第四十一話 それぞれの覚悟 5/6

 その時、不意に扉が開いた。

「じゃーん」

 殺伐とした部屋に、赤毛の少女がそう言ってにこやかに顔をだした。

「新型ネスティのお披露目ヤでー」

 その部屋にいた四人はその声に全員がルネの向こう側へ視線を向けた。

 ルネに催促されて、部屋に顔を出したのは、少し尖ったアルヴ族独特の耳まで見えるほど短くなった髪をした白い肌の少女だった。少女だが、服装を変えてしまえばアルヴィンの少年にも見えなくもない。それほど劇的な変化だった。

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむきがちに部屋に入った緑の瞳の少女は、紛う方なきエルネスティーネではあったが、それでも全く雰囲気の違う人間に見えた。

「ネスティ……」

 ティアナは椅子を蹴って立ち上がると、目を細めた。

「なんて素敵なんでしょう」

「うん」

 ハロウィンもネスティの上気した顔を見て、同じように目を細めてうなずいた。

 だが、シェリルは椅子から立ち上がると、エルネスティーネの側をすり抜けるようにして部屋を駆けだして行った。

 エルネスティーネはいったいどうしたんですか? という表情をして一同を見渡した後、ルネと顔を見合わせた。

「えーっと……」

 ハロウィンは頭をかきながら助けを求めるようにベックの方を見たが、ベックは肩をすくめて首を振った。



 翌日ベックは自分の構える店のカウンターに座っていた。

 ル=キリアが帰ってきたという報はまだない。だが、いつ知らせが来てもいいように出発の準備をしておく必要があり、雑事を片付けるために朝から走り回っていた。

 それも一段落ついた今は人待ちをしている状態だった。

 

 自分の店を構えている調達屋は実はそれほど多くはない。

 たいがいの場合、調達屋の組合に登録すると、その組合に出入りして客の紹介を受けるのが常である。組合は調達の手数料から一定の紹介料を取って運営資金に充てるといった具合である。だがこれはウーモスくらいの規模の町になら可能であるが、小さな村ではなかなか難しい。もっとも小さな村では調達する物を仕入れることすら困難な場合が多く、これが調達屋が大きな規模の町にしか居ない理由である。


 調達屋は建前としては頼まれたらあらゆる物を揃えることになっているが、実際問題として仕入れ先との関係など様々な要因があり、人により得意不得意がある。調達屋組合はその辺りの緩衝材ともなっており、依頼者は調達屋個人に直接頼むよりも組合に相談する方が確実に目的の物を手にすることが可能な仕組みになっている。


 従って逆説的に述べるならば、自前の店まで構えている調達屋は仕入れなどにも精通した、ある一定以上の信用と実績がある人物である、と言うことになる。

 では組合などを通さずに直接店を構える調達屋に行った方がいいのではないかというとそうとばかりも言えない。これは組合との取り決めで独立した店を構える調達屋は組合の定める標準料金よりも二割から三割以上高い料金設定をしなければならないことになっているからだ。自由競争で価格を安くして客を取る方が儲かるはずだと考えるのは調達屋のことをよく知らない人間の浅考である。

 調達屋とは言ってみれば人と人との橋渡しをする仕事である。ある人間の持っている物や情報、あるいは技術、ひいては人そのものを依頼人の要求に応えて用意することが目的でありそこにはどうやっても人間関係が介在する。その人間関係に安易に競争を持ち込むことは調達屋という仕組みそのものの質の低下を呼び、ひいては社会的な信用を失墜させかねない事態に陥ることになりかねない。それを避けるために彼ら自身が作り上げた仕組みが調達屋組合という制度なのである。


 調達屋の仕組みはそれほど古いものではないが、ウンディーネの商人組合に対抗する組織としてサラマンダのトリムトにあるいくつかの商人組合が母体となって発展したものというのが定説になっている。

 その当時、ファランドール物流の基幹を牛耳っていたウンディーネの商人組合は物の価格を長く自分たちで決めていた。その為、場合によっては不当な代金を支払わざるを得ない羽目になることが多く、特に国が戦争で荒れ果て、長く産業が健全に育っていない状態のサラマンダにとっては大問題だと言えた。国としての政治形態が見かけ上整ったとしても、経済的な主導権が国外の人間に握られたままではどうしようもない。

 そんな中、実際の商業関係の利権がドライアドの政府とウンディーネの商人組合とに牛耳られている現状に業を煮やした進取の気性に富む有力な若い世代が非公式ながらも水面下で政治的な後押しも取り付け苦労して産み落とした組織なのである。

 組織が出来ると、それは首都トリムトはもちろん、一つの町や都市にとどまらず、相互に強固な関係を築き始めた。そして気がつけばサラマンダだけではなく、ウンディーネやドライアドも含めた世界規模の組織になっていた。

 噂では世界中に根を張り巡らせることが出来たのはマーリン正教会の暗躍があるなどとも言われているが、もちろん証拠などはいまだに出ていない。ただ興味深いのは、マーリン正教会がその影響力を行使できていないシルフィードには調達屋の組織が存在していないという奇妙な符合があることである。

 シルフィードにあるのは調達屋組合ではなく、シルフィード政府に認められた情報収集・仕入れ窓口のような出先機関だけである。

 調達屋という仕組みはシルフィードの政策にそぐわないというのが一般的な見方であるが、なるほどシルフィードの国民はもとよりどんな小さな単位の社会であっても互助の精神で問題を解決する仕組みができあがっており、言ってみれば国自体が調達屋の組合のようなものであるからだという見方も出来る。そこに代金、すなわち経済的な背景が存在することがそもそもシルフィード風ではないと言うことなのであろう。シルフィード王国を評して「王制社会主義国家」と呼ぶ学者がいるが、なるほどそう言った側面を否定できないお国柄であることは確かである。


 店を構えている調達屋は組合登録の調達屋よりも多めの組合費を依頼料から支払う必要がある。会計の帳簿などは組合の指導に沿った形で揃えておかねばならず、色々と面倒が多い。多くは調達屋の細君や親類などが手伝いがてらに帳簿役をやることになるのだが、調達屋は普通の店とは違い、色々な情報を得ることになるので誰でもがその仕事に関わるということができない。たとえ細君であろうが子供であろうが、店で雇った人間は調達屋組合で認定され登録された人間でなければならないのだ。


 従ってよほどの顧客を抱えて仕事が潤沢にある調達屋以外、つまりは多くの調達屋は面倒な手続きや維持管理費用がバカにならない独立店舗は持たずに登録制にしているわけだが、ベックは独立店舗を構えていた父親の下で幼い頃から店で働いてきたこともあり、父親の死後、そのまま店を受け継いで独立した店舗で商いを続けていた。ベックの父親はご多分に漏れず、先の大戦で命を落としていた。


 ベック自身は確実な調達で高い信用を得ていた父親について長く丁稚奉公をしていたことで、すでにその若さに似合わぬ人脈を持っており、また彼ら相手に堅実な商売をしていたため信用を落とすことなく父親時代からの顧客を引き継ぎ、商売自体は実に順調だった。

 しかし彼は持ち前の冒険心を押さえきれず、最近では自分が興味を持った仕事ばかりを主にこなすことにしており、簡単な調達については自分では動かず組合推薦の派遣調達屋にそれに当たらせる事が多かった。

 派遣と言っても常時店にいて接客するという類の者ではなく、一日に一回店に顔を見せて仕事があればベックから受け、それをこなすという形式の雇用関係で、体のいい下請けだと思った方がいいだろう。常駐させてもよかったのだがベックがそれをしなかったのは、主に秘密保持のためである。

 それというのも調達屋が調達屋を雇う場合は自分の好きに選べない。これも組合に打診し、組合から紹介された人物を雇うしか道はないのである。従ってベックとしては紹介された人間を完全に信用するなどと言うことは出来ない相談であった。多くの場合、同様の理由で他の店でもベックと同じ方式をとっており、特別ベックが用心深いというわけでもない。父親の店に出入りしていたベックの丁稚方式とはまた全く違うのである。

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