第四十六話 鳶色の瞳のシェリル 2/8
「シェリルの事だ」
ティアナは少し声の調子を落として話しだした。
「ウーモスからこっち、すっかり元気がなかったのには気づいていたな?」
「ああ」
勿論気づいていた。ただ、何が原因なのかはわからなかった。漠然とルルデと自分に関係していることかもしれない、くらいには思っていたが……。
「私が原因だ」
「と、いうと?」
エイルは思わずティアナの顔をのぞき込んだ。
「お前達がアロゲリクの渓から帰るのを待つ間の事だ」
「うん」
「お前の事をルルデと重ねて引きずっているシェリルを、私がきつく罵った」
「ええっ?」
【全方位的に空気を読まへんという一貫した主義主張があるだけやのうて行動までも伴ってるわけやな。ここまで行くとむしろ好感が持てるな】
『いやいやいや』
「死んだものの為に生きている者が自分で自分の精神を追い詰めるなど馬鹿げている」
「はあ」
「それだけではなく、シェリルは現実を直視しようとしていない。むしろ現実をねじ曲げようとしているように見えた」
「うん」
「あまつさえエイルがネスティと親しく話をしている際、ネスティを射るような目で睨む事も一度や二度ではない。お前は気づいてなかったのか?」
「うーん、それは……」
「さらに言えば、シェリルに色目を使うような輩が現れた。あのベックとかいう調達屋だ。だが、シェリルは愛想良く接しているようで、あからさまに相手の目を見もしない。それでさすがに私も堪忍袋の緒が切れた、と言うわけだ」
「は?」
『途中までは理解しているつもりだったけど、最後のでオレは今混乱状態なんだが』
【安心してええで。俺も同じや】
「だからシェリルを呼び出してつい言ってしまった。『お前はここにいるべきじゃない』と。それで、泣かしてしまった」
「いや、何でそこで切れるのかわからないんだが」
「そんなもの、仲間だからに決まってる」
「え?」
「私はシェリルの事が好きだ」
「はい?」
「確かに初めて会った時は、こういう旅に戦力にも何にもならないただの民間人が何を勘違いして加わっているんだと思っていたが、旅をしてみていろいろとわかった。国王陛下が私に護衛ではなくネスティの旅の仲間になれと命じて下さった意味も、シェリルを見ていると少しわかった気がする。シェリルの穏やかな包容力というか、年下のはずなのにまるで私の母親みたいな事を言っていろいろ気に懸けてくれたり……そして色々と話をしたり彼女がネスティやルネと話をしているのを見たり聞いたりしているうちに、どうにもシェリルが好きでたまらなくなった。私の中では、もうかけがえのない仲間だ」
「だったらなぜ?」
「お前はシェリルがどんな状態でも、同情して見過ごせと言うのか?」
「いや、そんなことは言ってない」
「ランダールでお前に会ってからだ、ふさぎ込むシェリルを見ることが多くなったのは。ネスティや私が詳しいシェリルの事情を知ったのはあの出会いの時の事件の後だったが、だから何だというのだ?」
「ティアナ」
「呼び捨てにするなっ!」
「さっきそう呼べって言っただろっ?」
「あ……ああ、そうだったな、すまん。ティアナでいい」
『オレ、もう嫌だ』
【気持ちはようわかる】
「私は正直にいってこういう事に慣れていない。だから失敗したのだと思う。あれ以来、シェリルはどんどんおかしくなっている」
「うん」
「しっかりして欲しいのだ。シェリルはもう充分悲しんだはずだろう? 何も悪いことはしたわけじゃない。だからもう楽になっていいはずだ。でも、エイル。お前がシェリルの側にいると、あの子は壊れていく」
エイルとエルデはようやくティアナの気持ちが理解できた。思いがわかってみればそれはするりと喉を通って体と心に染みた。
「シェリルはこの後、我々と別れてウンディーネで兄と落ち合うと聞いているが」
「うん」
「シェリルとは離れたくない」
「そう、か」
「かといってシェリルをこのまま危険な旅に同道させる事はもっと辛い」
「うん」
「それに、同道させるならさっき言ったようにお前が邪魔になる」
「だよな」
「さらに困ったことに、私はお前のことも結構好きになっている」
「え?」
「お前も、もう一人の賢者の方も、だ。最初はうさんくさくて危険な奴だと思っていたが、お前達はものすごくいい奴だった。まあ、お前はともかく賢者の方には性格に多少問題があるとは思うがな」
「ごもっとも」
【お前に言われとうないっ!】
『同感だよ』
「お前はネスティに必要だ。いや、我々に必要なすごい奴だ。だから、やっぱりシェリルを送り出すべきだと思う」
「――」
「でも、私は出来れば元気なシェリルを笑って見送ってやりたい。私の言いたいことはそれだ」
「そうか」
エイルは思案した。
言うべきなのかどうか。
だが、それを察したようにエルデが心の中で釘を刺した。
【言うたらあかん】
『うん。そうだな』
【少なくともティアナだけには言うたらあかんって、今確信した】
『わかるよ』
「ベックはいい奴だと思うよ」
エイルは少し間を開けるとそう言った。
ティアナはうなずいた。
「さっきはああいう言い方をしたが私もそう思っている。初対面の時はどうかと思ったが、デュナンにしてはなかなか骨があるし、なにより自分の仕事に誠実だ。矜持のあるデュナンは珍しいが、ベックにはそれがある」
「だったら、後のことはオレに任せてくれないか」
「どうするんだ」
エイルはじっとティアナを見つめた。
「シェリルが元気に、自分の人生を歩くようになるんやったら、仲間としては良かったって思うやろ?」
「そうだな。……お前は賢者の方か?」
ティアナはエイルの変化に気付くと視線を後ろにやった。
「言うとくけど尻尾はないで」
エルデは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。
「ないのか?」
「ンなもんないわっ」
「残念だ」
「何でやねん。って、そうや」
エルデは何かを思い出して、ティアナに尋ねた。
「さっき、シェリルが年下やって言うてたけど」
「うむ」
「ひょっとして、ティアナってリリア姉さんより年上?」
ティアナの目尻があっという間につり上がった。ただでさえアルヴ特有の端正な顔にティアナは加えて切れ長の目だ。それがつり上がるとかなりの威嚇効果があった。
「私はまだ二十代だぞ?リリアさんはああ見えてとっくに……」
そこまで言いかけて、ティアナはエイルが目の前で腕を×印に交差させたので、言葉を切った。
何事だ? と思った時、
「とっくに、何ですか?」
背後から声をかけられた?
ティアナはその瞬間、全身から血の気が引いていくのがわかった。
本人も無意識のうちに顔を引きつらせると、ティアナは恐る恐る振り向いた。そこにいたのは、とろけるような笑顔で微笑みながら小首をかしげるダーク・アルヴの少女……に見えるアプリリアージェだった。
「い、いえ。何でもありません」
ティアナは声の主を振り返ってそれだけ言うと。そのままの格好で凍りついた。
『さっき言ったことだけど』
【ん?】
『やっぱりどう考えてもティアナじゃリリア姉さんにはかなわないんだな』
【そんなもん当たり前やろ。それよりこのティアナの引きつった顔、しっかり記憶しといた方がええで。今度何か言われてムっとしたら、陰で思い出して笑ったるねん】
『なあ?これは本当に親切心から言うんだけど』
【ん?】
『お前、本っ当にその性格は直した方がいいぞ』
【なんやて?!】
「紅茶のおかわりはどうですか?」
一人のアルヴが凍り付いた現場に、第三の女が現れた。
ポットを持ったシェリルが、そこに立っていた。にっこりと笑う視線の先には、エイルと同じように空になったカップを持って立っているアプリリアージェがいた。
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