第五十一話 精霊石 1/5

「残念だが骨折しているようだ。とりあえずは動かない方がいいだろう」

 アキラはそう言うと足下に散乱している矢を三本ほど手にした。そしてその矢羽根をむしり取って束ねた上で慎重にダーク・アルヴの少年の右腕に当てた。それを添え木とし、布で巻き込むように包んでしっかりと固定した。

「少し我慢しろ。緩んでずれると後がやっかいだからな」

 さすがに痛みに耐えかねたのか少年は呻いて差し出していた手を引っ込めようとしたが、アキラは無情にもそれを無視し、布を巻く力を緩めようとはしなかった。

 その様子を見ていたエルネスティーネは、ただはらはらするばかりだった。さすがについ先日まで王女として過ごしてた彼女には、戦場を経験しているアキラのような応急処置の方法は知るよしもない。治療を受けるダーク・アルヴの少年を見てエイルが倒れた時もどうしようもなくて悔しかった気持ちを再び思い出して唇をかんだが、勿論そうしたからと言ってどうなるものでもなかった。

「手際がいいな」

 同じようにアキラの仕事を見ていたティアナがそう言った。嫌みや軽口などではなく素直に感心して出た言葉だった。

 ティアナの場合、感情がわかりやすい。しばらくともに過ごした事で、アキラもこの不器用な白髪のアルヴの女戦士の性格がわかっていたから、その言葉がティアナにとってはかなりのほめ言葉なのだと理解していた。

 いったんその性格がわかってしまえば、ティアナほど付き合いやすい相手もいないと言えた。駆け引きなどせずに、まっすぐに気持ちをぶつければいいだけなのだから。そして少なくとも自分が認めた相手には、ティアナからは自分の飾らない気持ちを無防備に投げてくる事だけは確かだった。

「なに、命のやりとりをしているとこう言うことは嫌でも覚えてしまうものだ」

 これでよし、と言ったアキラが布を巻いたところをポンと叩いたが、当のダーク・アルヴの少年にしてはたまったものではなかった。低いうめき声を上げて、体をよじった。

「こいつは失敬。しかし私達が君に必要以上に優しくするいわれはない事は覚えておけ」


 アキラ達一行は地下の洞窟のような空洞でひとかたまりになっていた。光が届かない為に天井はよく見えないが、それだけにかなり高いようだと言う事がわかる。

 アキラが持っていた自光石セレナタイトのぼんやりした光はあまり広い範囲は照らせないが、一行のいるあたりを中心に丸く光の結界のようなものを作り上げていた。

 一行がいるその場所はかなり広い地下空洞になっている事は彼らには既にわかっていた。だが、ファルケンハインとティアナが偵察したところ「洞窟」ではあるようだが、どこにも通じていない、つまりそこは出入り口のない箱のような空間と言えた。


「さて、いくつか質問に答えてもらおうか」

 手に持った片手剣を傍らにいるダーク・アルヴの少年の眼前に突き出すと、アキラはそう脅しをかけた。

 しかし、

「いけません。剣はもう必要ないでしょう、アモウルさま」

 エルネスティーネがそう言ってアキラを批難した。

「おやおや。これは私としたことが」

 指摘されたアキラはそう言うと叱責の主に軽く会釈をしてすぐに剣を鞘に収めた。

「つい癖でしてね。特に命を狙われたりした後では必要以上に攻撃的になってしまうものです」

「それはわかりますが、その人は左腕を折っている上に既に武器も取り上げられています。もはや私達を傷つける事もできないのではないですか?」

「武器では、ね」

 アキラが危惧しているのはその手の物理的な反撃ではなく、むしろルーンや呪法と言ったものだったが、エルネスティーネには敢えて反論しなかった。こう言うことに慣れていないと思われる彼女が必要以上に興奮しないよう丁重に相手をすることにしたのである。ただし目の前の敵の様子には細心の注意を払いながら。

 もちろん何かあればすぐに対処できる体勢はくずしてはいなかった。

「さて」

 洞窟の壁を背にして座っているダーク・アルヴの少年に、アキラは改めて問いかけた。

「我々は今のところ君に危害を加えるつもりはない。だから君も変な考えを起こすな。いいな?」

 威嚇するというよりは、上官が部下に語りかけるような口調でアキラがそう言うと、ダーク・アルヴの少年は添え木が当てられて応急処置が施された自分の左腕を見てため息をつき、観念したように目を閉じてうなずいた。

「最初の質問だ。なぜ私達を襲った?」

「お前達が里に災いをもたらす者だからだ」

 ダーク・アルヴの少年兵は黙秘せず、アキラを睨み付けると吐き捨てるようにそう言った。

「それはとんでも無い誤解だな。我々は君達の敵ではない。ただ一夜の宿を甘えようと里に向かっていた旅の芸能一座にすぎない」

「嘘をつけ。フェアリーだけではなくルーナーまでいる旅の一座などあるものか。芸能が聞いて呆れる。血の匂いがぷんぷんする奴らばかりではないか」

「ほう、フェアリーやルーナーがいるということが解るのか?」

 少年は不敵な顔でうなずいた。

「そんなこと、我らジャミールの人間にとっては当たり前のことだ」

「ふむ。確かに君達は不思議な力を持っているようだな。では次の質問だ。エアを作り出したのも君か?」

「俺ではない。我等が族長、ラシフ様だ」

「ほう。では続けて尋ねる。あの忌まわしいスカルモールドを呼び出したのも君たちの族長様なのか?」

 アキラがそう尋ねると、少年はとたんに口をつぐんだ。

 その様子を見たアキラとファルケンハインは顔を見合わせた。まさか人間がスカルモールドを呼び出せるとは思っていなかったのだ。

 思いつきの質問をしたに過ぎなかったアキラだが、どうやら彼らはその考えを改めねばならないようだった。

「いや、あそこでスカルモールドを呼んだのは俺だ」

 ダーク・アルヴの少年の答えに、アキラは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「スカルモールドを呼び出すのはいいが、奴らを呼び出した後、その化け物の制御もできるというのか?」

「いや、制御まではできない」

 アキラの眉根が寄った。それは誰が見ても不機嫌そうな表情だった。そしてそれはエルネスティーネ達にとっては初めて見るアキラの怒りに彩られた表情だった。

「君は制御もできないであの化け物を呼び出したというのか?」

「スカルモールドは時間が来れば消える。俺達は奴らを呼び出した後、こうやって穴を通じて違う場所に逃げ込めばいいだけだ。問題はない」

「問題はないか。なるほど」

 スカルモールドが都合良く出現したからくりがこれである程度はわかったが、どちらにしろアキラにとっては未知の事柄が多すぎた。

 エルネスティーネをチラリと見たアキラは少年の体をさぐり始めた。もしや、と思ったことがあったのだ。

「フェアリーやルーナーを見ると、君達は誰彼かまわずああやって殺しているのか?」

「あの道から来る者はまずは敵と見なす。それが里の決まりだ」

 少年は懐に手を入れられると体をよじって抵抗しようとしたが、アキラの巧みな押さえつけに観念してすぐにおとなしくなった。


「これは?」

 少年の懐の奥で指先にあたる堅いものがあった。アキラはそれを取り出すとセレナタイトの光の下で観察した。

「石……ですか?」

 同じようにのぞき込むエルネスティーネがいくつかある石をアキラの掌からつまみ上げた。それは金貨ほどの直径をした丸く平たな石で、表面に解読不能な文字が記されていた。

「この文字は神痕……つまりこれは精霊石と呼ばれる物ですね」

 エルネスティーネはこの石に見覚えがあった。そう、呪医ハロウィンが治療時に使う物だと言って見せてくれた物と酷似していたのだ。

 既に廃れて久しいとされる古代の文字、神痕。その文字はそれ自体がルーンを纏うと言われており、ある種の石に術者が血を使って神痕を記すことにより、ルーンが込められた石ができあがる。その石を精霊石もしくはルーン・ストーンと呼ぶ。アキラの掌の上に置かれたその白っぽい石はまさにその精霊石だったのだ。

「まさか君達ジャミールの人間は、こんなものでスカルモールドが呼び出せるのか?」

 アキラの疑問はもっともだった。通常、精霊石はエルネスティーネの認識の通り、呪医が簡単な治療の為に患者に持たせたりして使うくらいで、あまり強いルーンは練り込めないはずだった。そもそも精霊石に攻撃ルーンなどが込められているという話はきいたこともない。ましてやそれで怪物が呼び出せるなど考えようもなかった。

 だがアキラの問いに、少年は不敵な笑いで答えた。

「お前達の知るその辺の精霊石と一緒にするな。これはマーリンの三聖深紅の綺羅(しんこうのきら)さまがお作りになった特別な精霊石だ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る