第五十五話 祈るな!願え!! 1/6

「一つわからないことがある」

 メリドが談笑するアキラ達に向かって声をかけた。メリドのすぐ側にいたアキラが何だという風に振り返った。

「お前はなぜ「エア」の中でスカルモールドを一撃で行動不能にできたのだ?」

 メリドはアキラとスカルモールドが戦っているのを離れたところで観察していて、どうにも不思議に思っていた。


 アキラは戦闘が始まった当初はファルケンハインに向かったスカルモールドの動きを観察する行動をとっていた。ファルケンハインとティアナが打撃を与えては離脱するという戦法をとりながら敵を少しずつ削っていたが、思ったように相手にダメージを与えることができないままに形勢がだんだん不利になっていく様子を見て取ると、ようやく自分も攻撃に加わった。

 アキラは敵の攻撃を二度ほどかわした後、スカルモールドの注意を引きつけるようにファルケンハインに指示すると、アルヴに気を取られているスカルモールドの後ろに回り込み、確信を持って背中のある部分に剣を突き刺したのだ。

 すると、不思議なことにその一撃でスカルモールドの動きが止まった。

 その隙を逃さずアキラ達三人は関節部分に集中攻撃を浴びせかけ、手足を付け根から叩きちぎり、まずはスカルモールドの行動能力を殺いだ。さらにアキラは麻痺状態で地面に倒れたスカルモールドの背中に何度か剣先で打撃を与え続け、ファルケンハインとティアナには引き続き四肢を破壊するように指示していた。

 そうこうしているうちに、少し離れたところにいたメリドがアキラによって発見されたのだった。


「『なぜ』と問われてもな」

 そう言って腕組みをするアキラとメリドの顔を見比べるように視線を移すと、ファルケンハインは両者の会話に口を挟んだ。

「俺も実はその事を疑問に思っていた。フェアリーの力を失ったとは言え、我々はアルヴだ。失礼ながらデュナンのアモウル殿より力ははるかに強い。だが、アモウル殿ははた目にはそれほど強くない打撃一つでスカルモールドの動きを止めたように見えたのだが」

「アモウル殿はスカルモールドの弱点を知っているのか?」

 ファルケンハインに続いてティアナも間髪を入れずにアキラにそう問いかけた。ティアナも同じ疑問を持っていた。

 だが、当のアキラは今度は苦笑して見せた。

「いやいや。私はスカルモールドの実物を見たのは今回が初めてなのだが。――なるほどそうか、あの闇雲な攻撃といい君たちには見えていないということか」

 アキラの言葉にファルケンハイン達三人は顔を見合わせた。

「私はルーナーでも、ましてやフェアリーでもない、ただのデュナンだ。だが、剣については幼い頃から何人もの手練れに手ほどきを受けている。そして今ではそれなりの腕前だと自負もしている。音楽家の傍ら賞金稼ぎをしているくらいだ、それなりの自信がなければできない相談ではないか?」

「それはそうだな」

 ティアナはうなずいて見せた。

「横笛の腕前には疑う余地はないが、正直に言うと今日のあの戦いを見るまでは剣の腕前の方は眉唾ものだと思っていた。この通り、失敬を詫びよう」

 言わなくても良いことを白状したティアナは右腕を左胸に当て、頭を小さく垂れた。これはシルフィードの近衛軍における正式な礼である。

 アキラは職業柄その型を知っていたので、ティアナの礼に彼女の実直な性格を垣間見た気がした。

 腕前を披露する機会など無かったのだから、ある意味では疑って当然だった。だからティアナ達が疑っていたことも勿論想定していた。できればヘボ剣士と見られた方が潜入活動をするには有利だと言えたが、こと剣の腕前に関してだけは譲れないものがアキラにはあった。だからこそその腕前を素直に褒めてもらえた事でティアナのまっすぐな人柄を確認できたように感じていた。


「何せ私はレナンスだ。レナンスを名乗る者の剣はその辺の兵士とは別格だと思ってほしい。こう言う事を言うのは君たちにとっては心外かもしれないが、つまりはその差なのではないかな」

「その差?」

 ファルケンハインの問いにアキラはうなずいた。

「君たちのようなフェアリー、特に力の強いアルヴにはおそらくわからないことかもしれない。フェアリーの能力があることが当たり前で、アルヴの腕力がそれに加わっている。そこには私達デュナンが渾身の力を込めて振り下ろした両手剣を、鼻歌を歌いながら片手でそれを受けられるほどの差があるだろう。だからフェアリーでも何でもないデュナンはその差を埋めるために剣の技を極めようとしている。特にレナンスは他人に負けることが大嫌いな気質だから、自ずと剣技については上達する風土があると言うことだ」

「剣の技を極めると、スカルモールドの弱点が見える、のか?」

 ファルケンハインはアキラの説明には納得がいかないと言った顔でさらに尋ねた。

「もちろん、レナンスを名乗る者全てが私と同等と言うわけではないだろう。さらに言えばレナンスの中にはフェアリーの力を持つ剣士も多くいる。スカルモールドに限らず、相手の弱点が見える人間はむしろ少数かもしれんな。だが、剣技をある程度極めれば、見えてくるものもある。わかりやすくたとえるなら、相手の次の動きがわかるような状態が常だと言うことだ。そこを動く前に叩く」

「ふむ」

「スカルモールドの場合、その弱点が探りにくかったのは確かだ。それはおそらく『あれ』には人間のようなはっきりした意志が無いからなのだろうな。それでも何度か相手の動きを見ていれば、動く際に支点のようになっている場所がわかる。あとはそこを突けばいいだけだ。幸い奴らは人間と違って服を着ていない。さらに言えば弱点である部分を庇うという知恵はないようだから、一度見切れば、後はむしろ人間の相手をするよりも簡単だ」

 アキラはそう言った後、メリドの方を向いて続けた。

「これで君の質問に対する答えになっているかな?」

 メリドは首を横に振って見せた。

「お前が言っていることは俺にはよくわからん。だが、お前があのスカルモールドをたった一撃で地面に倒し込んだのは確かにこの目で見た」

 ファルケンハインとティアナもまったくメリドと同じ感想だった。それよりもファルケンハインが愕然としたのは、自らの剣の腕前がフェアリーの能力に甘えたものだと言われた事だった。今までそんなことを考えたことはなかったが、エアという特殊な空間でフェアリーの力がはぎ取られた際の自分の動きがいかに鈍重なものに変わるのかは嫌と言うほど味わった。だからアキラの言葉は身にしみて痛かった。


「リリアさん達は大丈夫なのでしょうか?」

 会話が一段落ついたと思ったのだろう。エルネスティーネがおそるおそるという感じでファルケンハインにそう尋ねた。

「向こうの面子は確か風のフェアリーが三人、ルーナーが一人だったね。「エア」でまったく役に立たないルーナーは頭数には入らないだろうし、残る三人のうちの二人が、デュナンよりも力のないアルヴィンとダークアルヴと来ている。戦術家としての君たちの首領の能力には疑う余地はないが、そもそもそう言うものが通じる相手ではないだけに、苦戦していない事を祈るしかないだろう」

 アキラの言葉にファルケンハインは首を横に振った。

「いや、凄腕の剣士が一人いる」

「剣士?はぐれたのは確か四人ではなかったかな?」

「そうだ。だが、どうやらアモウル殿は我々に対する戦力分析が多少甘いようだ」

「というと?」

「あの賢者様だよ」

「賢者様?ルーナーだろう?」

「ルーナーだが、ああ見えて実は剣士でもある」

 アキラはファルケンハインの言葉に思わず眉をひそめた。

「何だって?ルーナーで剣士?賢者とはそういうものなのか?」

「その辺の事情は俺も知らん。ただ、事実としてエイルが剣士なのは確かだ。それも、我らが首領をして恐怖を感じる程の腕前だという」

 そこでいったん言葉を切ったファルケンハインは、心配顔のエルネスティーネに向かって言い聞かせるように付け加えた。

「もし、アモウル殿の言う通りある程度以上の剣技の達人であるなら、エイルもアモウル殿のようにスカルモールドの弱点を知っている可能性がある。だとすれば何とかなっていると考えたい。それにこれは重要な事だが……」

「重要な事?」

「向こうには悪運の強さにかけては神がかっている『あの』アトルがいる。俺達は信じていればいい」

 エルネスティーネはファルケンハインの精一杯の慰めに、微笑してうなずいた。

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