第三十四話 ハイレーンとエクセラー 2/4

「とにかく時間的な余裕がある今のうちにちゃんと治療しとく。でもその前に、このままやと体が冷えるさかい何か姉さんの体をくるむものを」

「え?」

 エルデの問いかけにファルケンハインとアトラックはまたまた顔を見合わせた。

「何やねん?」

 ジロリと睨むエルデにアトラックはバツが悪そうに頭を掻きながら切り出した。

「いや、その。くるんでいいのか?」

「冷えるからくるんでくれって言うた」

「治療するって?」

「ああ! 解らんやっちゃな。治療するって言うたやろっ!」

「いや、だから服を着たままで治療するのか? と思ってだな」

「あ……」

 エルデはようやく二人の微妙な態度に得心がいった。治療前の詳しい診断を改めて触診で行うと思っていたのだ。通常の医者に診せるように。

 エルデは溜め息をつくと腰に手を当てて二人を改めてにらみ据えた。

「言われたとおり、早ようくるめっ!」


 エルデの強い調子の言葉にファルケンハインは慌てて自分のアルヴ・メイドのマントを荷物から取り出し、器用に小さなアプリリアージェの体を包んだ。

「このマントは薄手だが、特殊でな。こうやってくるんでおけばメリル海域に生息するエヒル鴨の極上の羽毛で出来た布団よりも軽くて暖かいはずだ」

 エルデはそれを見てアトラックのマントも要求した。アトラックは一言の文句も言わずにエルデにそれを手渡した。エルデはあたりを吟味して平らな地面を見つけると、そこにアトラックから脱がせたマントを敷き、アプリリアージェを横たえるようにファルケンハインに指示した。


「今更こんなことを聞くのも間抜けだと自覚しているんだが」

 言われた作業を注意深く行いながら、ファルケンハインはそう声をかけた。

「今度はなんや?」

「治療するとか言ってたが、お前は回復系のルーンもそこそこ使えると言う事なのか?」

「え?」

 ファルケンハインの問いに、エルデの動きが止まった。

「例の強力な回復系のルーンにも驚いたが、お前はさっき、司令の太ももの矢傷も走りながら治療していたろう? さすがに賢者ともなると普通のルーナーと違って実に器用なものなのだな」

「は?」

 まさに精杖ノルンを呼び出そうとしていたエルデは、右手を前方に突き出した格好のままで不思議そうに自分を見つめるファルケンハインの表情を伺った。そして不機嫌そうな表情になると目をそらして「フン」と鼻を鳴らした。

「何トボけた事言うてんねん。俺はもともと回復専門のハイレーンや」

「何だって?」


『あ、そう言えば』

 

 ファルケンハインとアトラックが同時に放った言葉とは別に心の中でもう一つの声がした。


『お前、その事をまだちゃんと言ってなかったろ?』

【そだっけ?】

『「今の段階では余計な情報を与える必要はないやろ〜」とか言ってそのまんまだったろ』

【なるほど。一貫した秘密主義やな。我ながらあっぱれや、と思う】

『へえへえ、一貫して増すとも』


「エイル、お前……攻撃系のルーナー、いわゆるエクセラーじゃなかったのか?」

「あれ? 言わへんかったっけ? あはははは」

 エルデは頭をかきながら作り笑いで答えた。

 さすがに今まで黙っていたのはまずいと思ったのだろう。誰が見てもバツが悪そうな顔だった。

「あははははって」

「えー。要するに俺は回復が得意というか、回復特化のルーナーなんやけど?」

「だが、お前は炎の攻撃系ルーンを使っていた」

 ファルケンハインの指摘に、アトラックが続けた。

「ランダールの火事の時は水のルーンも使っていたはずだよな?」

「それにさっきは逃げながら明かりだけじゃなくて周りに結構ハデな各種攻撃ルーンを使っていたような気がするんだが」

「そう。それも、結構楽しそうに」

 エルデは二人の質問を人差し指で鼻の頭をかきながら聞いていた。

「それに確か氷で俺達を一瞬に凍らせる事が出来るとも言っていたよな」

「灰も残らないような高温で焼却も出来るとも言ってましたね」

「ああ、あんなもん……」


 エルデはその質問に救われたようにニヤリと笑うと地面に生えている雑草の中から大きめの葉を選んで一枚ちぎり、それを見つめて小さくつぶやいた。

「ケスレイ」

 そしてファルケンハインとアトラックの目の前にその葉を突き出すと、手を離した。長い草の葉はひらひらとは舞わずにそのままほぼ真っ直ぐ地面に落下するとパリンという乾いた音を立て、いくつかの大きさの葉に割れて砕けた。

 それを見たエルデは、再び小さくつぶやいた。

「ドラク・エフィール」

 すると、砕け散った葉が地面の上で真っ白に輝いたかと思うと、湯気を出し、そのまま消えていった。

「こういう具合や」

 その様子を無言のまま見つめていた二人に、エルデはそう言った。

「この程度やったらせいぜい中位レベルの優しいルーンや。高位になると対象を結構な広範囲に広げられるものもあるし、体積が大きいものにも対応できる」

「いや」

 ファルケンハインは首を振った。

「それでも、回復専門のハイレーンがあれほどの攻撃ルーンを、しかもあそこまで見事に使いこなしている話はあまり耳にしたことがない」

 エルデはその言葉を聞くと、ファルケンハインを睨んだ。

「『あまり』、やて?」

「あ、いや……」

 ファルケンハインはそのエルデの鋭い視線に一瞬たじろいだ。さっきのバツの悪そうな、済まなそうな態度はすでに影も形もない。ファルケンハインは自分を見据えるそのエルデの視線にゾッとしたものを感じたのだ。

「全く聞いたことがない、でいいのか?」

 エルデはファルケンハインの訂正を聞くと満足そうにニヤリと笑った。その表情には、もう相手を射すくめるような雰囲気はない。ファルケンハインはその豹変ぶりに小さな混乱を覚えた。

(こいつは一体、何なんだ?)

 そんなファルケンハインの心の中など全く意に介さずと言った風に、エルデは普通の声色で説明を続けた。注意の対象はもうファルケンハインやアトラックではなくアプリリアージェに移っていて、その手をとると再び脈を診た。

「一般に回復系ルーナーであるハイレーンが攻撃系ルーンを使うとルーンの純度が汚れる……っちゅうか、分かりやすう言うと回復系ルーンの効力が落ちるとか言われてるさかい、回復系ルーナーは攻撃系のルーンを使わへん方向にあるようやけど、それはウソやで。そもそも回復系専門のハイレーンや言うても攻撃系や強化系の高位ルーンを使えへん訳やないんや」

「なるほど、道理だな。ルーナーたるもの、同じルーンだから種類によって使えない訳はないと言うことだな」

「まあ、簡単に言うたらそう言うことやな」

「ではなぜ一般に回復系ルーナーは中高位の精霊攻撃系のルーンを使わないんだ?」

「答えは単純や。単純にハイレーンやコンサーラは攻撃系ルーンを知らんだけや」

「なるほど」

 ファルケンハインはうなずいた。

「確かに簡単な答えですね」

 アトラックもファルケンハインに相づちをうった。

「全部極める、ちゅうヤツもひょっとしたらいるんやろうけど、高位ルーンの習得を目指すんやったら、まずは専門系を極める方向から入らへんとそもそもムリやしな。それに、だいたい弟子は師匠の知らんルーンを会得するのが難しいわけやから、師匠がどの専門かによって弟子の方向性はほとんど決まってしまうのが普通やろ」

「では、お前の師匠のシグ・ザルカバードという賢者も回復系ルーナー、ハイレーンだということか」

「いや」

「違うのか? 今のお前の話だとそう言うことになるが」

 エルデは腕を組むと首をかしげながら思案するように言った。

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