第五十一話 精霊石 2/5

「しんこうのきら?」

 エルネスティーネのオウム返しを待たずに、ティアナとファルケンハインは顔を見合わせた。アキラはというと、険しい顔をいっそう険しくしてダーク・アルヴに詰問した。

「三聖だと?そんなものが実在するとでもいうつもりか?」

 ダーク・アルヴの少年はアキラがそう言うと声に出して笑って見せた。

「これだから何も知らぬ人間は愚かだというのだ。お前達が我々の味方でないこともこれでわかった」

「何だと?」

 ファルケンハインはティアナにうなずいてみせると、気色ばむアキラに声をかけた。

「アモウル殿。実のところ三聖は存在する」

 アキラはその声を聞くと、視線をゆっくりとファルケンハインの方へ向けた。横にティアナの顔も見えた。そしてそのティアナと目が合うと、彼女は小さくうなずいた。

「本当なのか?三聖などと言うものは伝説上の存在ではないのか?」

 ファルケンハインは少し逡巡すると、口を開いた。

「おそらくリリアお嬢様にはお叱りを受けるだろうが、非常時ということでアモウル殿を信頼して話すが……」

 アキラはうなずいた。

「君の信頼にこたえる矜持を、私は持っていると自負している」

「いや、疑っているわけではない。とはいえ他言無用で願いたいが、我々もつい先日、その三聖と呼ばれる一人の賢者に出会ったところだ」

「なんと!」

 アキラは大きく目を開き、心底驚いた顔をした。

「それは本当なのか?偽物にだまされたなどというありがちな落ちではなく?」

 ファルケンハインは首を振った。

「この三人の中では実際に彼に会ったのは俺一人だが、さっきはぐれた残りの仲間は皆その場所にいた。あれは間違いなく三聖。その名を《蒼穹の台》(そうきゅうのうてな)と言うそうだ」

「なんだと」

 アキラは再び目を見開いて驚いた。だがその言葉に驚いたのはアキラだけではなかった。左腕を負傷していたダーク・アルヴの戦士もファルケンハインの言葉を聞いて思わず上体を起こしていた。

「きさまは《蒼穹の台》様に会ったと言うのか?それは本当の話なのか?」

 ファルケンハインは顔色を変えたダーク・アルヴにうなずいて見せた。

「間違いない。三聖蒼穹の台が作り出した「神の空間」と呼ばれる結界で我らは相まみえた」

 アキラは絶句した。

 三聖の存在などもはや伝説だと思っていた。少なくともアキラ自身とミリアはそう思っていたのだ。実際にいるなどと言う情報はドライアドのかなり深い部分の情報を閲覧できるアキラですら知らなかった。

 この情報が本当だとすると、出来るだけ早急にミリアにその事を伝えなければならない。

 様々な修正が必要なはずだった。

「三聖と面識があるなどと、君たちは一体、何者なんだ?」

 アキラは怪訝な顔で改めてファルケンハイン達を見渡した。エルネスティーネはアキラと目が合うと下を向いた。何も話せないという意味だとアキラはとり、視線をエルネスティーネからファルケンハインへ移した。

「もはや隠すこともないと思うので言うが、我ら一行に同道しているルーナー、エイル・エイミイは、アモウル殿も薄々感じているようにただのルーナーではない」

「と、言うと?」

「あいつはマーリン正教会の賢者だ」

「馬鹿な!」


 次々に口にされる驚愕の新事実にアキラの思考は即座に反応できない状態だった。スカルモールドが出現してからこっち、今まで持っていた認識が覆る展開が速すぎた。

「賢者というと、あの賢者、なのだな?」

「すぐに信じられないのも無理はないが、嘘ではない。彼は「マーリンの眼」を持つ本物の賢者だ」

 ティアナがそう言って念押しをした。

「マーリンの眼というと噂に聞く第三の眼の事だな?それも見たのか?」

 アキラの問いにファルケンハインはあっさりとうなずいて見せた。

「ち、ちょっと待て。お前達の仲間にいたさっきのルーナーは賢者様だと言うのか?それは本当に本当か?」

 アキラは続けて何かを尋ねようとしたが、その前にダーク・アルヴの少年がファルケンハインに向かって質問を投げた。

「言ったとおりだ。我々の仲間には賢者がいる。それも末席などではなく、かなりの上席にいる賢者だそうだ。本人の言だけではなく、件の三聖蒼穹の台も認めていた。だから間違いない」

「賢者の一行がなぜ、我々の里に来るのだ?」

「それはさっきも言ったとおりだ。俺達は食糧の補給ができればと、その存在を知っていたジャミールの里を目指しただけだ」

「本当の賢者なら、あの道から来るはずはない」

「と言うと、他にも道があるというのか?」

 《蒼穹の台》の名前が効いたのか、一行を賢者の付き人と勝手に思い込んだのだろう。ダーク・アルヴの少年の態度が少し変化した。

「《深紅の綺羅》様や賢者様は、いつも「龍の道」からいらっしゃるのだ」

「龍の道?」

「ここと同じような洞窟だ。ただし、もちろん行き止まりではないがな」

「なるほど」

「《深紅の綺羅》様は族長ラシフ様にこうおっしゃったそうだ。『自分達の仲間はこの道を通じてのみここへ来る。普通の道から来る者は排除しろ』と。そしてそのために結界の精霊石を下された」

「ふむ」

 どう思う?とアキラが目で問うと、ファルケンハインは首を横に振った。

三聖深紅の綺羅がこの里に肩入れをしていたということか?」

 アキラも同意見だった。

 だが、何の為に?

「あの、ひょっとしてルルデに関係しているのではないですか?」

 エルネスティーネがふと思いついたようにそう言うと、ダーク・アルヴの反応は驚くほど早かった。

「ルルデを知っているのかっ?」

 見つめるその目の真剣さに、エルネスティーネは思わず身を引いた。

「え、ええ。知っているというか、知らないというか」

「どっちなのだ?ルルデは今どうしている?フィリスティアード隊が委嘱軍につぶされたという情報はあったが、詳しい内容がまったくわからず、ルルデの消息がぷっつりと途絶えたままなのだ」

 エルネスティーネはどうしましょう?というふうにファルケンハインを見た。勿論ファルケンハインはその後を受けた。

「ルルデのことは知っている。知っている事は教えてもいい。だが、一つ条件がある」

「なんだ?」

「ルルデとは何者だ?なぜお前達が彼を知っている?それを教えてくれれば我々が知っているルルデ・フィリスティアードの情報を包み隠さず教えよう」

 ダーク・アルヴの少年は悩んでいる様子だった。しばらく無言でいる彼に、しかしアキラを始め一行は何も言わなかった。そしてようやく開いた口から聞かされた事柄は、アキラよりも多少なりともルルデのことを知るファルケンハイン達を驚かすのに十分な内容だった。


「ルルデはもともと《深紅の綺羅》様から託され、匿うようとに命じられた赤ん坊だったのだ」

 もともとジャミールの里は賢者と関係があった。ある賢者の保護と協力を受けていた。理由はルートの一つであるキュア系列のジャミールというグラムコールを持つルーナーを多く有していたからだった。勿論、賢者候補生をジャミールの里から選ぶ為である。そしてその「ある賢者」の名が彼らにとっては問題だった。

「《真赭の頤》(まそほのおとがい)様だ」

 その名前が出た時にはさすがにアキラを除く三人全員が唸った。

 何という符合の一致だろうか。


 ダーク・アルヴは続けて語る。

 ある日、その大賢者真赭の頤とともに里に現れたのが三聖深紅の綺羅

 その胸には一人の赤ん坊が抱かれており、この子を里で匿えという。

 それが普通の赤ん坊でないことは一目見てわかった。瞳髪黒色、つまり黒い髪と黒い瞳を持つ大昔に絶滅したはずのピクシィの赤ん坊だったのだ。

 族長は一切理由は聞かず、その赤ん坊を受け取ると、一族で大事に育てることを誓った。

 それを聞いて満足そうにうなずいた三聖深紅の綺羅は、褒美としていくつかの精霊石を族長に与えたのだという。


「それが君が使ったこの精霊石か?」

「そうだ、ただしその時いただいたのは結界を張るものだけだ」

「それはジャミールの里にとっても重要なものなんじゃないのか?君はそれを使える立場にある兵士だということか?」

 アキラの問いかけに、ダーク・アルヴの少年はうなずき、初めて自分の地位と名を明かした。

「俺はジャミールの兵士長、メリドだ。言っておくが俺はデュナンのお前をハナタレ小僧と呼んでもいい程の年齢だ。お前にはどう見えているかは知らんがな」

 ダーク・アルヴの少年は、少年ではなく既に齢四十歳だという。年齢もそうだが、それよりも、ファルケンハインはその名前に反応した。聞き覚えのある名前だったのだ。

「メリドと言ったな。シェリルの言っていたメリドとはお前の事だったのか?」

 ファルケンハインの言葉にメリドは顔を輝かせた。

「おお。お前はシェリル・ダゲットを知っているのか?」

「ああ、知っているとも。シェリルからお前の名前を聞いたことがあるんだ」

「そうか、シェリルとも知り合いだったのか。彼女の淹れる紅茶はずいぶんとうまかったのを覚えている」

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