第四十一話 それぞれの覚悟 6/6

 丁稚方式は年齢が十才以下から始める必要があり、それ以上の年齢になるとまずは組合登録をして研修期間に経験と実績を積んで後、正式な調達屋となる。

 研修期間中は依頼人の承諾を得た上で、調達屋に依頼内容とともに紹介される形をとる。すなわち調達屋は依頼内容と一緒に研修生をも受け入れる必要があるのである。

 この研修生受け入れについては研修生だけでなく依頼人にもメリットがある。それは研修生受け入れを承諾することにより、依頼料が一定額割引されるのである。もちろん調達屋の実入りはその分少なくなるのだが、これは取り決めで年間に一定数の研修依頼を受け入れなくてはならないことになっており、不公平などがないようにはかられている。

 とはいえ、研修生には並はずれた忍耐が必要になる。一年や二年では一人前の調達屋として認められず、最低五年の下積みが必要となる。もっとも五年間辛抱すればいいのかというとさにあらず。一人前の調達屋として認められるためには様々な分野に精通した知識が求められ、かなり難関と言われる筆記と面接の試験がある。これに合格するためには相当の学習が必要であり、調達屋の手伝いをこなしながら五年程度で合格する者はごく希である。多くの場合は十年程度の下積みを経てようやく調達屋として名乗れることになる。

 言い換えるならば、ほとんどの者はその間に脱落するのである。脱落した者は「回状」と呼ばれるファランドール中の調達屋組合向けに姓名・出身地・種族・目や髪の色など身体的特徴、性格や場合によっては似顔絵などその他細かい個人情報が送られ、その人間は二度と調達屋組織に関わることが出来なくなる。


 このように様々な合理的な仕組みを持つ巨大な組織が調達屋達の世界である。だが調達屋はいわゆる物販だけの商売人ではない。リンゴやワインを売ったり、収穫した小麦を農家から買い取って、粉屋に卸すという普通の仕事はしない。それは商売人の仕事なのである。彼らは主に商売人の領分を侵すことのない小口の商売を行う。従って調達屋が多数食っていけるわけではないのである。ある意味細々とした商売であり、人気商売でも何でもない。だがそこには確実な仕組みと情報があり、他の商売組織との関係を持つことにより相互補完も出来、知る人ぞ知る時代の先端を行く職業とも言えた。各国の政情や天候はもとより作柄、流行や物の相場など、調達屋の情報網は驚くべき速度と正確さでファランドールを駆けめぐる。調達屋組合に属している人間であればその情報はいつでも手にすることが出来る。そしてそれに魅力を感じた人間が調達屋を情報源として重宝するようになってきた。

 情報自体が金になるようになったのだ。


 各地の有力な商人や資産家などはまずこの調達屋組合との繋がりをないがしろにしない。そこにはさまざまな情報があり自ら収集した情報と併せて、事業の方向性を決めていくについて欠かせないものとなっているからだ。

 調達屋組合としては禁止してはいるが、特定の調達屋を顧問のように雇い、常時最新の情報を得ようとする動きは止めようもなく、中には数人の調達屋を得意分野ごとに抱え込んでいるような資産家も居たという。

 組合に集まる情報は雑多で、ただ時系列に集積されるだけである。その膨大な情報をどう取捨選択するかが調達屋の情報収集能力であり、いきおい得意分野が出来てくるというわけである。


「すまん、ちょっと別件で手間をとって遅くなった」

 ノックもそこそこに扉を開けた禿頭のデュナンの小男が挨拶と同時にベックの店に入ってきた。年の頃は五十がらみと言ったところだろうか。気のよさそうな初老の商売人と言った風情だが、着ている物はこざっぱりしていてそれなりに裕福そうな暮らしぶりが伺える。

 ベックはこの男の訪問を待っていたのだった。

「いや、俺の方こそムリを言って悪いな、おやっさん」

「いやいや、おまえさんの頼みとあればいくら忙しくても断れんよ」

 男はそういうとさりげなく辺りに気を配りながら、扉を後ろ手に閉めた。これは彼ら調達屋が持っている習癖のようなもので、扉の開け閉め時は周りがどんな状況かを把握してから行うのが常になっている為である。もちろん、「おやっさん」と呼ばれた初老のデュナンが誰かに付け狙われているというわけではなかった。

「だが、急な話だな」

「ああ」

 男はカウンターを挟んだ椅子に腰をかけるとようやく落ち着いた風情で話し始めた。

「ヤボな事は聞くまいと決めてきたんだが……」

「なんだよ水くさいな。聞くだけ聞いてみればいいだろ?」

 ベックは苦笑しながら「おやっさん」に答えた。「おやっさん」はベックと同じ様に苦笑するとうなずいた。

「何があったかなんて聞いてもおまえさんのことだ。本当のことを話してはくれまいな」

 ベックはその言葉に苦笑しながら応えた。

「そうだな。以前から決めていたことを決行するのは今だって思った、って所かな」

「ふむ」

 男はベックが手に掲げて見せたワインの瓶を見て「いや、いらない」というふうに軽く手を振った

「すぐに組合に戻らなくちゃならないんでな。気持ちだけありがたくもらっとくよ」

「そうか」

 ベックは残念そうにワインのラベルに目を落とすと、ゆっくりとそれをカウンターに置いた。

「その気になったのはやはり例の一件か?」

 おやっさんはそれでもベックの本心の一部でも聞き出したい様子で質問を続けた。ベックも木で鼻をくくるような応対をするつもりは毛頭無く、とはいえ真実は話せないだけに、むずがゆいような返答で気持ちを伝えるしかなかった。

「そうだな、スプリガンがウーモスくんだりにやってきたって言うのは確かに衝撃的だけど、俺はそれよりル=キリアがアロゲリクで全滅したって事の方が重要だと思っている」

「というと?」

「ファランドールの力の均衡って言うのかな。それが破れたような気がして、な。もちろんドライアドとシルフィードのことだ。もともと兵の総数じゃシルフィードはドライアドの四分の一とも五分の一とも言われてるのは知っての通りだが、兵士個々の能力を加味するとほぼ同等と言われていたよな?」

「場合によっちゃそれでもアルヴ主体のシルフィードの方が上だという見方も多いな」

 ベックはうなずいた。

「だが、ここのところ相次ぐル=キリアを狙ったとしか思えないような事件の情報を見ると、ドライアドが何かの下準備を終えていよいよ事を起こそうとしているようにしか思えないんだよ」

 サラマンダではシルフィードとドライアドとの間に近く小競り合い以上の衝突が起こる事は時候の挨拶のように人々の口の端に普通に上がっていた。ベックとおやっさんの会話もそこから逸脱するようなものではない。だが、その会話にベックは本心を混ぜて伝えたいと思ったのだ。事実ではないが、そこに真実を込めたかった。

「それは俺達もうすうす感じていることだ。ドライアド辺りじゃそろそろ調達屋の組合にその筋からの圧力がかかり始めているらしいしな」

「だから俺は戦争前にこの町を出ることにしたんだ。ファランドールがこの先どんな方向に進むのかをこの目で見て、この肌で感じたいんだよ。時代のうねりをウーモスでただ座って待って見物してるだけじゃ、おそらく俺は後悔してもしきれないと思う」

 おやっさんはベックのその言葉を聞くと何も言わずに小さくうなずき、思い出したように懐から一通のやや分厚い封筒を取り出しすと、それをそっとカウンターの上に置いた。

「回状の写しと、「認章(にんしょう)」だ。おまえさんは名前を名乗ってその認章を見せさえすれば、ファランドールのどこにいても調達屋の仕事ができる」

「シルフィード以外では、だな」

 ベックはそう言いながら封筒を手に取った。おやっさんはベックの言葉に苦笑した。

「そうだったな」

 ベックは封筒の中身を確認せずに懐にしまうと、改まったように頭を下げた。

「いろいろ世話になった」

「なあに、おまえさんの実力なら問題はないさ。委員の中にも誰も反対する奴は居なかったさ。もっともそれはおまえさんだけの実績じゃなくて、おまえさんの父親の信用もあってのことだろうがな。そこの所は素直にオヤジさんに感謝するんだな」

「まったく、死んだ後でも色々とあのオヤジには助けられてるよ」

「おやっさん」はうなずいた。

「それに、俺は今になって思うんだけど」

「なんだ?」

「俺のオヤジはさ、先の大戦の時もし俺が居なかったら、同じように世界を見るために出発してたんじゃないかって、な」

 おやっさんはベックの言葉に腕を組むと、少し考えるように目を閉じた。

「なるほどな。おまえさんが結婚もせずにずっと独り身で過ごしてるのはそういうことだったのか」

「言ったろ、ずっと前から決めていたことだってな」

「俺はてっきり女には興味のない種類の人間なんじゃないかと密かにかんがえていたんだが」

「よせやい、俺だって惚れた女の一人や二人」

「いるのか?」

「あ、いや。居ないことも、ない……」

「ほう、どこの娘だ? 置き土産として教えていけ」

「いや、この町の人間じゃない」

「ふむ、そうか」

 おやっさんは意味ありげな笑いを浮かべると、ベックの肩をポンと叩いた。

「それで、出発はいつだ?」

「この後すぐに発つつもりだ」

「そうか」


 二人の間に沈黙が流れた。だがそれはそれほど長いものではなくベックがさっきのワインを手にとって男の目の前に音を立てて置くと、それは破られた。

「これは荷物整理し損なったヤツでさ。置いといても腐るだけだから、おやっさんにやるよ」

「おやっさん」はワインとベックとを見比べると小さくため息をついて立ち上がった。

「名残惜しいが、そうそう引き留めてもおけないようだな。旅のお供が待ってるんだろ?」

「なあに、ちょいちょい帰ってくるさ。戦争が終わったら、な」

 おやっさんはそれには何も答えず、ゆっくり右手を差し出した。

 ベックはその手を強く握ると、こちらも何も言わずにうなずいて見せた。それを見て、おやっさんも同じく小さくうなずいた。

「達者でな。このワインはありがたくもらっておくよ」

 そういうと「おやっさん」は立ち上がって店を出ようとしたが、扉を開いたところで何かを思い出したかのように立ち止まった。

「そうだ、ベック。おまえさんは今度の戦争、どっちが勝つと思うんだい?」

「おやっさんは?」

「俺の考えじゃ、兵がいくら強くても、今のシルフィードではドライアドの敵にはならないような気がするよ」

「おれも同じ考えだな」

「そうか」

「おやっさん」はそれだけ言うと、辺りを見渡すような仕草をして、扉を閉めた。

 ベックはそれを見送ると懐に入れた封筒から中にある紙と認章をとり出し、文面を確認して満足そうな顔で元通りに懐にしまい込んだ。掌の半分程の大きさの認章は首から紐で吊していた袋を取り出すと、大事そうにそこにしまった。


 記録では調達屋ベック・ガーニーは星歴四〇二六年白の四月二十一日にウーモスの調達屋組合を脱退、ウーモス調達屋組合運営委員会公認・無所属の調達屋になった、とある。

『月の大戦』が勃発するほぼ一年前の出来事であった。

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