだ?』

【俺はかけられたことがないから知らん】

『オレはどうなるんだよ? お前がオレにかけたのも同じような冬眠ルーンなんだろ?』

【そんなはずはないんやけど……って、お前さん目覚めて最初の異性って……】

『まさか、オレ、最初に見たのネスティだよ!』

【アカン。そら、アカンで】

『アカンって言われても……あ、でも、ネスティじゃなくて、俺はマーヤの顔を見ながら目を覚ましたんだった』

【そっちか。兄バカに拍車がかかりそうやな】

『言ってろ。でも、大丈夫なのかな』

【何が?】

『いや、あまり仲が良くなりすぎるとアトルと別れるのが辛くならないかなって思ってさ』

【アトルがジャミールの里に残ればええやん】

『おいおい』

【そうすればゆくゆくは族長、いや村長の夫か。軍の人脈を携えて政界に進出ってな感じやな】

『はいはい』

【まあ、多少泣くかもしれんけど、相手は子供やからすぐ忘れるやろ】

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