第五十三話 二人の賢者 5/7
「話は大体わかった」
抱きついたまま一向に解放してくれそうもない大柄なアルヴの体を引きはがすようにして落ち着かせると、アプリリアージェとアトラック、そしてラウから情報を得、ようやく状況を把握したエルデはそう言ってうなずいた。
「要するにみんなその子に助けられたっちゅうワケやな」
そう言ってラウの横で静かに座っているファーンを見て頭を下げた。
「おおきに。助かったわ」
「いえ。私は主である《二藍の旋律》の命令に従っただけです。つまりこの場合、おそれながら上席様は《二藍の旋律》にこそ礼をするべきかと提言いたします」
「いや、両方に礼をするのが筋やろな」
そう言ってラウの方を向くと、彼女は首を左右に振って見せた。
「いえ、礼には及びません。スカルモールドの排除は本来の我々の仕事の範疇です」
「あ、そやったな」
「それよりも」
「いや、ちょっと待って。最初にどうしても聞いときたいことがあるんやけど。それ聞かなこれから気になって眠れへんし」
「何でしょう?」
「決まってるやろ、何でこの「エア」の中でその子……ええと」
「《群青の矛》です。上席様」
自分を見たエルデに、ファーンが自ら名乗った。
「現名はファーン。ファーン・カンフリーエです」
そう補足したのはラウだ。
「カンフリーエ……」
エルデはファーンの族名を声にしてしばらく記憶を辿っていたが、ポンと手を叩いた。
「思い出した。確か今は《蒼穹の台》の守護一族の役やったな」
「確かにおっしゃるとおり我が兄がお役を拝命しておりますが……上席様はなぜそんな事をご存じなのですか?」
ファーンは無表情な顔を崩すと、驚いたようにエルデを見た。
「まあ、そういう知識に関してはちょっと詳しいんや」
「そうなのですか」
「あ、それからその上席様って言うのはやめて欲しいな。エルデでええから」
「了解しました。賢者エルデ・ヴァイス」
「守護一族?」
ラウは初めて聞く言葉のようだった。
「それは一体何の事だ、群青?お前の兄というのは大賢者「菊塵の壕(きくじんのほり)」」
「――それは、私の口からは申し上げられないことになっています」
ファーンはそう言うと目を伏せた。
「申し訳ありません」
「ウチから言うわ。守護の一族っちゅうのは、三聖の血筋を守る為に存在する特殊な一族の事や。お前は十二色って聞いた事があるか?」
「じゅうにしょく?」
「その様子やと知らんようやな。まあ、カンフリーエ家はその十二色と呼ばれる特殊な十二の家柄の一つやっちゅうことや」
ファーンはきつく口止めされているのであろう。自分で言い出した事もあり、ごまかすわけにも行かないと思ったエルデがファーンに変わって説明したと言う事は、つまり賢者として知ってはならない類の知識ではないという事であろう。
「三聖の血筋を守る一族。それが十二色?」
「いや、実際は守るのは八つの家系やから八色なんやけど、あんまりそのへんは俺達が知る必要はない事や。そうか、守護一族で賢者と言うことは、ファーンはラウ付きというよりは《蒼穹の台》の配下っちゅうことか」
「いえ、以前はそうでしたが、今は《二藍の旋律》の直属の部下です。それにそもそも私は末の妹ですからあまりカンフリーエの家とは関係が深くありません」
「そうか。まあその話はここまでにしとこ。それで話は元に戻るけど、お前は何で「エア」でルーンが使えるんや、ファーン?」
そう、それはその場にいた一同全員が聞きたい事だった。
エーテルが存在しないと言われている「エア」という特殊な空間でなぜエーテルが必要なルーンが発動しているのだろうか。
「それは……」
エルデの質問に、ファーンはラウの方を見た。答えていいのかという問いかけのようだった。
「《蒼穹の台》の話によりますと、《群青の矛》は特殊な体質だと言う事です。彼女はツイフォンの媒体にもなりますし、能力はかなり限定されるようですが「エア」でのルーンも発動するのです。ただ、その理屈については私は知りません」
「ふーん。で、群青はその理屈というか仕組みを知ってるんか?」
エルデの問いにファーンは首を横に振って答えた。
「私も、《蒼穹の台》様にお前の体質は特殊なのだと説明されただけです」
「特殊な体質ねえ」
エルデは腕を組むと、少しの間目を閉じて考え込んだ。
「賢者エルデ・ヴァイスでもそう言う事は初耳なのですか?」
アプリリアージェが遠慮がちにそう声をかけると、エルデは目を開けた。
「初耳も初耳。ルーンの法則が根底から覆されるような事象やな。でも、理屈の推理はできる。なあ、《群青の矛》、いやファーン」
「はい、賢者エルデ・ヴァイス」
「イオス・オシュティーフェ、つまり《蒼穹の台》のとこにおったとき、あいつに何かされへんかったか?」
「何か、と申しますと?」
「うーん、体を改造されたとか、何かを埋め込まれたとか、一回殺されたとか」
「まさか!」
ファーンよりもラウの方が驚いて反応した。だが、当のファーンは例によって真面目に答えた。
「いえ、そのようなことは、少なくとも私の記憶にはございません」
「そっか」
「それどころか猊下からは指一本触れていただいたこともございません」
「ふむ。「エア」攻略の糸口でも見つかるかと思ったけど、アカンか」
「賢者ヴァイスのお役に立てず、申し訳ありません」
ファーンは本当に済まなそうに頭を下げた。エルデは苦笑するとそれを止めた。
「群青……いや、ファーンが謝ることは何もあらへん。気にせんといて。それより、もう一つだけ教えて欲しいんやけど、その「エア」でもルーンが使えるっちゅうのは生まれたときからなんか?まあ、生まれたときからルーンが使えたわけやないやろけど、守護一族やったら物心ついたときにはもうルーンの修行をしてたやろ?」
「はい。あ、いえ、そう言えば以前は「エア」に入るとルーンは使えませんでした。一度アダンに行ったことがありますが、あそこでは私のルーンは完全に封じられていました」
「ふーん」
エルデはファーンの話を聞き終わると、ニヤリと笑ってアプリリアージェを見た。
「やはり《蒼穹の台》が何か知っている、と?」
アプリリアージェはエルデにそう問いかけたが、エルデは首を横に振った。
「それだけやない。多分、《蒼穹の台》だけが知っているからくりやないやろな、と言うところまでわかった」
「ルーンですか?」
「いや、どう考えても呪法の類や。問題は、多分俺には出来へん呪法やということやな」
アプリリアージェはそれ以上質問しなかった。その様子をみて、エルデはラウに声をかけた。
「さて、さっき何かを言いかけてたな?」
「ええ。何故あの時名前を名乗らなかったのですか??」
「ああ。あの時、か」
エルデは少し考えると声の調子を変えて《二藍の旋律》に向かって言った。
「そうそう。その前にこっちからも聞きたいことがあるんやった」
「え?」
「《蒼穹の台》が言うてた。《二藍の旋律》は弟子やって」
「そうです。今は《蒼穹の台》の弟子です」
「じゃあ、シグの師匠はどうしたんや?」
エルデのその問いにラウは絶句した。顔には何とも言えない表情が浮かんでいた。
「何や、その反応?」
「知らないのですか?」
「何を?」
ラウはチラとアプリリアージェ達を見やった。
「まあ、いいでしょう。この件についての箝口令など聞いたこともないですし」
「もったいぶってないで教えてや」
「我らの師匠、
「ええ?」
今度はエルデが絶句する番だった。
アプリリアージェ達も顔を見合わせた。
それほどラウの言葉は衝撃的だった。
少しの沈黙の後、エルデが怒鳴った。
「なんでやねんっ?!」
「なんでも何も、上席と次席の賢者四人を殺害した罪です」
「え?いつ?」
「ですから、エルデ・ヴァイスの授名の儀に立ち会っていた賢者を、《真赭の頤》がその場で全て殺害したのです。そう私は聞いています」
「ちょ……ちょっと待って。ウチの授名の儀やからそれって二年前やろ?」
「そうです」
「そんなはずは……そやかてあの時」
「《蒼穹の台》がそう言っていました。だから嘘はないでしょう。ちなみにご存じだとは思いますが」
「わかってる。賢者を処刑できるのは三聖だけやからな」
「そういう事です」
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