第四十三話 旅の音楽家 3/7
【ホンマにアホやな】
『おいおい、オレ、髪を染めるのかよ? 』
【心配せんでも、染料とか使わへんから。オレがルーンで綺麗に染めたる。ついでに瞳の色も茶色で合わせよか】
『それって、マジ? 』
【真面目な話や。ネスティがああやって決心したんや。瞳髪黒色っちゅう生きている化石状態のお前さんがそのままでどうすんねん?」
『言われてみれば、確かにそうだけど』
【正直言うと、お前さんの黒い髪と黒い目は俺も結構気に入ってたから、今まではまあええかと思っててんけど、な】
『確かにもう事情が大きく変わった訳だけど』
【念のために言うとくけど、気に入ったんは髪の色と目の色だけやから。その目つきの悪い悪人顔はイケてへんわ】
『目つきが悪いのは生まれつきなんだよ。ほっとけ』
【マーヤは目つき悪うないんやろ? 】
『だ・か・ら、オレに似てなくて良かったって言ってるじゃないか。でも、マーヤだって目つきは別に悪くないけど、なんというか、こう、澄ましているとかなりキツい顔ではある、かな。リリアさんとは正反対って感じかもな』
【ふーん、キツイ顔、ね。まあ、ええやん。お前さんのその目つきもそうやけど、ヘラヘラした顔よりはマシや。言うとくけど、今のはちょっとだけ褒めてるんやで】
『そりゃ、どうも』
【ほな、とっととやろか。フード被って】
『え? ここでか? 歩きながらか? 』
【善は急げ、や。公衆浴場で瞳髪黒色の姿をさらす気ぃかいな? 夜道やし今変わっても全然目立たへんから大丈夫や。フードは念のため、や】
突然の意外な指令にエイルは心の準備もないまま、渋々マントのフードを被った。
すると、すぐにエルデがいくつかのルーンを続けて唱えた。
【よし】
『よしって、もう変わったのか? 』
【まあ、自分ではわからへんやろな。あ、ほら、着いたみたいやな。フード取って】
一行は数ある温泉場の中から、ベックが勧めてくれた比較的大型の建物を見つけると扉をくぐった。エイルも最後尾から彼らに続いた。
「あれえ?」
最初に気付いたのはルネ・ルーだった。振り返ってエイルを見ると声を上げた。
「それ、どうしタん?」
その声に一行は一斉にルネの視線の先を目で追った。
「ええーっ?」
そして、その先にバツが悪そうな顔であらぬ方向を向いているエイルを見つけると、異口同音に小さな叫び声が上げた。
口を開けたままのルネの視線の先には茶色の髪と茶色の目のデュナンの少年が、顔を赤くして立っていた。
【注目の的やな、この色男】
『うるさい』
その頃ベックは一行とは別行動をとっていた。
アプリリアージェに無言で却下された自分の陽動作戦の案が素人考えだと言うことは分かったつもりだった。だが、彼にはそれでただ引き下がらないだけの意地と調達屋としての面子があった。
ウーモスからの脱出方法について、彼なりの切り口で何かないものかと思案した末、彼らしい結論を導き出した。つまり、調達屋の組合に顔を出してみることにしたのだ。そこで新しい情報を得る傍ら、何かしら糸口でもあれば、と考えた。
問題の解がたとえ得られないとしても、最新の情報がなにかと役に立つという判断である。
「おお」
「やあ、おやっさん」
一度、別れの挨拶を済ませた相手に、苦笑いを浮かべながらベックは挨拶をした。
「ちょっとヤボ用が入って出発が延びてるんだ。それに、なんか町中が結構物騒な状況じゃないか。何か情報がないかと思ってな」
おやっさんは何の疑いもなくベックを歓迎した。
「全く物々しいな。だが、こっちの商売はけっこう忙しくなってありがたい面もあるがな。まあゆっくりしていきな」
「そうさせて貰うよ」
調達屋の組合窓口は客向きには長いカウンターと待合のソファがあるだけだが、カウンターのついたての向こう側には客の目には触れない様々な情報の資料が整然と並んでおり、ちょっとした図書館の様相を呈していた。
訪れた客はカウンターで用件を告げ、依頼の内容に応じて調達屋を紹介したり、内容によってはその場で商談を始めたりもする。もちろん依頼内容によっては別室で商談が行われることになっていた。
ベックが調達屋を訪れたのはすでに夕食の時間にかかっていたため、その時間帯に組合に詰めている調達屋は少なく、客もすでにほとんどいなかった。
ベックは見知った顔に適当な挨拶をしながら、ついたての内側、つまり調達屋の詰め所的なソファのある場所へ足を向けると、各地からの伝信に目を通し始めた。
「いらっしゃい」
ベックのすぐ後から客が入ってきたようだった。
「人を紹介してもらいたいのだが」
若い男の声がした。
年の頃はベックと同じか、少し上くらいだろうかか。落ち着いた、それでいてしっかりと響くいい声だった。
声の主はおそらくそれなりの人物であろうと思われた。丁寧すぎる気もしたが、言葉遣いにも品が感じられる。切羽詰まった雰囲気がないところを見ると、危ない類の依頼ではなさそうだった。ただ、言葉の抑揚がサラマンダの物と少し違う点が気になっていた。
(品も良さそうだし、他国の人間の依頼だとすると、けっこうおいしい商売のにおいがするな)
ベックはいつもの癖でついつい依頼者の分析を始めてしまっていた。
「ええ、紹介も我々の商売です。具体的にはどういう人を?」
おやっさんもベックと同じ分析をしているのだろうか、応対する声が少し高くなっていた。
「依頼したいのは、簡単に言うと用心棒だ。このあたりは思ったより物騒で、これからの道中が不安なのでな」
「用心棒、ですか?」
「そうだ。だが、ただ腕っ節が強いだけでは困る」
「と、申しますと?」
ベックは「用心棒」という言葉に強い興味を持った。資料をめくる手を止めると、二人の会話に聞き耳を立てた。
「できれば複数で頼みたい。この付近の賊は集団が多いと聞く。さすがに一人では用心棒にもならないだろうからな。それから、さっきも言ったが腕っ節が強いだけではなくて、フェアリーのような特殊な能力を持っている人間の方がありがたい。後はいかにも用心棒だという風体の輩も避けたい。私はこう見えても音楽家だ。できれば旅は殺伐とした仲間とではなく、美しく軽やかに、かつ賑やかに行きたいものだからな」
「美しい用心棒ですか?」
「礼ははずむ」
「いや、そりゃ金は出して貰わないといけませんが、あなた、ご存じなんですか? 用心棒を調達屋に頼む場合は」
「ああ、それなら心配はいらん。流しの用心棒は信用できん。だからいつも調達屋で頼むことにしている。これだ」
「これは綺麗なものですな。ほう、エスタリアの発行ですかい」
「うむ。エスタリアの領主様より頂戴した通関証だ。私と我が楽団がサラマンダとドライアドのどの関所もおとがめ無しで通ることが許されている。ここにエスタリアの領主、ペトルウシュカ公爵のサインとクレストの押印があるだろう?」
「我が楽団、ということは護衛するのはあなたお一人じゃないんですか?」
「いや、私は横笛の奏者だ。楽団など特には持たん。だが、この通関証は私が引き連れていれば楽団と見なされて軍だろうが何だろうが皆おとがめ無しだ。つまり、護衛の用心棒が楽団というわけだ」
「なるほど」
「この町もそうだが、この付近の町も物々しい警備で出入りが面倒な事になっているそうではないか?」
「左様ですなあ」
「だが、私と同道しておれば、多少スネに傷があるような護衛でもおとがめなしで行けるというものだ」
「ふむ。少しお待ちを。念のために通関証の確認をさせて貰いますよ。なに、信用していない訳ではなく、規則なんでね」
「解っている」
おやっさんが資料棚にやってくるのをベックは待ち構えていて、すぐに声をかけた。
「おやっさん」
「何だ、ベック」
「今の客……」
「ああ、聞いてたのか。ちょっと弱ってるよ。今はたいした護衛衆がいないしねえ。希望も妙な感じだし、芸術家ってのはやっぱり変わっているのが多いよ」
「その話、困ってるようなら俺が受けようか」
「受けるって……今の話、聞いてたんだろ?」
「大丈夫、アテがあるんだ。ともかく俺を紹介して貰えないか? 勿論手数料は無所属の正規料金でいいから」
「いや、それはまあアレだが……」
おやっさんは手にしたドライアドの通関証の見本帳をめくりながら声を潜めてベックに言った。
「もしかしてお前、あの客と一緒に町を出るつもりか?」
「相変わらずカンがいいな。客との折り合いが付けばそうなるだろうな。どっちにしろ組合の顔に泥を塗るようなことはしないさ。信頼のおける護衛をきっちり紹介してやる」
おやっさんは公爵符と呼ばれるエスタリア通関証の頁を開き、ベックに示しながら呟いた。
「わかった。でも、無茶はするなよ」
「恩に着るぜ」
「エスタリアの公爵符か。見ろ、この薔薇のクレストが金蝋で型押しされてるやつは、ドライアド王国やサラマンダ侯国はもちろん、ウンディーネ共和国でさえ、全ての関所も関門もお調べ無しだとよ」
「本当かよ?」
「ああ。それに、まだある」
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