第四十三話 旅の音楽家 2/7
【オレはあの髪型、悪ないと思うけどな。ちょっと少年っぽいけど、アルヴィンの整った顔立ちが引き立つやん】
『いや、そういう事じゃなくてだな』
【ほんなら、なんやねん? 】
『オレは長い髪が好きなんだよ』
【へ? 】
『悪いか? 』
【いや、別に開き直らんでも。でも、ふーん……】
『何だよ? 』
【別っつにー】
『ふん。でも、悪くはないとは思うよ。俺の好みじゃないだけだ』
【そのセリフ、口が裂けても】
『裂けるくらいなら言うわっ』
【冗談抜きに、めっちゃ思い切ったんやな、ネスティ】
『そうか』
【そうや。アルヴ族にとっては男女問わず、髪は長くて当たり前やしな】
『そうだな。リリアさんみたいにオレももっと、気持ちを込めて褒めてやれば良かったな』
【王女様は宮廷ではエリーって呼ばれていたそうやけど、あの子はこれで本当にエリーからネスティになったんやと思う】
『オレのいた国でも、女の子が髪を切る時は相当の決心というか決意がいるっていう話だしな』
【フォウの事情は知らんけど、ファランドール、特にシルフィードのアルヴィンの女は髪の毛を命と同じように大事にして伸ばすもんなんや。髪を切るのは命を削る事と同じ、つまり命を捨てる覚悟をする時、って相場が決まってるんや】
『だから、リリアさんもあそこまで感激してたのか……』
【やっぱりお前さんはニブいやっちゃな】
『何がだよ? 』
【その価値観はアルヴィンだけやないって事や。アルヴ系種族全般なんやで】
『だから? 』
【ホンマに鈍いなあ。リリア姉さんの髪も長くないやろ? 】
『あ』
【そういうことや】
エルネスティーネの決心に心を打たれた為に、アプリリアージェのいつもの冷徹な計算が鈍ったのだと言うのは簡単であろう。しかしそれでなくともとりあえずの危機が去った後である。一行の心身をほぐしてから気持ちを新たにしてウーモスを出発したいという思いが数日間の滞在を決めることになったというのが正解ではなかろうか。
だが、それを今更問題にしても仕方のないことだった。
「まあ仕方がないな」
エイルはそういうと部屋を出ようと歩き出した。
「どっちにしろ二日くらいは滞在する予定だったんだし、丁度いいじゃないか。せっかく温泉地に来たんだから、少しのんびりしても罰は当たらないさ」
アプリリアージェはハロウィンをチラリと見やった。いつものように髭を指で弄んでいたが、アプリリアージェの視線に気付くと小さく肩をすくめて見せた。
特に妙案はないという意味であろうか。
どちらにしろ肝心のルーナーが現時点ではどうしようもないと言っているわけである。ここは慌てずにじっくり腰を落ち着けて対策を練った方が吉ということであろう。
アプリリアージェはそう判断すると、部屋をまさに出ようとしていたエイルを呼び止めた。
「待ってください」
「え?」
後ろ手にドアを閉めようとしていたエイルは振り返ると怪訝な顔をアプリリアージェに向けた。ここで反対されるはずはないと思っていたので、呼び止められたのが意外だったのだろう。
【代われ】
『了解』
エイルの意識がエルデに入れ替わった。
アプリリアージェとの交渉事にはエルデがあたる、という了解事項が既に二人の間にはあるのだろう。
そんな事は知らないアプリリアージェはにっこりと笑うと、エイルに一つの提案をした。
「せっかくですからみんなで行きましょう。温泉」
エルデはその言葉を聞いてニヤリとした。
「さすがリリア姉さん」
『なんだ』
【開き直るしかないもんな。どっちにしろこうなったら粘ったもん勝ちやからな】
二人のそのやりとりを受けて、エルネスティーネとルネは歓声を上げて抱き合って喜んだ。
「なんだかんだでまだ一回も入ってへんかったもンね」
「そうよね。いい考えが浮かばない時は気分を変えてみるのが一番よね」
「そうそう」
「こう言うのを『下手な考えより、休んでニヤリ』って言うのよね」
「――そうそう。たぶん」
ファルケンハインは二人の会話に耳を傾けながら、ティアナの方を見た。ティアナも同時にファルケンハインの方を見て視線を合わせると、苦笑しながら首を振って見せた。
「あの厳戒態勢はおそらく俺達に向けられたものではないだろう。エイルとリリアお嬢さんの言うとおり、ここはのんびり構えた方がいいのかもしれんな」
「ネスティはああやって元気にしていますが、みんなの帰りを待ちわびて、ほとんど寝てないんです」
「だったら存分に湯に漬け込んで、今日はぐっすり眠って貰おう」
「そうですね」
「ティアナ! ファル! ぐずぐずしていると置いていくわよ! シェリルも急いで!」
ティアナは微笑むと、自分を呼ぶエルネスティーネの後を追って部屋を出て行った。ファルケンハインもすぐにその後を追った。
宿の外に出るとそろそろ日が暮れる頃で、空は紫色に染まり、あたりは長い影で支配されていた。賑やかな通りを、一行ははぐれないようにお互いに固まって移動することにした。
【ところで……】
『なんだ? 』
温泉場に向かう道すがら、エルネスティーネの短い金髪を前方に見ながら、エルデはエイルに声をかけた。
【妹さん。マーヤの髪って確かごっつう長いんやったっけ? 】
『ああ、うん』
エイルはマーヤの姿を思い起こした。長く真っ直ぐな黒髪が腰のあたりまで伸びている寝姿がまぶたに浮かんだ。エイルにとっては懐かしくも暖かい、いつものマーヤの姿だったが、その背景が病室なのが少し辛かった。
『確か、腰のあたりまである』
【似合ってる? 】
『ああ。妹の自慢しても仕方ないけど、長い髪も似合ってるし、黒目がちな目も大きくてオレが言うのも何か変かもしれないけど、相当きれいな女の子だよ。オレに似てなくて良かったっていつも思ってる』
【兄バカやな】
『ほっとけ』
【今からそんなんやったら、妹さんがお年頃になったら大変やろな】
『いや、それを言うなら、もう充分年頃なんじゃないかと思う』
【あ、そうやったな。確か一つ違いやもんな。堪忍や】
『いや、いいさ』
【で、マーヤのせいで長い髪が好みっていうわけかいな? 】
『別にマーヤの髪が長いからっていう訳でもないって』
【ほな、質問を変えるわ。短い髪のマーヤと長い髪のマーヤはどっちがお好みや? 】
『い、妹に好みとか言うな』
【ふーん。ほんならどっちが似合ってるか、でええわ】
『マーヤの短い髪は全く想像できないし、似合わないとは思うけど』
エイルは心の中でそういうと、再び長い髪のルネと談笑するエルネスティーネを観察した。あまりに別人に見えたので再会した時は大きな違和感に襲われたのだが、当初の驚きが過ぎて見慣れてくると、ひょっとしたらエルネスティーネには短い髪の方が似合っているのではないかと思えてきた。
活発に動き回るエルネスティーネは生き生きして見えた。そんな時には長い髪が顔を隠しがちで、王宮内でじっと澄ましているだけならともかく、元々快活な性格のエルネスティーネには長い髪は少し邪魔なんじゃないかとよく思っていた事を思い出した。今回思い切って短くしたことで、豊かなエルネスティーネの表情が髪に隠れることなく全て見渡せるような気がして、エイルは少し得をしたのかもしれないとさえ思った。
そこまで考えると、今度は喜怒哀楽がはっきりしているエルネスティーネには短い髪型が向いているのではないかと言う気になってきたのである。
『そうだな。髪型なんて、その子に似合っていればなんでもいいさ』
【模範解答】
『え? 』
【ただし、つまらん答えやな】
『ああ、そうかもな』
【という訳で、や】
『え? まだ何かあるのかよ? 今度は金髪は好きか? なんて言うんじゃないだろうな』
【おお。正解や! 】
『勘弁してくれよ。オレの髪の好みを聞いてどうするんだよ』
【で、焦げ茶色とかはどうや? 金髪よりはずっと似合うと思うんやけど】
エルデはエイルの抗議を無視して質問を続けた
『焦げ茶色か』
エイルはエルデに付き合うことにした。別に他にする事もなかったのだ。
【やっぱり金髪がええか? それともティアナみたいな白髪も個性的やな。リーゼのような銀髪もけっこう綺麗やけど、どれもお前さんの顔にはちょっと似合わへんなあ】
『いや、だから髪型と一緒で、色もその人に似合ってればいいんだって……え? 』
【なんや? 】
『今、なんて言った? 』
エイルはいつの間にか立ち止まっていた。
【だから、お前さんには白髪も金髪も銀髪もちょっと似合わへんから焦げ茶色くらいでどうやって聞いたんや】
「ええ?」
エイルは思わず声に出していた。
エイルの突然の奇声に、前を歩く一行が一斉に振り返った。
もちろん、エイルは何でもないという風に慌てて両手を振って歩き出したが、しばらくはバツが悪く、誰とも目を合わせないよう、不自然にあらぬ方向を見ながら歩く羽目になった。
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