第五十一話 精霊石 3/5
アキラは二人のやりとりを聞いて、懐から剣を取り出した。
それを見ていたエルネスティーネが何かを言いかけたが、アキラはそれを制すと、その剣でダーク・アルヴの兵士、メリドの足を縛っていた布を切り、拘束を解いた。
「お互い、敵味方ではないという確認ができたのだ。もうこれは必要ないだろう」
そう言うと切り取った布を遠くへ放り投げて見せた。メリドは何も言わずに解放された足を動かした。
「では聞くが、なぜルルデをゲリラ部隊に預けたのだ?」
ファルケンハインの問いに、メリドはふむ、と言って目を伏せた。
「あれはルルデを預かって誰が育て親になるかを協議していた時だ。つまり、預かって間もなくということになるな。再び《深紅の綺羅》様がお越しになった。そしてこう命じられたのだ。事情が変わったので今すぐルルデを里から遠ざけ、信頼できる軍師に預けろ、と」
「なぜ?」
「この里が新教会にかぎつけられたかも知れないのだと言われた。それは暫しの間で、しかるべき場所を別途用意してすぐに迎えに行くともおっしゃった。かなり緊急のようで、多少なりとも武装した集団に預けた方がいいだろうというお考えだったのだろう」
「新教会?ルルデには新教会に追われるような理由があったのか?」
メリドはうなずいた。
「それは我らにもわからない。《深紅の綺羅》様は、その時にスカルモールドを呼び出す精霊石を我らに与え、新教会が攻めてきた時はそれを使ってしのげとおっしゃった。そして我々は命じられるまま、即座に動いた。すでに親交があり相応の人物だと信じたサラマンダのフィリスティアード少佐こそ、その預け先だったのだ」
それがルルデに関する情報のすべてだとメリドは言った。
「《深紅の綺羅》様にはルルデのことはすぐに忘れろと言われたのだが、実際にこの手で手渡した身だ。気になって時々様子を見に行っていたのだが、ルルデのもとに《深紅の綺羅》様が現れた形跡は一切無いのが気になっていた」
ファルケンハインはメリドの話を受けて、今度は彼が持っているルルデ・フィリスティアードの情報を伝えた。だがそれはメリドにとっては衝撃の事実であった。
既にルルデがこの世にいない事を知ったメリドの落胆は相当のものだった。
「我らはいったい《深紅の綺羅》様になんとお詫びすればよいのだろうか……」
だが、戦闘集団に預ける限り、それは諸刃の剣である。命に関わる事が起こる可能性が高いと言う事は《深紅の綺羅》とて想定していたはずである。
すなわち《深紅の綺羅》は本当に短期間のうちに迎えに来る予定だったという事なのであろうとエルネスティーネは話を聞いてそう思った。そしてその場にいた全員がおそらく同じ考えであったろう。
つまり、《深紅の綺羅》には迎えに行けない事情があったのだ。
「メリドさんのせいではありません。あまり自分を責めないで下さい」
そう言って慰めるアルヴィンの少女を不思議そうな顔で見上げるメリドに、アキラは言った。
「ネスティ嬢はこういう方だ。敵も味方もない。あるのはただ目の前にいる人間を思う優しい心だけだ」
「詳しいことは申し上げられませんが、私達はこのような争いがこれ以上起きないようになればと、ある目的のためにこうやって旅をしているのです」
「それは、同道されている賢者様のお考えなのか?」
メリドの言葉にエルネスティーネは何も答えられなかった。ファルケンハインの方を見たが、彼とてその問いに答えられるものはなにもない。
「正直に申しますと賢者エイミイの目指す先の先までは私たちにはわかりません。ですが、少なくとも今はあの人の目指すところを我々も見ています」
「そうでしたか」
エルネスティーネの言葉でメリドの態度がまた少し軟化した。言葉遣いも穏やかになり、少なくとももう敵対する相手としてアキラ達を見る事はなさそうだった。
「そう言うわけで、俺達が敵ではないことを解ってくれるとありがたい」
ファルケンハインは続けた。
「わかったら、頼むからここから出してくれ。地上に置いてきた仲間が心配なんだ」
あれから既に一時間以上は経っていると思われた。一般的にスカルモールドが既に消滅している時間ではあった。問題はそれまで一行が持ちこたえているかどうかである。何せ「エア」の中だ。フェアリーもルーナーも力が封じられている状況で、三体ものスカルモールドをたった四人でどうにか出来たとは考えにくい。だが、それでもあの面々なら切り抜けているに違いないとも思っていた。
だからこそこれまでそのことには触れなかった。それよりも自分達の状況を考える事の方を優先すべきだと思っていたからである。
だがこちらの状況がある程度一段落すると、さすがに心配になってきたのは確かだった。
しかし、アキラ達の思惑に反してメリドの答えはあまり歓迎できないものだった。
「悪いが、脱出は無理だ」
「どういう事だ?お前が連れてきたのだろう?」
「ここは見ての通り八方が行き止まりの空洞だ。中からは外へ出られない。つまり、体のいい地下牢と思って貰った方がわかりやすいだろう」
「なんだって?」
「冗談ではない。族長ラシフ様のルーンでしかここに通じる経路を開く事は出来ない。それまではただこうしているしかないのだ」
「それって、エイル達を助けにはいけないということ?」
エルネスティーネが問うまでもなく、つまりはそう言うことだった。この場所を動くことすら出来ないのだ。
アキラは大きなため息をつくと、その場にどっかとあぐらをかいた。
「どうやらここは、腹を決めて待つしかないようですな」
とは言ったものの、その実アキラは焦っていた。
この場で得た膨大な情報をできるだけ早くミリアに伝える必要があった。どれ一つとってもミリアの計画に影響しかねないものばかりだったのだ。
何より文句の一つも言いたかった。
アキラに言わせれば、そもそも今回のミリアが「思いついた」作戦は困難が多すぎた。
ミリアに依頼された通りエルネスティーネ達の一行に紛れ込んだまでは良かったが、アキラにとってはその後が問題だった。
ミリアには長期不在になる覚悟で準備しろと言われてはいたが、一行の目的地が予想以上に遠く、成り行きとしてまさにその通りスプリガンの総司令が長期不在になりそうだと言うことがまず大きな問題だった。
次に、加わった一行にはアキラの予想を遙かに上回る人材が居たことも問題だった。アキラの後を一定間隔を開けて追随しているはずの二名の部下、すなわちミヤルデ・ブライトリングとセージ・リョウガ・エリギュラスに対して思うように密な連絡が取れなかったのだ。
はじめから疑われているのは確かだった。
いや、誰であろうと疑うのがアプリリアージェ・ユグセルの仕事なのだ。なにしろ一国の王女の護衛なのだから。
しかもただの王女というわけではない。もっともただの王女というものはどんな王女なのかという議論の余地はあるにせよ、エルネスティーネに関してはファランドールの命運を握ることになるやもしれないエレメンタルの一人でもあるという付加価値がついている。どのような経緯であれ、その重要人物に近づこうとするよそ者に対して警戒しない護衛など存在しないと言っていい。
そして、その護衛たるアプリリアージェはアキラの目から見ても類い希と言って差し支えない程の優秀な人材だと確信できる人物だった。
その尋常ではない観察眼と洞察力を前に中途半端に尻尾を出すような真似は絶対にしてはならないことだった。下手をすると一瞬で命を落とす事になりかねない。
アキラとしては自分とアプリリアージェが白兵戦を行った場合の相対的な力の差を掴みかねていたが、それは向こうも同じだろうと思っていた。
アキラが多少有利な点は、アキラの方ではアプリリアージェの正体をよく知っているが、相手はアキラの事をまだ認知していないことだった。だからと言って事が起こった際にアプリリアージェが油断して手加減をするとは思えなかったが、有利になる要素は無いよりも一つでもあった方がいいに決まっている。
また、アプリリアージェだけを気にしていればいい訳でもない事も、アキラの頭痛の種であった。
うわさ通りである故に全く未知なものになっているテンリーゼンの存在もその一つだった。
しゃべらない、存在感や気配がない、見るとただ不気味にそこにいると言った風情はまさにうわさ通りで、本当につかみ所もなにもない。しかし戦闘能力に対する噂の方は全く不明なのである。腕力のない小柄なアルヴィン、しかもまだ年端もいかない少年兵にしかみえない。殺気もなく、アプリリアージェをはじめとする他のル=キリアのような強い戦士が纏う特有のエーテルの圧力のようなものも全くない。アキラの知る兵士とは一線を画する全く異質な存在、それがテンリーゼンだった。
だからこそ不気味で、一瞬の油断もできないと思わされた。
そして極めつけの問題は、今まで見たことも聞いたこともないような特殊なルーナーが一行に居たことだった。
ル=キリアと違いスプリガンにはルーナー部隊が編成されていた。従ってアキラも当然ながらルーナーというものをそれなりに理解しているつもりであった。スプリガンのルーナー部隊には特別にドライアド国王直轄の高位ルーナー、すなわちバード職に就いている者も何人かが配属されている。つまり多少強力なルーナーを見てもさほど驚くことなどないはずだったが、エイルのルーンを見た時にはさすがに驚愕した。あまりの驚愕の為に思わず笑いが出たほどだった。
複雑なルーンをほぼ瞬時に発動させるルーナー。それもこともなげに。
そのルーナーがその気になれば、何もかも自白してしまうルーンをかけられる可能性もあった。もちろんそう言うルーンが存在するのかどうかまではアキラは知らなかったが、ドライアドのバード達が何十年もかかって習得するようなルーンですら、世にあるルーン全体の百分の一にも満たないと言われている。どんなルーンがあろうが不思議ではない。ましてやそのルーナーが実は賢者だとわかったからにはその未知の恐怖は増すことはあっても減ることはなかった。
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