第五十三話 二人の賢者 6/7

 又しばらく沈黙が流れた。エルデは自分の中の混乱を何とか押さえようとしているようだった。

「それで、ラウはその後、《蒼穹の台》に拾われたっちゅう事か?」

「大罪人の仲間という理由で上席賢者に拘束され、私刑にあう寸前で助けられました。そして私はしばらく三聖・《蒼穹の台》に匿われた後、そのすぐ次の双朔月(ならびさくづき)に授名の儀を経て《二藍の旋律》を継いだのです。賢者になった事でようやく他の賢者から攻撃されるおそれがなくなりました」

「なるほど……話を聞く限りはホンマっぽいな」

「賢者が賢者に嘘は言いません。ましてエルデに嘘を言うわけがありません」

「そうやな」

「言っておきますが私にも謎だらけなのです。授名の儀で一体何があったのです?《真赭の頤》の事件を知らないようですが、エルデはそこにいた当事者じゃないですか。知らないとはどういう事ですか?」

「何があったって……。そもそも何も……いや。あ、そうか。あの後か」

「教えてください?私には知る権利があると思います」

「ラウ、すまん。悪いけど覚えてへんわ。授名の儀の後、ウチはすぐに意識を失うてん」

 エルデはそう言うと苦笑いをして見せた。

「嘘……ではないようですね」

「うん」

「じゃあ、授名の儀が終わった後、エルデはどうしたのですか?その場にはいなかったのですか?」

「うん。気がついたらドライアドにある師匠の庵におったんや」

 エルデはそう言うと済まなそうに小さく頭を下げた。

「この通りや。ウチは何も出来へんかったみたいや」

「そうですか。師匠の死も知らなかったということは詳しいことを覚えていないのも無理もありませんね。」

「堪忍や」

「エルデが謝る必要はありません。そうなると真実は知っているのは《蒼穹の台》だけなのかも知れませんね。もしくは真実などないか」

「真実がない、か」

 エルデはラウの言葉を反芻するように小さくそうつぶやいた。

「それでも、エルデに会えて本当に良かった」

「あああ、それはそうと、なんでここに?こっちの行動は《蒼穹の台》には筒抜けという事なんか?」

 また抱きつこうとしたラウを慌てて制すると、エルデはそう訪ねた。

「捜していたのは確かですが、ここで会ったのは偶然です。《蒼穹の台》の指示でジャミールに行くように言われたのです。もちろんエルデがいるからではなくて、全くの別件です」

「そうか」

「エルデは……その……例の?」

「ユートの事、か。いや、実は俺の方も偶然なんや。まあ、ジャミールに寄るって決まった後は、もちろんユートの母親に会えたらええかなとは思ってたけどな」

 エルデはそれだけ言うと、再びアプリリアージェの方へ顔を向けて声をかけた。

「リリア姉さんからラウに何か聞きたいことはあるか?答えられへん事は答えられへんと思うけど、賢者は思ってるほどケチやないから問題ない事には答えてくれるで。例えば、『《蒼穹の台》がお前に命じたこととは何ぞや』とかは聞いてもムリやけどな」

 アプリリアージェはうなずくと、さっそくラウに質問を投げかけた。

「私達が何者かは知っていますか?」

 ラウはアプリリアージェを見て、アトラックを見て、テンリーゼンを見た。そして改めてエルデを見て、逆に質問を投げた。

「どこぞの教会の者を部下にしたのではないのですか?」

 エルデは意外に思った。

 《蒼穹の台》はル=キリアの事は知っているはずだった。あの偽物の死体を処理する役を引き受けた際にからくりを全て見知ったはずだったのだ。だが、その事は弟子には告げていなかった。

 その理由として、エイルは回答候補を三つほど用意してみた。

 一つは教えられない事情が彼にあるのかもしれない事。

 もう一つはル=キリアなどに全く頓着していない事。

 三つ目は単純に伝え忘れたか、ラウが聞き逃したかだが、エルデはおそらく二番目だろうと思っていた。

「ラウも聞いたことはあるやろ?シルフィード王国軍の特殊部隊ル=キリアの小隊や」

「ル=キリア?なるほど、そう言えば」

「という、すっごい秘密を教えたんやから、そっちもここへ来た目的を教えてくれへんか?」

「秘匿事項だとは言われていませんし、上席賢者の要請があるなら答えても問題はないと思いますが」

 ラウはファーンの方をチラリと見た。

「おそれながら私の忌憚のない意見を申し述べます。賢者の法には触れませんが、個人的には好ましくないと思います」

 ファーンは無表情なままで素っ気なくそう言った。

「では問題はないと言う事だな。看過しろ」

 ラウも素っ気なくそう答えた。

「この子はお前のお目付役も兼ねてんのか」

 エルデは不思議そうにラウとファーンを見比べた。

「いや、そういう事ではないはずなのですが、こういう性格の為に、なぜかなんとなくそう思えてしまうのです」

「先ほども申しあげた通り私は《二藍の旋律》だけの部下です。三聖蒼穹の台様の部下ではありません。よって私には三聖蒼穹の台様への報告義務は存在しません。つまり、私はお目付役などではないという結論に辿り着きます。この件については同意していただけると思います」

「と言うことなんですが、いろいろ厳しく私の行動に口を挟んでくるのです」

「お言葉ではありますが、それは賢者として、そして《二藍の旋律》の部下として当然の勤めだと考えています」

「せやな。ファーンは極めて優秀な部下やな。でも、素でもけっこう堅物やったラウちんもああ言うてんねん。そやからファーンもここはちょっと『ま、ええかな』位言うてもらえると喋りやすいんやないかな」

「『ラウちん』ですか?」

 ファーンは妙なところに反応した。

「恐れながら賢者ヴァイス。個人的にはそれはどうかと思います。『ラウっち』の方がしっくり来ると思うのですが?」

 無表情な雰囲気はなりを潜め、ファーンは身を乗り出すと熱い目でエルデに語りかけた。

 その変化に戸惑ったエルデに、ラウは無言で説明を促されたが、苦虫を噛み潰したような顔をして見せただけであった。

「なるほど。そう言われると確かに『ラウちん』より『ラウっち』の方がこいつには似合ってるな」

「上席様にご賛同いただき、この《群青の矛》、恐悦至極に存じます」

「よし。俺もラウっちで行く」

「それは素晴らしいお考えです」

「素晴らしくなどない!」

 二人の話は妙な方向へ脱線し始めたが、ファーンが折れる事により一行はラウからジャミール来訪の目的を聞き出すことが出来た。


「それってさ」

 アトラックが口を挟んだ。

「ルルデ・フィリスティアードの事じゃないのか?」

 その場に居た全員がアトラックと同じ事を考えていた。言わばアトラックの投げかけた言葉は全員の代弁とも言えた。

 確かにラウの言う「ピクシィの少年の存在確認」とは、かつてジャミールにいたのではないかと思われるルルデ・フィリスティアードの事をさしているように思えた。

 果たしてラウはアトラックに対してうなずいた。

「その通りだ。お前はルルデというピクシィを知っているのか?」

「ルルデは……ルルデ・フィリスティアードは残念ながら一年前に死亡していますよ」

 ラウの問いかけに、アトラックではなくアプリリアージェが間を置かずに答えた。

「一年前に死んでいる?」

「ええ。詳細は省きますが、彼のいた反政府組織と戦闘状態になり、不本意でしたが私がこの手で」

「それは本当だろうな?」

 ラウの目つきが変わった。相手を射るような目に変わったのだ。

 その目はアプリリアージェの言っている内容を値踏みするかのようにじっと黒髪のダーク・アルヴの少女を見つめたが、彼女の微笑に変化が見られない事を知ると、すぐに鋭さが緩んだ。

「つかぬ事を聞くが、その顔は地顔なのか?」

「ご明察」

「なるほど。お前の二つ名の訳がこれでわかった。その緊張感のない顔を戦場では面で隠しているのか」

「またまたご明察です」

「白面の悪魔の正体は垂れ目の緩い笑顔をしたニコニコ少女とは恐れ入った」

(いやあ、ぜんぜん少女じゃないんだけどねえ)

 アトラックは思わず小声でそう呟いたが、幸いにもアプリリアージェの耳には届かなかった。

「嘘ではないようだな。徒労だったか」

 残念そうにそう言うラウに続いて、エルデがため息混じりに呟いた。

「また、ルルデか」

「また、と言うと?」

「なあ、ルルデって何者なんや?何で単なるゲリラの兵士風情を正教会の三聖が賢者を二人も使うて捜してるんや?」

三聖蒼穹の台の話では、ルルデは炎のエレメンタルだと言うことだ」

「え?」

 あっさりとそう答えたラウの言葉に、エルデとアプリリアージェ、それにアトラックまでが異口同音にそう言った。

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