第五十四話 ラシフ・ジャミール 4/6
小さく笑ったアプリリアージェは金色のスフィアがついた耳飾りに指先を触れた。するとまたもや大きな音がして、エルデ達とラシフの中間地点の地面に何か巨大なものが落ちるような衝撃が走った。
「うわああああ」
またしても落雷だった。そしてそれはエルデが先ほど放ったものより大きく、しかも地面が濡れていた為に電流が辺りに流れ、兵の何人かが衝撃を感じて悲鳴を上げていた。
「ごめんなさい。今のは私です」
アプリリアージェは悪びれずにそう言うと、ラシフに向かいにっこりと笑って小さく会釈をしてみせた。
(ああ、スッキリしました)
アプリリアージェはにこやかな笑顔をアトラックに向けた。
(で、ラシフは私より……どれくらい年上に見えるんですって?)
(そ、そりゃもう、リリアお嬢様はラシフの孫? みたいな?)
(聞き間違いかしら? 孫? ひ孫ではなくて?)
(ええ、ひ孫です。ひ孫ですとも!)
アトラックはそう言ってひそひそ話を切り上げると、アプリリアージェから視線を逸らして額に吹き出した脂汗をぬぐった。
【ったく、危ないやろっ、オバハンっ! 打ち合わせにないことすんなっつーねん】
『そんな細かい打ち合わせをしたか?』
【やかましい】
『いや、でも初めて見たな、リリアさんの噂の雷』
【せやな。でもあれは許せへん】
『なんで? お前としちゃいい脅しになったって事じゃないのか?』
【示威行為はもう充分やっちゅうねん。というかや、許せへんのはそう言うことやのうてやな】
『じゃなくて?』
【俺より強力な雷をわざわざこれ見よがしに落としたっちゅう事に決まってるやろ!】
『なんだ、そんなことか』
【そんなことやない。あのオバハンの性格の悪さを象徴するような仕掛けや。こうなったら、こっちはもっとでっかい雷落としたるっ!】
『やめろって。それこそ今やったら地面が濡れてるから全員感電死するって』
【くっそー、腹立つー。賢者さまよりお付きの者が目立ってどうすんねん!】
アプリリアージェとアトラックのやりとりを知らないエルデの憤懣やるかたない気持ちはもちろん表には出ず、毒舌として全部エイルの方へと向かったが、エイルとしてはもう慣れっこになっていた為に相手にせず、さらっと話題を変えた。
『なあ?』
【なんやっ?】
『最初から「眼」を見せてたら話が早かったんじゃないのか?』
【何言うてんねん。ひどい目に遭わされたんやろ?】
『あ、ああ』
【それやったら、ちょっとはイジメたらな気が済まへんやろ?】
『いや、話がややこしくなるんじゃないのか?』
【心配あらへん。少なくともサクっと平和的に話し合いに入ったりしたら、リリア姉さんに絶対嫌みを言われるで】
『いやいやいや、それはないだろ』
【フン、お前はわかってへんな、姉さんの本質を】
『本質って』
【それに】
『ん?』
【あのラシフという族長の態度、なんか昔の自分の姿を見せられてるみたいで何となくイラっとする】
『そうなのか?』
【うるさい】
『お前が言ったことだろ!』
その時、不意にラシフの前に数人の人影が現れた。
「ラシフ様をいじめるな!」
どこからとも無く現れた人影は、十人ほどの幼いダーク・アルヴ達だった。子供達はラシフの前で両腕を精一杯広げて並び、エルデ達との間に三重ほどの人壁を造って立ちはだかった。
【ガキめ】
『おい!』
【わかってるって】
『だったらいいんだ』
「ルーチェ様を返せ!」
「お家に帰れ!」
「化け物め!」
【化け……物やて?!】
エルデは精杖を持つ手に力を入れた
『止めろ、何をする気だ』
【ううう。何もせえへんわ……大丈夫や、大丈夫。たぶん】
『たぶんって……』
「ラシフ様をいじめるなら、私たちが許さない」
「そうだそうだ」
「お前たち!」
子供達の突然の出現に慌てたのはむしろラシフ達だった。
エルデの前に立ちふさがる子供達は皆緊張のためか目に涙を浮かべ、唇を噛みながらも目の前の闖入者をにらみ据えていた。見れば精杖を手にしている子供も数人いる。
大人達の尋常ではない様子で事を知ったのか、たまたまエルデ達がやってきていたのを見ていたのかはわからない。ただ、彼らは姿と足音を消すルーンを使い、族長を守るためにやってきたのだ。
「お前たち、何をやっている」
立ち上がったラシフは慌てて子供達の側に近づいた。
「ラシフ様!」
「俺達、ラシフ様を守るんだ」
「ばか者……」
ラシフは思わず声を詰まらせたが、エルデの方を見た後に後ろに控えるイブロド達に声をかけた。
「何をしている。この子達を早く控えさせろ」
ラシフの言葉にようやく我に返ったイブロド達「四人組」と呼ばれる側近は慌てて子供達の所に走り寄ってきた。それを見て同じく走り寄ろうとしたヒノリを、ラシフはしかし制した。
「兵は前に出るでない!」
そして改めて膝を突いて指導者格と思しきやや年齢の高い子供二人をそっと抱くと叱責した。
「来てはならん。これは大事な大人の話だ」
「いやだ。俺達も戦う」
「私も!」
「俺も」
「ならんっ!」
いきり立つ子供達に向かい、今度は大きく鋭い声でラシフは叱責した。
「ラシフはここで戦ったりはせぬ。我らは賢者様と話をしているだけだ」
「でも」
「何度も言わせるでない。族長ラシフの言う事が聞けぬと申すか?」
「ラシフさま……」
「族長の命令が聞けぬ里人は追放だぞ?」
「でも」
「ラシフ様、化け物に食べられちゃうよ」
エルデはまた「化け物」という言葉に反応して精杖を持つ手に力を入れた。そしてその気配は、その場に居た全員に伝わった。
ラシフは思わず顔を上げてエルデを見た。子供達もそれを敏感に感じ、ラシフにつづいて視線をエルデに向けた。
だが、それは一瞬だった。
子供達が見上げたエルデは、さっきから一歩も動かず、何も変わった様子はなかった。
ただ、子供達よりも一瞬早くエルデを見ていたラシフの顔は蒼白になっていた。
ラシフはエルデから視線を離さずに、ゴクリと唾を飲み込むと、しゃがれたような声で子供達を諭した。
「戻るのだ。これが最後だぞ。私は食われもしない。お客様をお迎えしているだけだ。わかるな」
子供達はお互いに顔を見合わせると、ラシフとイブロド達四人組の顔を見比べて、顔を伏せた。
「下がらせろ。くれぐれもきつく叱ってはならんぞ」
「かしこまりました」
「さて」
イブロド達に連れられて子供達が去るのを見送ると、エルデはそう言って赤く燃える「眼」を閉じた。
「申し訳ありません。非礼、心よりお詫びいたします。全ては私が至らぬ故。何なりと処罰を」
ラシフはそう言うと深々と頭を下げた。
「ふん」
エルデは手に持った精杖を地面に軽くトンっと突くと一同を見渡した。
「兎にも角にもこれでニセ賢者の誤解は解けたようやし、納得したところで、まずは余の付き人を解放してもらおか」
「付き人?」
ラシフは顔を上げると怪訝な顔でエルデを見上げた。
「しらばっくれてるとさすがにキレるで」
「い、いえ。本当に我々はなにも」
慌ててそう言ったラシフは後ろに控える副兵士長を見た。
「ヒノリ」
「はっ」
「どういう事だ?」
「いえ、私にも何のことかさっぱり」
そこへアプリリアージェが会話に遠慮がちに割って入った。
「賢者エイミイ」
エルデはそう言うアプリリアージェの目配せに、小さくうなずくと、視線をラシフに戻した。
「おそれながら、我らには預かり知らぬ事のようでございます、猊下」
ラシフはエルデに促されてそう説明すると、再び頭を垂れた。
「そうか。ではメリドという者はどこにいる? この娘、ルーチェの父親だと聞いているが」
エルデがそう質問すると、ラシフのすぐ後ろに控えていた四人組の一人が顔を上げて答えた。
「戻っておりません。賢者さま、我が娘の命をどうかお助け下さいませ」
そしてそう言うと頭を地面にこすりつけた。
「なにとぞ」
「控えろ、イブロド」
ラシフがすぐに叱責をしたが、エルデはそれを制した。
「かまへん。イブロドと話をさせろ」
「は、はい」
エルデはイブロドの顔を上げさせるとラシフの脇を通り過ぎ、無造作に四人組の側まで歩み寄って声をかけた。
「イブロドと言うたな?」
「はい」
イブロドに向けられたエルデの声は今までの調子とは明らかに違い、暖かみのあるものに変わっていた。ラシフならずとも、その変化はその場にいた全員がわかるほどのものだった。
「ルーチェの母ということは、お前がルーチェの兄、ユート・ジャミールの生みの親なのか、イブロド?」
イブロドは目を見開いてエルデの顔を見つめた。そこにはつい今し方までの不機嫌そうな表情はもうない。一瞬見せた背筋が凍るような邪気もない。おだやかな、それでいて少し寂しそうに見える茶色い瞳で自分を見つめる小柄なデュナンの少年が静かに立っているだけだった。
「はい。ユートは、私の息子でした」
「そうか」
「ユートを、ご存じなのですか?……あっ」
イブロドは思い出した。
目の前の賢者が
そう、イブロドの息子を賢者候補生として連れて行ったのは誰あろう《真赭の頤》であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます