第五十四話 ラシフ・ジャミール 6/6

「火柱の精霊石だと?」

「ごめんなさい、ばばさま。もしもの時の為にいくつか。あれだと詠唱が早くて済むから実戦向きだと思ったのです」

 ルーチェはそう言うと少し舌を出して見せた。

「なんと言うことだ。お前達、精霊石の保管はどうなっているのだ?」

 ラシフは呆れてものが言えないという感じで四人組を睨み付けた。彼女たちはお互いに顔を見合わせるとうなだれるだけだった。中でもイブロドは誰よりも深くうなだれた。

「そんなことよりばばさま。『エア』でもルーンを使える賢者様がいらっしゃいました」

「なんだと?」

「ああ、そんな話は後にしよ。話が長なるから。それよりメリドがどこにいるのか見当つかへんか?あの場所の近くに隠れてるというのは考えられへん。何せ娘のルーチェが道ばたで眠りこけてるのに一切助けに来た形跡はないんや」

「なるほど。その場から消えたのだな」

 ラシフはルーチェに念を押して確認すると、エルデに顔を向けた。

「だとするとおそらくは「龍の檻」かと」

「「龍の檻」?」

 ラシフはうなずいた。

「私が作る結界によってのみ開かれる空間です。何が起きたのかはわかりませんが、メリドはおそらく猊下の手の者と一緒にそこに落ちたのでしょう」

「落ちる、というと?」

「そこは、地下にあるのです。精霊石があれば入り口はどこにでも開く事が出来ます。しかしそこには出口はなく、私が通路結界を開くまで閉じこめられたままになります」

「なるほど。結界牢ってヤツやな。ほな、早速連れ出してもらおうか」

 ラシフは「龍の檻」の通路結界を開く為には精霊殿と呼ばれる例の高床式の建物に出向く必要があると言った。

「牢の鍵を用意する為に少し準備もあります。皆様の部屋を急ぎ用意させますので、それまでそちらでおくつろぎください」

 通路結界を開く為の鍵とは、要するに精霊石の一種であるらしかった。


【石とは限らへんけどな】

『なあ、ここの人間ってルーナーと言ってもその精霊石とかばかり使うみたいだけど?』

【特殊な発達をしてるみたいやな。キュア系とは言うてもかなり独特なグラムコールを持ってるし、さっきのガキどもも精霊石の補助を受けたんかもしれん。でもユートは石無しでもかなりのルーナーやったのは間違いないし、いわゆる詠唱ルーンもちゃんとある。精霊石の存在はたぶん、そやな】

『たぶん、何だ?』

【この里は閉鎖された村で、その村の住人はルーナーだけやないから、というのが理由やな】

『そりゃ、全員がルーナーの素質を持っているとは思えないし、そもそもお前から教わった話じゃ、アルヴ系の人間はフェアリー特性が高くてルーナー特性は遺伝的に低いっていってなかったか?だとしたら普通の人間の方が多い可能性があるな』

【確かにその通りや。そやから普通の人間やフェアリーがルーンを使えるようにする方法をずっと研究してたんやろな。それが単独発動型の精霊石っちゅうわけやな】

『なるほど。精霊石を使えば普通の人もルーンを使えるっていう事か』

【使える。ただし、もちろんその力は弱い。ルーナーが使うのとはその効果は比べものにならへんやろな】

『でも、使える』

【うん。使えへんより使える方がええに決まっている】

『精霊石を作り出せるルーナーの里か』

【ただし、たぶんこの里の今現在の問題は族長を見たらわかる】

『どういう事だ?』

【ラシフはたぶんルーナーとしての力が弱い。それでも里で一番なんやろうな】

『そう、なのか?』

【おそらく自覚もあるはずや。そやから精霊殿なんちゅう精霊陣の力を借りなアカンし、加えて精霊石まで使わな通路結界を開くっちゅう高位ルーンが使われへんのやろな。そう言うことは立場上誰にも言われへんやろうし、結構頑なな性格みたいやし、結局自分が全部抱え込んでるんやろうな。気の毒な話ではあるな】

『そうか。族長なら一族を守らないといけないっていう重圧感もあるだろうし』

【さっきの態度がまさにそうなんやろうな。自分の孫を人質に取られたいうのにあの毅然とした態度は正直格好良かったな。いや、さすがにアルヴ系というべきなんかもしれんけど】

『そうだな』

【さてさて。で、結界通路を造るのに一体どのくらいの精霊石が必要なんやろ】

『なあ、その通路結界だけど』


「その通路結界ですが、賢者エイミイが代わりに開ける事はできないのですか?」

 今まさにエイルがエルデに尋ねようとしていたことをアプリリアージェが代わりに口にした。

『そうそう、それ』

 エルデ達は四人組とルーチェに先導されて里の中をゆっくりと歩いていた。簡素なものだが城壁に囲まれた村は予想よりもかなり広く感じた。住居の区画は整然としていて、どの家も木造、木製の瓦葺きで同じような大きさ、作りのようだった。


「里人は皆この住居区に済んでいます。私達もおつとめがない時はこちらが自宅です」

 四人組の筆頭だというイブロドが、ルーチェと並んで歩きながらエイル達の質問に答えた。ルーチェと共に里の案内役も仰せつかっていたのである。

「狩猟や栽培は共同で、皆で手分けしてやります。兵役も交代で当番制になっています。兵士長はメリド一人ですが、副兵士長は四人いて順番に班を作って警備に当たることになっています。先ほどのヒノリは副兵士長を束ねる筆頭役に就いております」

 エイルにはこの里にそうそう侵入者があるとも思えなかったが、防衛体制がきちんととられている事に、この里が潜在的に持っている緊張感や危機感といったものが垣間見える気がしていた。


「通常、結界牢はルーンをかけた人間にしか解放する事はでけへん」

 エルデは里の作りを注意深く観察しながらアプリリアージェの問いに答えた。

「図抜けて強力なルーナーの力を持ってしても、ですか?」

 エルデはうなずいた。

「鍵がいるからな」

「その、さっきからラシフ族長も言っている鍵というのは具体的には何ですか?」

「血、や」

「ち?」

「血液。ルーナーは自分の血を触媒にしてある種のルーンを唱えることで、それを結界の鍵にできるんや。そうしておけば、たとえ賢者あたりがきてもそうそう破られるようなことはないからな」

「なるほど。血、ですか」

「精霊石もルーナーが血で神痕を書くことによって作られるんやけど、それは血にエーテルを定着させるためで、鍵とは意味が違う。ラシフがやろうとしてるのは、精霊陣に血を流して発動現力とする呪法に近いルーンや。たぶん、『準備がいる』言うてたのはそれに使う精霊陣が複雑で描くのに時間がかかるからやろうな。もしくは」

「もしくは?」

 聞き直したアプリリアージェにエイルは眉をひそめて見せた。その態度に珍しく微笑が変化して怪訝な顔をしたアプリリアージェだったが、すぐににっこりとうなずいて見せた。

「なるほど」

 アプリリアージェはそう言って納得した、という風にうなずいた。そしてすぐにイブロドの横を歩いているダーク・アルヴの少女に声をかけた。

「ねえ、ルーチェ」

 呼ばれたルーチェはすぐに振り返り、駆け寄ってきた。

「アトルが、あなたともっと話をしたいそうなんです。私もルーチェにいろいろと里のことを聞きたいですし、もし迷惑でなければもうしばらく一緒にいてもらえませんか?」

「え?」

 アトラックが驚いて声を上げようとしたところに、後ろにいたテンリーゼンが短剣の鞘でその背中をドンと突いた。

「痛っ」

 慌てて振り返ったアトラックは、続いて耳元で誰かが囁くような声を聞いた。

「話を、合わせろ」

 テンリーゼンの精霊会話だった。

 振り返ったそこには、まさに肩の上にマナちゃんを乗せて無表情に歩いている小さな声の主が歩いていた。

 テンリーゼンがそういう行動をとることは極めて珍しかった。アトラックは「リリアお嬢様の計略」が発動したのだと理解して小さくうなずくと視線を元に戻した。

 そこには自分を見上げるルーチェの顔があった。

「アトルは私と話がしたいのか?」

 アトラックはにっこり笑ってうなずいた。

「ああ。さっきは途中で眠っちまったろ?ルーチェも外の世界の事を聞きたくはないのか?」

 後半は周りの里人に聞こえないように、かがんでルーチェの耳元で囁いて言った。「外の世界」という言葉にルーチェは反応したようだった。顔を輝かせるとうなずいた。

「私ももうちょっと話をしたいと思っていました。賢者さまが迷惑でなければ今夜はもう少しアトルと一緒にいたい」

「そりゃ嬉しいな」

「海の話もしてくれますか?」

「海の話は得意だ。こう見えても俺達は実はけっこう船乗りっぽい人間なんだぞ」

 アトラックは本当に嬉しそうに笑うと、ポンっとルーチェの頭を優しくたたいて見せた。


『船乗りっぽい……って何だよ?』

【忘れたんか?ル=キリアは海軍籍やで】

『あ、なるほど』

【いずれにしろ『船乗りっぽい』という表現は微妙やな。見てみ、リリア姉さんがそれこそ微妙な顔してるわ】

『確かに』


 アトラックとルーチェの会話を聞いていたアプリリアージェは、確かに複雑な表情を浮かべていた。微笑をしつつ、眉間に皺を寄せ、かつ片方の唇の端が少しつり上がり、小さく痙攣していた。

「さっきはでけへんかったから、ルーチェにかけられたルーンの後遺症も消しとかなアカンしな。迷惑どころかこっちがお願いせなアカンくらいや」

 アプリリアージェの表情を盗み見ながら、エルデもルーチェにそう声をかけると、軽く目配せをしてみせた。それを見てルーチェは満面の笑みを浮かべると、アトラックの横に並んで、その手を遠慮がちにとった。


『えっと。なあ?』

【さすがリリア姉さん。こう言う時の察しの良さには惚れ惚れするわ】

『だから今のやりとりはいったいどういう意味だよ?』

【あのやりとりを聞いててもわからんヤツにはいくら説明してもムダやな】

『いやいやいや、ちゃんとわかるように説明しろよっ!』


 その時だった。

 地面が大きく揺れ、地鳴りのようなものが響いてきた。

 アトラックはとっさに隣にいたルーチェをしっかり抱きかかえるとその場に座り込んで丸まった。

「うわっ」

「地震だ!」

 悲鳴に混じり、誰かがそう叫んだ。

 住居区の方でいくつか悲鳴があがる。しかし、相当な揺れで、声のする方に駈け出そうとする兵達の足下もおぼつかない。

 エルデ達もとりあえず、その場で姿勢を低くしたままで、ひとまず様子をうかがう事にした。

 ドンとした大きな縦揺れの後、グラグラとした横揺れを感じた。その後も中規模なものも含めて余震が続いていた。


(さて、どうしたものかしら)

 いつでも動ける体勢で混乱状態になっているジャミールの里人の様子を見ていたアプリリアージェは、エルデの様子がおかしいことに気付いた。

 とりあえず意見を聞こうとエルデの方を見ると、彼が地面に突っ伏しているのが目に入ったのだ。それは揺れに備えて姿勢を低くしているのではなく、明らかに何らかの肉体的な問題を抱えている様子で、目を閉じ、歯を食いしばって小さく呻き声さえ上げてその顔を苦痛に歪ませていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る