第五十三話 二人の賢者 7/7

『ええええ?』

【落ち着け】

『いや、だって』

【お前が落ち着かへんかったら俺が暴れられへんやろっ】

『なんだよ、それ』

 

「えっと、マジ?」

 これはエイルの声だった。

「私がそのような嘘を言う意味がわかりません」

「だよね」

 少し離れたところでアプリリアージェが独り言のように呟いた。

「やはり、彼は炎のエレメンタルでしたか」


【俺も今、同じ事を思っとった】

『そういやお前、ずっと前にそんな事をいってたな』

 

「やはり、というと?」

 ラウの質問にアプリリアージェはアクラムの森でルルデを倒した時の様子を簡単に説明した。テンリーゼンの事は綺麗に隠して。

「あの時、あれは『発現』ではないのかと思ったのです」

「なるほど」

「どうする、ラウ?《蒼穹の台》のお使いはここで済んでもうたみたいやけど」

「それはそうですが、エレメンタルが一人すでにこの世にいないというのは由々しき問題ですね」

「由々しき問題かどうかは別にして、俺にはそれよりも《蒼穹の台》がどうやって炎のエレメンタルの情報を知ったのか、が謎や。エレメンタルはそもそも『合わせ月』までに全員が生き残ってた試しがないんやから一人二人淘汰されてても驚かへんけどな」

 エルデがそう言うと、ファーンが反応した。

「恐れながら賢者ヴァイス。マーリン正教会の賢者としてそのお言葉はいささか不謹慎かと存じますが」

 エルデは頭をかいた。

「そう言えば賢者の仕事の中にエレメンタルの守護という項目もあったな。でもまあ、守護することと敬うことは同義やないからな。死んでしもたもんはしゃあないやん」

「それはそうですが」

「わかったわかった。俺が悪かった。以後ファーンの前では口を慎むから堪忍してくれ」

「いえ、そのようにおっしゃられてはまるで私が賢者ヴァイスを叱咤したかのようです」

 

【したやろ】

『したな。ビシっと』

【でもこの子には逆らわんどこ】

『なんで?お前らしくないな』

【何か俺のこと誤解してへんか?って、まあええわ。それより今、ここで『力』を持ってるのはファーンだけやからな】

『そうか』

 

(アトル)

 アプリリアージェは隣のアトラックをつつくと、耳に口を寄せてヒソヒソと呼びかけた。

(はい?)

(以前エルデ君が言っていた賢者の法にはエレメンタルの保護義務のような一文があるのですか?)

(ええ。確かになにやら細かいことをあげつらった後に『しかるべくエレメンタルの守護と覚えよ』という一文がありますね)

(どうして早くそれを言わないのです?)

(え?)

(それはエルデはネスティとルネを守護する役目も負っているという事ではありませんか?)

(そうですね)

(彼との交渉の際、こちらに有利な一文と言えませんか?)

(そうですかねえ)

(エルデ君だけじゃなく、場合によってはここにいる《二藍の旋律》と《群青の矛》という二人の賢者を味方につけることも可能性としてあるのです)

(それはまあ確かに。でも、ネスティやルネの事を話すんですか?)

(それは今のところエルデ君次第ですが、彼はそれを話そうとはしていませんね。私としてはまだ一切秘密にしておきたいのですが、ここはもう少し様子を見ましょう)

 

「炎のエレメンタルが存在したことがわかった現時点で、まだ確認されていないのは大地のエレメンタル一人になりましたね」

 ラウは独り言のようにそう言うと、何かを思い出したようにエルデに向き直った。

「エルデ」

「ん?」

「話を元に戻しますが、ランダールの宿屋の娘、カレン・ノイエの件です」

「ああ、その話はもうええ。つーか、済んだことや」

「いえ、先ほどその、もう一人の……」

「この体の持ち主のエイルか?」

「はい。相当興奮して私を非難していましたので」

「そうか。そうやろうな」

「つきましてはその件について釈明を」

 エルデはラウの言葉を制した。

「もうええ。元はと言えば賢者の名を名乗らずに賢者の振る舞いをしたこっちのせいでもあるしな」

 

『エルデ』

【これ以上カレンの事で苦しまんとこ。俺達はもうラウを責められへんのを忘れたらアカン】

『シェリルか』

【うん。どうしてもラウを憎みたかったら俺を憎んだらええ。ラウに偽賢者の誤解を与えたのは事実なんやから】

『お前が?』

【言うてへんかったけど、蒸気亭で賢者の特権を使うた時……あの時賢者の名前を名乗ってたら、あの場で事は済んでいたと思う】

『……それ、いつもはぐらかされる話題だけどさ、何で名乗れないんだよ』

【悪い。もう少しだけはぐらかされといてくれへんかな。後生やさかい】

『相変わらずズルいヤツだな。オレにお前を憎んだりできない事を知ってて言ってるだろ』

【ウチもお前に憎まれとうはないけど、でも……】

『もういい。でも……いつか、カレンに償え。ただし、その時はもちろんオレも一緒に償う』

【うん。……うん】

 

「では多くは申しません。ただ……もう意味はないかもしれませんが、既に解呪を行い、あの娘の保護者にはそれなりの補償は手配しておりますので」

「そっか」

「それからもう一つ。エイル・エイミイに請われた事で一つ心当たりがありますので、少し時間をいただいてそれを調べることにします」

「請われた?何を?」

「エイル・エイミイは私に『カレンを返せ』と言いました」

「はあ?その心当たりって、なんや?」

「深紅(しんこう)の……」

「止めときっ!」

 ラウが三聖の一人の名を口にしたとたん、エルデは顔色を変えて立ち上がりラウに名前を皆まで言わせなかった。

 その怒りと憎悪に満ちた形相はラウならずともその場にいた全員が驚いた。

「何かまずいことを言いましたか?」

 すぐに冷静さを取り戻したラウは目を伏せてエルデにそう訪ねた。

「お前の言う心当たりって言うのは「反魂の呪法」やろ?」

「さすがエルデです。私は呪法の内容については詳しくは知りませんが、でもあれを使えば」

「アカンっ!あれは絶対に使うたらあかん。あれで幸福になる人間なんておらへん。ましてやカレンの体に使うとか言語道断やっ」

「そう……なのですか?」

 まるで親の敵に出会ったかのように目をつり上げて怒りと憎悪の表情を浮かべるエルデに、ラウはさすがに怯んだ。

「知らへんのやったら教えたる。お前はカレンに「幸福な傀儡(こうふくなくぐつ)」を使った本人やからようわかっていると思うけど、対象であるカレンの魂は呪法の発動現力として既に完全に消費されてもうた後や」

「はい」

「《深紅の綺羅》が使う反魂の呪法は空の入れ物にその辺の適当な魂を抜いて、エーテルでつぎはぎした後にその入れ物にはめ込むだけの術や。そこに入るのは人間の魂である保証すらない。言うてみればスカルモールドみたいなもんになるだけや」

「なるほど。《深紅の綺羅》が使う秘呪「第二の生」とはそういう呪法なのですか」

「だからもう、カレンの事はそっとしといてやって欲しい。カレンの体をあのままにしたのはラウやのうてウチの罪や。後の事は……お前の罪も含めて……いつかウチが償う」


『エルデ、お前』

【俺達も、もうカレンの話はやめとこ】

『……』

 

 エルデはそう言って目を閉じると自分の胸のあたりに片手をそっとあてた。

 だが、急に目を見開いた。

「そうか!そう言うことか」

「え?」

「いや……なんでもない。こっちの話や。ちょっと別件で、ある事を思いついただけや」

「はあ……?」


【スカルモールドの秘密がわかったかもしれん】

『マジかよ』

【もうちょっと検証する必要があるけど、一部はたぶん解明できると思う】

『どっちにしろ、それってすごいことじゃないのか?』

【すごいっちゅうか、めっちゃヤバいかもしれへん】

『どういう意味だよ』

【いや、そやからもうちょっと考えさせてくれ】

『なんだよ、それも秘密かよ』

【ダダをこねんといてんか】


「まあそう言うわけでお前さん達の仕事はここで一応終わったという事や。ウチらは仲間を助ける用事があるし、二人とはここでお別れ、やな」

「あなたがエルデとわかったからにはもう敵としては会うこともないでしょうね」

「同感や。あ、ファーンにもう一つだけ尋ねたいことがあるんやけど」

「はい」

「ファーンは《蒼穹の台》以外の三聖に逢うたことがあるか?」

 ファーンは首を横に振った。

「《蒼穹の台》さまだけです。後のお二人はほとんど「前座」にはいらっしゃらないご様子で、守護の者すら見かけた事はございません」

「それ、三聖やのうてほとんど一聖状態やな」

「確かに、三聖の仕事はすべて《蒼穹の台》さまがこなしてらっしゃいます」

「その一部の仕事を弟子の私が代行しているというわけです」

「なるほど。吟遊詩人の格好であちこち回ってるのは《蒼穹の台》の指示で仕事をしているっていう訳やな。ま、仕事の内容までは聞かへんとくわ」

「それは色々な意味で助かります」

 ラウはチラとファーンを見た。ファーンは知らぬ顔をしている。

「そやろな。それはそうと、ランダールにちょっと不気味な精霊陣があったんやけど。あれ、火事の後に消えとったな」

 ラウの頬がピクリと動いた。

「って、まあ今のは独り言や。壊したのが誰かはわかってもうたけど」

「相変わらず人が悪い」


「お話の途中ですが、そろそろ目を覚まします」

 一同はファーンの言葉で一斉にダーク・アルヴの少女の方に顔を向けた。

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