第三十四話 ハイレーンとエクセラー 3/4

「うーん。師匠自身は攻撃系を得意とするエクセラーって事になってるな。賢者会でも炎系攻撃ルーンの第一人者で通ってるみたいやしな。でも俺が思うに師匠はむしろ強化系の方が器用で得意みたいやから本来はコンサーラ向きのはず」

「はず?」

「低位のちょい上の回復ルーン程度、つまりエクセラーでもコンサーラでも器用な奴ならなんとか使える程度のやつ。そのくらいのルーンなら師匠に直接教わってたんや。そやから本来どっちが得意なんかまでは知らん」

「知らんって、お前の師匠なんだろ?」

「まあ、師匠はそこそこ器用なルーナーやっちゅう事がわかればええやん。少なくともハイレーンやないのは確かやな。中位、高位の回復系ルーンは俺が独学で会得したし、だいたい本人が知らんって言うてたしな。一緒におった弟子は高位ルーンも全部師匠から直接指導されてたけど」

「独学? ルーンっていうのはほとんど口伝と聞いたが」

「というか、なぜ自分の得意分野ではない師匠がハイレーンの育成をするんだ?」

「そんなもん決まってるやん。特性や」

「特性?」

「こんな事言いたないし認めてへんけど、俺は攻撃系ルーナーや強化系ルーナーとしては少なくとも師匠からは認められへんかったんやろな」

「ふーん」

「こら、そこ! 今、微妙に俺をバカにせえへんかったか?」

 エルデはアトラックを睨んだ。

 アトラックは慌てて両手を前で振って否定して見せた。

「いや、そう言う意味じゃないって」

「フン。まあええわ」

「俺達も全属性のエーテルを使う回復系ルーンの方が単属性エーテルの制御からなる攻撃系ルーンの何倍も複雑で、そもそもルーンを発動するための能力も安定して高いものが求められる難しいものだと言うことくらいは知識として知っている。だから回復系ルーナーであるハイレーンがあまりいないということもな」

 アトラックの答えにエルデは満足したような笑みを浮かべると続けた。

「独学の件については、簡単や。教会には様々なルーンが記述された文書が腐るほど眠ってるんや。実際、文字通り腐ってる文書も多かったけどな。まあ、もっとも」

「もっとも?」

「回復系はともかく、攻撃系の高位ルーンが記述されたモンはさすがにないけどな」

「口伝というのは主に攻撃系ルーンや強化系ルーンの話か」

「あ、今、微妙に俺に対して失望したやろ?」

「そんなことはない」

「いや、言葉に残念感が漂っとったで」

「考えすぎだ。もっとも、お前が高位の攻撃系ルーンを使えることを前提に戦術を考えていたのは確かだがな……たぶん司令も同様だろう」

「言うとくけど、攻撃系の高位ルーンだけを使えるヤツはそこそこ居るけど、回復系の高位ルーンを極めた賢者は正教会でも多分俺くらいやで。って言うか、正教会にある回復系ルーンを全種類使えるのはファランドール広しと言えど、俺だけやろな」

「ほう」

「あ、その微妙な言い方……信用してへんな」

「いや、そうではない。ただ、今の俺達にありがたいのは攻撃系ルーナーだな、と思っただけだ」

「フン。その考え方、根本から変えさしたるわ。回復系を極めたホンマモンのハイレーンの恐ろしさ、見とれよ」

「楽しみにしていよう。だが、中位程度なら攻撃系ルーンは使えるということだな?」

「ああ、見ての通りや。通り一遍のそこそこのルーンは全部使えるで。場合によっちゃ高位ルーンも古代ルーンも使える。強化系ルーンについても体験済みやろ?」

「そうだな」

 ファルケンハインはうなずいた。調達屋ベックの店から脱出した際に懸けられた姿を消すルーンなどはおよそ低位ルーンであるはずがなかった。

「攻撃ルーンなどは《真赭の頤》から?」

「いや、あの爺さん、俺には初心者用の超簡単攻撃ルーン程度しか教えてくれへんかったしな。むしろそう言うのを使うのは禁じられとった。お前は回復系ルーンの専門家であるハイレーンに向いとる、それ以外は使わんでええっちゅうて」

「では、それも独学か」

「まあ、な。ほとんどはシグの爺さんの庵で家捜しして見つけたもんやけどな」


 エルデは庵を回るうちに、その庵に隠されていた様々な攻撃系ルーンが記された文書を発見し、それをその場で会得していたという。多くのルーンは契約文と認証文とが別途保管されているものだが、「真赭の頤(まそほのおとがい)」の庵にはそれが対で保管されていた。

 エルデはそのおかげでルーン自体を探す時間をかけることなく独学でルーンを会得することができたのだ。もっとも、当たり前のことだが契約文と認証文が書かれているからと言ってそのルーンを会得出来るわけではない。そのルーンを唱えられるだけの能力がないルーナーが不用意にそのルーンを唱えると、履行されるどころか自らの体を傷つける事になり、ルーンの強さによっては簡単に命を落とす事になる。そもそも多くのルーナーの場合はエーテルが反応すらしないことがほとんどであろう。こともなげにルーンを会得しているエルデでさえ、内容を暗記しただけで、実際に詠唱・会得を行っていない物も多かった。それらの多くはいわゆる高位ルーンという分類をされる強力な攻撃・強化系ルーン達だ。

 会得難易度では攻撃系の数倍も困難であると言われる回復系の高位ルーンを使いこなせると豪語するエルデにしてその慎重さである。ルーンの会得は安易なものではないという事を示す逸話と言っていいだろう。

 また、どうやらエルデは庵で見つけたルーンが記された文書をすべて焼却していたとも言われている。言い換えるならば、現在いわゆる高位ルーンというものがほぼ伝説化しているのはエルデのような痕跡抹消系のルーナーの仕業とも言えるだろう。また、高位と言われるルーナー程この傾向が強い。

 今日においてもルーンの研究者として著名であり多くの「ルーン書」を収集し、自身も様々なルーンに関する文献を残したと言われる「真赭の頤(まそほのおとがい)」の資産がほとんど見つからないのは要するにエルデのせいであった。

 なお、「ハイレーン」「エクセラー」「コンサーラ」という呼称は、本来それぞれの「高位ルーン」を複数使える者に対して使う尊称であった。つまり、中位程度のルーンしか使えないルーナーを指す呼称ではないのである。しかし、時代が下るにつれ、単に得意とする系統が攻撃系なのか強化系なのかという「専門分野」的な名称に変化していった経緯がある。


『なあ、回復系ルーナー……ハイレーンってそんなに恐ろしいのか?』

【回復系が恐ろしいんやのうて、俺が恐ろしいんやけどな】

『ち。なんだ』

【でもまあ、同じ程度の能力を持っとる攻撃系ルーナーと回復系ルーナーが一対一で対決しても、回復系ルーナーは攻撃系ルーナーには負けへんけどな】

『え?なぜ?』

【うーん。まあ、戦ったらわかるわ】

『説明がめんどくさいのかよ』

【まあ、そうやな】

『戦ったことがあるのか?』

【ある】

『で、勝ったのか?』

【負けてたら、今ここにおらへんやろ?】

『なるほど。で、相手はかなりのルーナーなのか?』

【まあ、相手は師匠やしな。負けててもここにおったとは思うけど。あと正確に言うと俺と師匠の場合、同じ程度の能力やないけどな】

『マジで《真赭の頤》と戦ったのか?』

【その話はまた今度や。面倒やから】

『まったく』

 話を適当なところで打ち切ろうとするエルデに対して、これ以上いくら突っ込んでもそれ以上の情報が得られないことをエイルは知っていたので、その場は素直に引き下がることにした。


「さて、質問時間は終わり。今からリリア姉さんの治療をするで」

 エルデはそう言うと儀仗ノルンを取り出していつものように水平にして前方に突きだし、小さい声でいくつかのルーンを続けて詠唱した。

 詠唱が終わるとアプリリアージェはしばらく小さな山吹色の光に包まれていたが、少ししてその光が消えていくと、土気色をしていた顔に徐々に生気が戻ってきた。

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