第四十四話 雷神 3/5

「我らがリリアお嬢様は十七歳という職業軍人としては若すぎるその年齢にもかかわらず、『兵器』としての性能の高さをいかんなく発揮し、各地で次々と戦功をうち立て、あれよあれよという間もなく出世して行ったわけさ」

「兵器?」

「あの人は兵器さ」

「なるほど」

「そういう事だ」

「十七歳か。今のオレと同じくらいの歳でけっこう出世していたんだな」

「え、エイル、おまえは十七なのか?」

「ああ。十七か、十八だ」

 アトラックが驚いたように尋ねるのでエイルは不審げに答えた。

「てっきり俺は十三、四歳だと思ってたぜ」

「はいはい。よく言われるよ」


『いや、十三歳はさすがに初めてか』

【よしよし】

『よしよしじゃねえよ』

 

 エイルはそういうとあからさまに不機嫌そうな顔をして見せた。アトラックはエイルの意思表示を素直に受け、それ以上エイルの年齢についてからかうことはせず、話を元に戻した。

「十七歳でそこまで出世というがな、もっと大げさに驚いていい話だぞ。軍に入って三年程度なんだぞ? しかもシルフィードはドライアドなんかと違って入隊したら誰であろうと兵卒の二等兵から叩き上げないと出世できないんだぞ?」

「まあ、すごいとは思うけどオレはけっこう聞く話かと思ったんだけど」

 

【すごいやろ、普通に考えて】

『いや、その手の話は結構オレは知っているんだ』

【お前のおった世界、「ファランドール・フォウ」では普通なんか?】

『まあ、そういう物語はよくある』

【物語って】

『はいはい。オレは世間知らずですよ』

 

 アトラックは気のないエイルの反応に小さくため息をついた。

「ここで思いっきり驚いてくれないと次の話に続きにくいんだがなあ」

「そうなのか?」

「もういいさ。でもフェアリーとは言え、当時のリリアお嬢さんはたった十七歳の小娘なんだぜ? 俺が十七歳の時なんて……」

「いや、アトルの昔話は今度聞いてやるから」

 アトラックは小さくため息をついた。

「何というか、エイル、お前さんは人をがっかりさせる才能があるな」

「そいつは、どうも」

「これは自慢でもなんでもないんだが……。いいか、この俺でもシルフィード軍では一応『異例の出世街道』をばく進中なんだぜ。俺と同じ歳の連中の中じゃ、佐官は俺くらいだし、若手期待の星とまで言われてるんだがなあ。ああ、もう、まあいいや。確かにリリアお嬢様と比べられたら俺なんて本当にただの人だしな」

「へえ、そうなのか?」

「ドライアドじゃ「アカデミー」って言う貴族専門の寄宿学校を出さえすれば、いきなり准尉から軍歴が始まる制度があって、若い士官はそれこそ腐るほどいる。さらに身分と金があれば地位はいくらでも買えるらしいが、シルフィードじゃそうはいかないんだ。過去の例を見ても、俺の歳で佐官なんてそうそういないんだぜ?まあ佐官って言っても微妙な立場にある特佐だけどな。と言うか、だ。賢者なら各国の軍隊の階級制度の事情くらい詳しく知ってるんじゃないのか?」


『そうなのか?』

【そうや。スリーズ特佐は本人の言うとおり、シルフィードにおいてはあの歳で佐官って言うのは異例やな。たとえフェアリーや言うたかてデュナンと言うことを考えると過去の記録を紐解いても、多分ほとんどおらへんやろ。リリア姉さんもあの気味悪い人形もアルヴィン系やし、ファルは純血のアルヴやし、その辺を考慮すると、多少アルヴの血が混じっとるとは言え、アトルはホンマにすごいと言ってもええやろな】

『え? アトルってデュアルなのか?』

【確かスリーズ家にはアルヴの外見したヤツも居るし、たぶん間違いない。まあ、厳密に言うたらデュアルなんやろけど、ほとんどデュナンやな】

『そういえば、デュナンにしては背は高いよな。なるほど、そういう事か』

【多少背が高かろうが、ほとんどデュナンの身体能力しかないわけや。そもそもデュナン系でル=キリアに入っているって言うのがそもそも珍しいはずやで】

『ふーん。アトルの事をちょっと見直した』


「で、だ」

 アトラックは気を取り直して話を続けた。

「止せばいいのに目下売り出し中と言ったそのリリアお嬢さまにちょっとしたいたずらというか、いや、ちょっかいかな。そういう事をしてやろうと考えた上官がいたらしくてな」

「ふーん。それで?」

「ここは『ふーん』じゃなくて、『ソイツ、よくリリアお嬢様にちょっかいなど出そうと思ったもんだな。バカじゃないの?』って突っ込む所だぜ」

「少女趣味の変態上官だったのか?」

「まあ、ダーク・アルヴの十七歳なんて俺達デュナン系からみたら、ほんの子供にしか見えないしな……とはいえ、別にダーク・アルヴであろうがアルヴであろうが、十七歳ならデュナンと同様、普通にもう子供を産める体だからな」

「そうなのか?」

「は?」

 アトラックはエイルの顔をのぞき込んだ。


【おい!】

『ああ! またドジったのか、オレ』


「い、いや、続けてくれよ。だいたいオレ、リリア姉さんのこと、アトルと違ってあんまり知らないから、ちょっかい出したらえらい目に遭うなんて言われてもわかりっこないだろ?」

「ま、確かにそんなことも今だから言えるんだしな。もっともその時の上司も今だったらそんな馬鹿なこと小指の先ほども考えさえしなかったろうになあ……気の毒に……」

「気の毒?」

「ああ。その上司は『明日はいよいよ決戦だ』っていう前日の夜に司令の寝所に忍んでいったらしいんだ」

「それ、実話なのか?」

 思わずエイルはデュナンとしては長身のアトラックの顔を見上げた。

「それって、つまり……」

 アトラックはうなずいた。

「そうそう。いわゆる夜這いってやつだな。そういう行為は当然見つかれば軍法会議。見つからなければ何のおとがめもなしっていう扱いになっているんだが。もっとも誰かに見つかる、じゃなくて実際は相手が訴えればという事になるな」

 アトルの話に、エイルは憤然とした口調で抗議した。

「オレは軍人じゃないからわからないけど、そういうのって軍隊として乱れてるんじゃないのか? シルフィードは厳格な規律があり、一糸乱れぬ統率がとれた軍隊が特徴って聞いてたんだけど」

「その噂は間違っちゃいないさ。だがスカルモールド討伐隊なんて明日の命も知れないようなものだからな。ましてやあいつらと本当に戦う前の晩なんて明日は死にに行くっていう感じなのさ。だから、最後になるかもしれない夜に、なんというか、その、自分の命を確かめる行為は、まあ、言ってみれば公然の軍規違反として認知されてるんだよ」

「認められている?」

「認められていると言うと誤解があるな。当たり前だが軍規は認めちゃいない。だが、人間同士の方は合意しているというか、双方の合意があるものなら問題にされることはないということさ」

「大人の事情ってやつか」

「広い意味ではそういうことになるかな」

「まあいいや。それで?」

「その時の上官ってのがシルフィード軍では珍しい感じの将校でさ。色事に淡泊なアルヴじゃなくて欲望に忠実なデュナンってこともあるんだろうけど、女に対してかなり派手な噂のある男だったらしい。ま、簡単に言うとスケコマシ野郎だな」

「よくそんなで将校になれたな、そいつ」

「シルフィードは実力主義だからな。それなりに優秀なフェアリーの能力を持つ将校だったんだろうな。中尉だか大尉だか知らないけど」

「リリア姉さんはその時の階級は?」

「曹長か少尉じゃないかな。当時すでに小隊を持っていたらしいから、下士官以上なのは確かだ」

「十七歳で?」

「さっき言わなかったか?リリアお嬢様が軍属になったのは十四歳だぜ。シルフィード軍の所属資格は最低年齢が十八歳と決まってる。特例でも十六歳からなんだが、国王陛下の特別の許しで許可されたそうだ。リリアお嬢様の後ろ盾が王国軍で最高の地位にあるキャンタビレイ大元帥っていう、ものすごい人物だったという事もあるが、当の本人が周りの反対を説き伏せるだけの能力を持っていないとシルフィードではたとえ王子でも特例は許されない。つまりリリアお嬢様のそれは本当に特例中の特例だってことさ。もっとも特例と言っても前例があったから国王も認めやすかったとは思うけどな。それに、その後、もっとすごい人も出てきてるし」

「リリア姉さんよりもっとすごい?」

「ふ……何を隠そう異例の出世街道をばく進中の期待の星である俺の今の直属の上官さ」

「あの人形か?」

「人形か。まあいいや。そのテンリーゼン・クラルヴァインというお方なんて十二歳で入隊を許可されたんだぜ?」

「マジかよ?」

 エイルは遠く前方を黙々と歩む、小柄な少年の後ろ姿を目で追った。常に誰とも近寄らずに一人でポツンと佇んでいるテンリーゼンはエイルにとって、いやもちろんエルデにとっても謎だらけの存在だった。

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