第四十四話 雷神 4/5

「やっと素で『すごい』って表情になったな」

「いや、もうそれは充分わかったよ。それにしても、一体今いくつなんだ?あんたの上官」

「十二歳で入隊して五年目だから、確か今年で十七歳じゃないかな?」

「え? あいつ、どう見ても十二、三歳かそこらにしか……」

「おいおい、俺の大事な上官をアイツ呼ばわりするんじゃございませんよ、賢者さま」

「オレの上官じゃないからな」

「まあ、あの人はただでさえ若く見えるアルヴィンの中でもさらに小柄な方だし、特別幼く見えるな。そういえば我らがシルフィードの宝石、ネスティだって確かあれで十七歳だったはずだぜ? 結構大人っぽく見えるデュナンのシェリルと比べると年齢は二、三歳しか違わないのにずいぶん年が離れているように見えるよな。十二歳のルネより少し上くらいにしか思えないのは確かだけどな」

「うーん……ファランドールの人間ってわからないなあ」

「ファランドールの人間?」


【アホ!】

『あ……ごめん』

【もう遅いわ】


「いや、オレってほら、師匠のもとから離れたことなかったから、そういう一般的な常識には疎いところがあるんだよね」

 エイルは愛想笑いを浮かべてごまかした。

「俺に言わせりゃ、全然わからないのは賢者様の方だけどね」

 アトルは肩を竦めた。

「話を元に戻すと、その将校は女性兵士にかなり人気があったってことだ。相当な二枚目で、かつ強かったんだろうな。シルフィードの女性兵士は、強くない相手なんて見向きもしないからな。で、部下の中でも売り出し中の司令に手をつけて……じゃないか、なんというか、まあ、自分の物にしちゃって、いや、まあ、男と女の関係になってだな……その、ほれ、自分の相対的な地位を上げようとしたんだろうなあ。ま、単に見てくれのいい人気将校といい仲になって溜飲を下げようって思惑だったんだろうがな」

「何か、強い将校というより、救えないスケベにしか聞こえないけど」

「デュナンなんて救えないスケベばっかりさ」

「おいおい、アトルもデュナンじゃないか?」

「デュナンだからわかるのさ。俺達デュナンはその辺についちゃアルヴ系の種族とは根本的に違うと思う」

「そんなものなのか?」

「アルヴとデュナンの結婚は今ではそこそこ普通になってはいるけど、実際はあまりうまくいっている話は聞かないしな」

「離婚率が高いとか?」

 アトラックは立ち止まった。

「おい、お前本当にマーリンの賢者か?」


【マーリン教は新教も正教も離婚は認められてへんねん】

『だから、そういう一般常識は初期段階でちゃんと教えといてくれよ』

【やれやれや。これ以上ボロ出されたらかなわんし、替わろか?】

『いや、いい』

【フン。勝手にせえ】

『なあ、エルデ』

【なんや?】

『オレ達の事、もう話してもいいんじゃないのか?』

【うーん。確かにそうかもしれんな。信じて貰える可能性は高いしな】

『だったら』

【いや、話すにしてもシェリルと別れてからの方がええやろ。かえってややこしなりそうや】

『そうか。そうだよな』

【その機会も選んだ方がええやろしな】

『お前に任せるよ』


「まあいいや。エイルが驚異的な知識と裏腹になぜか世間知らずな不思議少年だってのはわかってるしな。だいたいその辺を突っ込むのは俺の役割じゃない」

 アトルはそういうとエイルにウィンクして見せた。

「ダーク・アルヴやアルヴィンは俺達デュナンの感覚で言うとアルヴ以上に美男美女揃いなんだが、その中でも見たとおり司令はかなりの器量良しだし、第一無表情な人間が多いアルヴ系には珍しくいつもあの笑顔だしな。結構狙われてたんじゃないかな。そっちの趣味の連中同士で『誰が落とすか』なんて賭みたいな事をしてたのかもしれないが、まあ、その辺は俺の想像に過ぎないけど」

「軍って、前線でくだらない事やってんだね」

「軍人でもないやつにそういう風に切り捨てられると、軍人である俺としてはちょっと反論したいところなんだが」

「そんなことより、その後どうなったのさ?」

「翌日の早朝、その上官は部隊の宿営地の近くの森で死体で発見されたそうだよ」

「ええ?まさか……」

「いや、そのまさかなのさ。実際には発見された死体は黒こげで、一体誰なのかもわからない程損傷がひどかったらしい。ただ、司令の上官が行方不明だったから、きっとその死体が上官なんだろうとされたわけだ。まあ、公式にはスカルモールドにやられた事になっている。だけど、やったのが司令だということはまあ、公然の秘密になっちまっているがな」

「黒こげって」

「言い直そう。『炭』だ」


【たぶん電撃やな】

『電撃……雷か?』

【リリア姉さんは普通の風のフェアリーやのうて、いわゆる亜種やな。超が付く風のフェアリーやと思た方がええな】

『雷って風のフェアリーが操れるものなのか?』

【雷は二種類の空気の摩擦で発生するんやから、風のフェアリーの領分やろ。もっとも雷を出せるフェアリーなんてあんまり聞いたことはないけどな」


「ああ、エイルは知らないんだったな。まあ、言っても問題ないと思うけど、司令は風のフェアリーの中でも特殊でな。雷を作り出せるんだ。もっとも滅多に使うことはないけどな」

「ふーん。で、リリア姉さんはその事で咎められたりはしないのか?」

 アトラックは不思議そうにエイルをまじまじと見た。

「お前、本当に不思議なヤツだな」

「どういう意味だ?」

「いや、各国が取り交わしている通商や和平に関する条約を殆ど全文空で言える程の知識を持っているくせに、軍の一般常識程度の事を知らないんだからな」

「そうか?」

「軍じゃ、夜這いをして拒否した相手にたとえ殺されようともそれ自体は罪にはならない」

「ひええええ?」

「生きている証しの確認の為の行為なんだぜ? シルフィード的には、それほど重い行為なんだから、それだけの覚悟を持って、それでもやるならやれ、と言うことさ。そもそも軍規違反だ。訴えられて軍法会議にかけられたら最悪二階級降格の上、極刑だしな」

「そんなに厳しい事なのか」

「言ったろ? 命をかけた戦場だから誰も問題にしないんだって事。それに、そもそも夜這いなんて普通はその前にある程度の合意がある相手のところにしか行かないだろ?」

「あ、そりゃそうだよな」

「その上官は相当な自信家か呆れるほど傲慢なバカかのどっちかだな。女性兵士はすべて自分の誘いを断るはずがないと過信してたんだろうさ。もっとも、明日死ぬかも知れないという状況で最後の夜を一緒に、なんてとびきりのいい男に口説かれたら普通の場合は拒否はしないだろうさ」

「そんなものなのか?」

 アトラックは複雑な表情を浮かべた。

「お前も一度体験してみるといいさ。スカルモールド討伐部隊がどういうものかを」

「――」

 アトラックの吐き捨てるような言葉に、エイルはしかし答えなかった。

『嫌と言うほど体験してるんだけどな』

【ま、アトルの言うとおりあんまり積極的に戦いたい相手やないわな】

『確かに』


「一般的な部隊で、スカルモールド討伐を行った場合、無傷でエッダに帰還できるところはまずないだろうな。少なくとも俺は聞いたことがない」

「ル=キリアは、どうなのさ」

「ル=キリアはスカルモールド討伐部隊じゃない。本来は北方の対海賊急襲部隊だ」

「スカルモールドとは戦わないのか?」

「戦うさ。戦うことになると言った方がいいだろうな。奴らと戦う事はル=キリアにとっても簡単な仕事じゃない。奴らは人間じゃないんだからな。司令の力をもってしても無傷で帰れない事もあるんだ」


『だから、リリア姉さんの背中は傷だらけだったのか……』

【おそらくこいつらも傷だらけやろうな】

『そうだな』


「その時を境に、あの人はこう呼ばれるようになったのさ。『笑う死に神』ってな」

「あれ?」

「ん?」

「いや、なんでもない。そうなのか」

「もっとも敵方には『白面の悪魔』で通ってるみたいだから、死に神っていうのは味方が付けた二つ名ってことになるな」


『本人から聞いた話とは違うよな?』

【いや、たぶんどっちも本当やろ。元々はあの入れ墨で死に神とか影で呼ばれとったんやろうけど、逸話ができたさかい、それがくっついて爆発的に広がったんちゃうかな】

『なるほどね』

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